見知らぬ友人

三日月てりり

見知らぬ友人

 暗闇の中、目を覚ますと、死体が部屋に転がっていた。僕の友人の顔をしたそれは、腹部を中心に体の何分の一かが食い荒らされており、食われたこと自体が死因であるように思われた。しかし、なんだって一体、この有様になったんだ。僕は確かに家族仲の悪い友人を避難させるために泊めてやったし、今日は彼の居られる住み込みのバイトを一緒に探すことになっていた。それなのに何故、彼は死んだ、何故喰われた。憤りの気持ちは荒野をかけて地球を一周してから自分の元へ戻ってきた。彼は「何か」に食べられたのだ。託宣が脳裏に浮かぶ。そうだ。どう見ても食べられたであろう彼は、何によって食べられたのだ。生物は飼っていないし、僕以外に誰もいない。ということはだ、つまり、犯人は僕としか考えられないのだ。

 僕には彼を殺す動機もなく、しかも非力で、彼には暴力で敵わなかっただろう。僕の力では彼を食い荒らすことなどできない。そもそも食が細くて肉なんか絶対に無理だ。菜食主義に近い生活だ。いきり立って、僕は僕の食べ物を探しに台所に向かった。僕が冷蔵庫を開けると、中に彼の何分の一かが冷やされていた。食い荒らしただけだとばかり思っていたのに、その場で食べただけでなく、余りを冷蔵していただなんて。彼を食った何者かは、知性を有しているようだ。ただの化け物だと思っていたのに。化け物でさえあれば、常軌を逸していることに説明がつくと思っていたのに。僕は彼の肉の隣に置いてあったチーズと鶏肉、野菜室からレタスとトマトを取り出して、簡単な調理をし、サラダボウルに鶏肉が乗ってドレッシングをかけたものを作り上げた。不可解だ。僕には友人を食べる趣味なんて無かったはずなのに。だがしかし、考えても見ろ、僕は本当に食人趣味が無かっただろうか? 意識は自分の実像を歪めて、まるで良い人であるかのような自分だと思いこんでいないだろうか? きっとそうだろう。僕のかつての友人たちは皆、僕に食べられてきたような気がするんだ。美しかったフランソワーズ、可愛らしかったケイティ、楽しい空気を纏ったローズ、みんなみんな、誰かに食べられて居なくなってしまった。フランソワーズはステーキ味、ケイティはケーキ味、ローズはバニラ味。それが分かるということは、彼女たちはきっと僕に食べられてきたのだろう。自分の意識の埒外に於いて。

 ここでそんな告白をしてしまう気分になったのは不思議だけれど、僕の心の内を誰かが読み解いているような気分になったので、つい紹介したくなってしまったのだ。僕の記憶だって、僕が彼の肉を食べた思い出を有している気がするけれど、僕以外の何かが彼を殺したのだと思っておくほうが、気が楽になるのだ。だから僕は、僕無罪説を唱えたいし、犯人が僕以外にいるという気がしなくもないまま過ごしたい。僕は、サラダボウルを持って食卓へと赴き、椅子に座って食卓に乗せたサラダを箸でつまんで食べだした。僕は菜食主義に近い。それでいて友人を食べる趣味がある。僕は友人を野菜と思っている異常者なのだ。だからパクパクと、野菜を食べ、野菜と思われるような友人を食べつつ、友人と思われるような野菜を食べた。僕の親友である野菜は、僕によって食べられてしまったのだ。おお! 舞! 後藤! 我が友は我に食われざり。しかし僕は彼女がウナギ味であることを知ってしまった。僕は間違いなく美食だったのだ。

 僕の眼前に広がる海、反対側をみると砂漠、どこまでもそれだけで、僕以外に人間は見当たらない。こんなところに人は住めるのか? 海の幸を取って食えるかもしれないとして、海の水は一滴も飲まれない。水無村の砂漠と海だ。途方に暮れて砂の寝台にそっくり返ると、いつでも留置所にぶち込む意欲を持った警官はどこからか現れて、僕への暴行を始め、こう言った。

「お前のことは有名だ。この界隈、海界隈では、陸地から海に至るまでの間に飲料水が無い。よって、僕たち私たちは、清く、心地好く、汚れた地平を拭い去ったものとして、眠って、夢に帰ることになった。そして人々が眠った後に、お前はやってきて、人々を食べて廻っていたのだ。きつね味。たぬき味。犬味。猫味。それらの人間を、だ。警察はお前を許さない。誰もお前を許さない。警察官全員の命を使ってお前を捕らまえたからには、調理して、お前が食べてきた者たちの墓に供えては、皆で一口ずつお前を食べてやる。どうだ人から食われる気持ちは」

「御同輩ですね、同じ享楽を得る、同じ志を持つ方」

「バカモン! お前と一緒にするな! 我々は思想が違う、人間としての格がお前より上なのだ!!」

「自分に都合の良いことを言う。あなたは僕の水準より低い存在だ。ミジンコはどうやったって、カバを倒せない」

「生意気者め、罰してしまうぞ。早く刑が執行されるよう検察官に伝えておく。残されたお前の命の短さに恐れおののいて眠れぬがいい」

 警官は僕の四肢を穿つと、棒を僕の体に空いた四つの穴に通して、その両端を地元民二人に持たせて運ばせた。僕はゴルゴ田の丘へと連れて行かれる聖者のような気持ちで、公的機関によって拉致監禁され始めたのだった。

 裁判は穴蔵で始まった。丘の下の砂に埋もれた地下宮殿の入り口だ。僕の精悍さは衰えること無く、宮殿の調度品の壮麗さに圧巻で、されど美術品のような家具類など、食を満たすことの出来ない紛い物として、食用家具の文化の無い愚者達への仕置として、実力を発揮し、そこに居た者共を血みどろの遺体と化していた。僕は訝りながらも訊いた。

「やい、愚者。御魂の入った真の人間の墓場はどこにある。僕は今、愚者を踏み潰して愚者愚者にしてやりたい気分なんだ。さあ、吐け」

「墓は土中、天国は空の上、我々の戦いに意味など無かったであろう。認めて詫びよ、さすればお前に悦楽を与えよう」

「却下だ下郎が」

 僕は悦楽の学院のWindows版を既に持っているため、愚者はその所有価値を僕に明示できなかった。よって、壊し、打ち捨てる。そう振る舞った。愚者は喚いたが、僕はそれで満足した。踏み潰された愚者は、愚者愚者になった。油を撒いて火を点ける。空気の薄い地下世界で、僕は酸素を滅し続けることに成功し、裁判をなし崩し的に瓦解させた。僕は一人生き残って地上へと這い出し、マムシのような人間たちを殲滅できたことへの喜びと感謝を身に纏った。これでもう不安に苛まれることは無いだろう。僕は僕を許す者だけを味方にし、僕自身をカリスマの対象とする小集団を作り上げた。僕はもう僕を必要とする人々を見つけたのだ。悪行を為し、従わない者は殺して食べた。世界の安全国、日本に於いて、武装集団である僕たちは、鯖の煮付けのような、黒炭になった人間を目撃したときのような、そんな気持ちを皆に植え付けてしまいたい、その一心で、戦い続けた。だから人々皆を神社や寺や碌でもないライブハウスなんかへと招待してはぶち殺して過ごした。肉は美味しいな。特に普段人間が食べない肉は。

 そんなこんなで僕らは食べたり食べられたりしている間に、正規軍に迎え入れられた。殺せば報われ、食えば賛美される。狂った世界になったもんだ。いつしか価値観はまた根底から覆され、僕らは罪人として刑に処せられることになった。世界の方が変わり続け、各個人の有り様がすでに、世界にとってやりづらかったようだ。絞首刑になる寸前、僕は言った。

「友人の肉は美味い。お前らも食ってみろ。美味いぞ」

 その場にいた全員に、もしかしたらそれに興味を持ち、実行するのではないかという種の気持ちを植え付けて、僕は死んだ。残された未来に、食事の美味しさを伝えた聖人としてだけ、僕の名は残った。


終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見知らぬ友人 三日月てりり @teriri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ