第50話
「…ありがとうございます」
湯船に浸かっていると巴が呟くように言った。
「? 巴?」
相変わらず腕は抱かれている。
「…」
「あの…巴?」
巴の頭が肩に乗せられた。
表情は見えないが、濡れた髪が張り付く感触に身震いする。
「た、珠きゅんのお陰で、私も赤ちゃん産めるかもしれないです」
「っ」
聖母のような、と形容されることがあることは知っていたけれど、実際にそう思う表情を見たのはこれが初めてだった。
本当に嬉しいものに出会い、そしてその喜びを静かに思い出し噛みしめるような、優しく柔らかな微笑み。
「…護衛業務中に妊娠してはいけないみたいな規則は、なかったはずです。そ、想定されてなかっただけ、かもしれないですけどね…えへへ」
「そ、そうなんだ…」
「はい、そうなんです」
「…」
「珠きゅん」
「その…し、資料として、他の男性の情報を見たことはあるんです。と、とは言っても、公開されている情報に…少し足された程度なんですけどね」
「私は護衛になったばかりで、他の方の支援役にもなったことがなかったので、実際に男の人を見たのは初めてだったんです」
「だから、初めて見た男の子がこんなにいい子で、だから…」
「叶うなら珠きゅんの赤ちゃんがいいです」
もし可能なら…いいですか…?
「それって…」
これって…告白だよな?
これで勘違いなことはなくないか?
「…あの、巴?」
ただ、問題があるとすれば。
「性欲って知ってる?」
タイミングが悪くないですかね?
ここはお風呂。
二人は裸。
話の内容。
あの表情。
「俺にも性欲はあるからね? だからその、タイミングとか…」
「え!? あ、えへへ…そうですね、そろそろ興味を持つ時期ですよね…?」
「いや、興味をもつというか…」
「??」
「その、ほら、この状況とか」
「? あっ…た、珠きゅん、またおっきく…!」
「この状況で反応しないわけないよね!?」
巴からしたら、空気読めてないのはわかってるんだけどさ。
「は、反応って…ま、まるで精通してるみたいですね…えへへ」
「せ、精通?」
「あ…ええっと、精通っていうのはですね…」
突然の言葉に驚くが、説明をしようとする巴を止める。
「いや、意味は知ってる…というか、え、精通してるみたいって何?」
「? え、えっと…?」
「みたいって…してるでしょ」
「? …?」
「え…してないと思ってる?」
「え、えぇぇぇぇ!?!?」
巴が勢いよく立ち上がり、波が立った。
叫び声がお風呂場に反響する。
「し、しししてるんですか!?」
「え、…ま、まぁ…その…し、してます…」
「い、いつの間に…!」
「いや、その…そもそもあの、大きくしてた時点で」
「…ほ、報告ってされましたか!?」
「報告!? 誰に!?」
何を何と報告するんだ?
「だ、誰って…せ、精通したらお母様…咲森様と、愛子さんに、どうして…あっ…」
「と、巴…?」
「す、すみません…その…ち、ちょっと考える時間を…」
そう言うと巴は座り直し、何かを考え始めた。
呟きからは、報告することは習っているはず、恥ずかしくて言えなかった?、などと聞こえてきたけれど、そもそもそんなこと知らなかったし思いつきもしなかった。
「た、珠きゅん…! お、お風呂は十分ですか? まだ浸かりますか?」
「…い、いや、そろそろ出ようかな…」
のぼせたのかこんな話をしていたからか、体が熱い。
身体を拭いている最中も巴は考えているのか何かを呟きつつ、時折こちらを気にしているようだった。
「へ、部屋に…部屋に戻りましょう!」
「う、うん」
⇄⇄⇄
「ご、ごめんなさい珠きゅん…そ、想定より精通が早くて…その、と、取り乱してしまいました…」
「いや…うん」
何回も口に出されると恥ずかしいからやめてほしいのだけど、巴もわざとそうしているわけではないようなので我慢する。
「護衛がついてから精通を迎える方が多いと聞いていたもので…」
巴はそう言いつつ、普段から持ち歩いていた鞄を開き、中身を漁った。
そして、その中から巴が取り出したのは試験管のようなものだった。
「せ、精通してるなら…こ、これに…! あの、その…け、健康か検査してもらわないと…」
「け、検査?!」
「は、はい。大事なことですので…」
視線を巴からそれに移す。
「…それって…しなきゃだめなの?」
「は、はい。義務付けられてますから…」
「いや、その…いきなりその出せって言われても…」
「わ、私にできることなら…何でもお手伝いします!」
「…え」
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お知らせ
次回更新は、5月6日(月曜日)予定です。
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