第48話
「? はい、楽しかったですけど…」
言葉がしりすぼみになってしまうのは、わざわざ電話をかけてまで聞く理由がわからなかったからだ。
自分一人では映画を見に行ったりクレープを食べたり…まぁ、自分が着る女性服を見ることもなかっただろうし、新鮮で楽しかった。
「そうか。それならいいんだ。今日の外出は私から誘ったようなものだったからね。つまらなかったのたら私の責任だろう?」
「…チケットももらっちゃいましたし、むしろ俺が先輩を楽しませなきゃいけなかったですかね? 先輩は楽しかったですか?」
「ああ、もちろんだとも。私は友人も少ないし、今日のように…休日に遊びに行くというのは貴重だし楽しいよ」
「それならよかったです。俺も楽しめたかを確認するために電話してくれたんですか?」
「ああ…いや、楽しめたかというよりは、えっとだな…」
「はい」
アマ先輩は少し言い淀んだが、小さな声でつづけた。
「怖くなかったかい?」
「はい?」
怖い?
…?
「何のことですか?」
「昨日のことだ」
思い当たるものがなかったため聞き返すと、アマ先輩は少し責めるような声で言った。
「君、昨日、中年女性に襲われただろう…」
「あぁ…」
「ああ、じゃない。君、本当に…危機感をどこに置いてきたんだい?」
正直に言って、すでに意識から抜けつつあった。
昨日変な人がいたという程度で、アマ先輩がいうような危機感というものは感じていない。
「…ふむ。本当に怖くないのかい?」
「そうですね…少しは怖いですかね?」
「それは何故だい?」
「な、何故、ですか?」
なぜといわれても。
忘れかけていたからだろうか?
巴が守ってくれるから?
「昨日の事件、犯人は4人グループ。指示役と実行役に分かれていて、犯人の自宅には計画書も見つかっている。それでも怖いとは感じないのかい?」
「いえ、それは怖いですけど…え、4人ですか?」
「…いや、フラッシュバックを恐れて情報を遮断するのが普通なのか? それでも、少しは気になるのが…」
アマ先輩が何かを考えているのか、聞き取れないほど小さな声で何かをつぶやている。
それにしても…まさか、犯人が4人もいたとは。
おかしな人が1人だと思っていたんだけど…
「…いや、4人と知った今、君は怖いと感じるんだな?」
「はい」
「それは何故だい?」
「…ええと、そうですね。…複数の方が…対処が難しい、とか? いえ、巴に守ってもらってる身で何言ってるんだって感じですけど」
「3人なら?」
「え、3人だったらってことですか? …あまり変わらないですかね」
「2人だったら?」
「2人は…どうでしょう? ちょっと?」
「ふむ」
「…あの、何か書いてます?」
相槌とともにペンを走らせる音が聞こえてきた。
何か書くようなことがあっただろうか。
「つまり、君は加害者が2人以上の時には怖いと感じるが、1人の時には感じないと?」
「全く感じないわけじゃないですよ!? ただ…1人だと…普通に、変な人に会っちゃったなあと感じる…んですかね?」
自分でも明確な基準なんてわかっていないので、答えも曖昧になってしまう。
「君が実際に目にしたのは1人だったのかい?」
「そう、ですね。ほかに3人もいたなんて知りませんでした」
「では、君の見た一人が凶器…例えばナイフなどを持っていたらどうかな」
「それは怖いです。ナイフ持って走ってきたら誰だって怖いですよ」
「…なるほど」
再びペンを走らせる音が聞こえてきた。
アマ先輩は昨日のことがそれ程気になっていたのか。
「タマ後輩、昨日見た犯人の女性は…何歳くらいだと思う?」
「え…多分40代ですかね? なんとなくですけど」
「そうか。ちなみに犯人は全員50歳を超えているよ」
再び何かを書いているようだ。
もう細かいところまで思えてはいないが、50歳を超えているにしては少し若く見えたような?
「つまり君は40代であろうと認識しながら、怖いとは感じていなかったのかい? 一般的に力が衰えていく老人、というには若いだろう?」
「まあ、そういうことになりますかね?」
「それは君が男性だからかい?」
「え…。…そう、ですね。そうかもしれません」
女子中学生が50代の男性4人に狙われていた、と考えるとかなり恐ろしく感じる。
それと比べると、俺が感じる恐怖は小さいように感じて、その理由はアマ先輩がいうように、俺が女性ではなく男性だからなのかもしれない。
「…ありがとう、とても参考になったよ。いろいろ尋ねてしまったが、私の個人的な感情としては、君が恐怖を感じることなく今日を楽しんでくれていた時点で十分なんだ」
「はい、それは間違いないです。今日はとっても楽しめました」
「ああ。改めて言う必要はないかもしれないが、私が質問した昨日のことを思い出すことやそれについて考え直すことは不要だ。あの世代は傾向として犯罪率も高いからね」
「そうなんですか?」
「ああ。まぁ、確かにあの世代は同情できなくもない…いや、君を知っている個人的には許せはしないし、理由もなくはないとはいえ、犯罪を肯定することは無いが。まあその詳しいことは巴さんに聞いてくれ。何にせよ気にしていないのならいいんだ」
「…はい、わかりました」
少しアマ先輩の言葉に違和感を感じたが、巴が知っているようだし、あとで聞くことにする。
「質問攻めにしてしまって悪かったね。今度埋め合わせをさせてもらおう」
「いえ、大したことじゃないので、そこまでは…」
「では、名残惜しいが通話を終えることにするよ」
「はい、今日はありがとうございました」
「ああ」
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