第47話
「あれ、もしかして…?」
「ヒトチガイデスヨ」
「あはは、裏声へたっぴだね」
「…こんにちは」
誤魔化すことは諦めて、改めて鳥栖末先輩を見る。
松葉杖をつきながらも、もう一方の手にはクレープを持っている。
(この格好してても結構わかりますか?)
(…まあまあわかるかな? ちゃんと顔を見ればだけどね)
(そうですか…)
(多々里くんはもう少し前かがみになっても大丈夫だよ)
一応、恥ずかしい気持ちはあったので、顔を隠すようにうつむき気味で歩いていたが、まだ足りないらしい。
アドバイス通りに前かがみに。
もうほとんど地面しか見えない。
「あとはその子たちに手を引いてもらえばいいんじゃないかな~」
「それは…目立ちませんか?」
普通に歩いて手をつないでいるのならともかく、手を引かれているのは目立ちそうな気がする。
「転ぶよりは…あ、転ばないか」
鳥栖末先輩は巴の方を見て、納得のいったような顔をした。
巴が護衛だからなのか、あの全校生徒の前で支えられたのを見ていたのかは聞かないことにした。
「鳥栖末先輩は今日は…?」
「ん~…さぼり?」
「え、そうなんですか?」
鳥栖末先輩はけがをしてしまってからは、バレー部のマネージャーのようなことをしていると言っていた。
バレー部を見学していたときの練習風景を眺める鳥栖末先輩の様子からは、さぼりをするようには…いや、そういえば、マネージャーが一人で大変と言っていた。
それで少し疲れてしまったのかもしれない。
「気分転換みたいな?」
「…そうだね。うん、ちょっと…時間ができてしまったからね」
暖かくなってきたためか、クリームがとけて垂れそうになっており、あわてて鳥栖末先輩はクレープを齧っていた。
「私はこれから行くところがあるんだよね。だから、また学校でね」
「あ、はい」
「そこの子たちも邪魔しちゃってごめんね。それじゃあ」
鳥栖末先輩の背中を見送る。
カツンカツン、と松葉杖をつく音で周りの人たちは鳥栖末先輩の様子に気が付き、気を遣うように距離を開けていた。
「あれは、バレー部の…鳥栖末零といったか」
アマ先輩は、その様子を見ながらつぶやくようにそう言った。
「先輩も知ってるんですね」
「あぁ…うちのバレー部は結構強豪らしくてね。友人からバレー部のエースだと聞いたことがあった。あとは…そう、けがをしたとも」
「バレー部のエースで、足にけがを…」
小田原さんも鳥栖末先輩の方が歩いて行った方向へ振り返る。
その姿は、もう人ごみに紛れて見えなくなっていた。
「…ふむ、私もクレープたべようかな」
「いいですね、私も食べたいです!」
「タマ後輩は甘いものはどうかな?」
「俺も食べたい気分です」
「では、向かおうか」
誰もクレープ屋さんの場所を知らなかったため、アマ先輩がスマホで調べた通りに進めば、行列ができている屋台があった。
「…混んでいるねぇ」
「それだけおいしいってことですよね、楽しみです!」
「小田原さんはクレープが好きなの?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど…食べ歩きはしたことがなかったので!」
「…あー」
確かに小学生で食べ歩きをしている人はみかけなかったかもしれない。
俺も、したことないな。
「こうやって…みんなで外で遊べるのはうれしいです」
「…そうだね。私の部活も他に部員はいなかったから、こういう経験はないね」
「俺も…外に出られなかったから? …うん」
「じゃあ、みんな初めてですね! こういうの青春っぽくていいです! そう、例えば先ほどの映画でもーー」
小田原さんの話を聞いたり、メニューをみてどれにしようか話し合っていると、いつの間にか前に並んでいた人たちはいなくなっており、注文することができた。
それぞれひとつずつ購入したが、小田原さんはトッピングを付けすぎたため一人では食べきれず、みんなで少しずつシェアするといういい思い出ができた。
⇆⇆⇆
その後、何故か俺が着る女性服を眺めたりした後、二人とは別れ、家へと帰ってきた。
「巴は楽しかった?」
「は、はい。え、映画は、あまり見られませんでしたが、クレープはおいしくて…あ、す、すみませんでした。手間をかけさせてしまって」
「大した手間じゃなかったから大丈夫。楽しめたならよかった」
巴はあまり長時間片手を塞ぐのが良くないらしく、クレープも断ろうとしていたため、俺が持って食べさせるという形に落ち着いた。
夕飯食べられるかなとおなかをさすっていると、電話の着信音が鳴った。
画面を見ればアマ先輩の名前。
「もしもし」
「あぁ、タマ後輩かい? すまないね、また電話してしまって」
「いえ、何かありましたか?」
忘れ物などはしていないはずだ。
返事を待っていると、アマ先輩は少し言いよどんだあと、口を開いた。
「あー…今日は楽しかったかい?」
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