第46話
「椎奈ちゃんの声優は、タレントの
小田原さんは興奮した様子で目を輝かせていた。
芸能人だったのか。
もしかしたら、テレビで見かけたこともあったのかもしれないが、クラスメイトなど知り合う人が多かったため、芸能人はほとんどわからないままだった。
「天野光莉は確か、ビールのCMに出ている人だったか。へぇ、そうだったのか」
「はい! 本物の声優さんレベルでしたもんね!」
「スタッフロールも見るべきだったかな」
「アマ先輩も気に入ったシーンはありましたか?」
アマ先輩に尋ねれば、少し考えたあと、口を開いた。
「ふむ、私か。私は…小田原部長が挙げたシーン、あとは…そうだな。『
「わぁ…! はいっ! あれもいいですよね! 最初の引き留めるシーンとの対比になっていて…! 漫画の時も感動しましたが、こうして映像になったのを見てしまいますと、涙が止まりませんでした…」
隣に座っていた小田原さんはたびたび涙を流していた。
まるで自身が泣いていることに気が付いていないかのように、まっすぐスクリーンを見続けている姿に最初は驚いたものの、それほど集中しているのだと、こちらもつられるように映画に夢中になっていた。
「序盤では『金竹礼彩』が『荒巻椎名』を引き留めたが、次は『荒巻椎名』に手を引かれて『金竹礼彩』も授業をサボり、終盤では『金竹礼彩』の方が『荒巻椎名』の手を引く。心を開いていく描写が印象深かった」
「はい! そうなんです、原作でもとても評価されていてっ! きれいに映像化されてましたよね!」
「漫画だったかな。私はそれは読んだことは無いが、あのシーンが描写されているのなら、感動するのも想像に難くないよ」
優等生だったはずの礼彩さんが椎奈さんの手を引き、教師の静止を振り切って後者を飛び出していく。
心情の変化を象徴するようなシーンだった。
「タマ後輩は? 印象に残ったシーンはあったかな?」
アマ先輩に聞かれて考える。
二人の話したシーンもとても印象に残っていて、二人が挙げていなかったら、俺が挙げていたかもしれない。
それ以外だと…
「俺は最後の告白シーンですかね」
告白シーンで映画『空き教室の熱帯魚』は締められた。
一番最後だったからかもしれないが、強烈に印象に残っていた。
「涙を流しながらのキスシーン。背景と相まって感動的でしたもんね!」
「告白、それで結ばれるというのは、あのような物語では花形とも言っていいだろうしね」
「ありきたりでしたかね?」
「それだけ多くの人が魅かれるのだろうね」
一つの映画のラストシーンとしてとても収まりが良かったと思う。
性格的には合わない二人、交流の果てに理解をし合い、結ばれる。
映画の120分ほどで納得感のある内容だった。
「では…巴さんはどうだったかな」
「私は…申し訳ございません。基本的に護衛として、多々里様やその周辺に意識を向けていなければなりませんので」
巴は無表情のまま、淡々と答えた。
それを聞いて、小田原さんは苦笑いを浮かべていた。
「そ、そうですよね。周りにたくさん人もいましたし」
「そうか。…配慮が足りなかったかな」
「いえ。…ですが、そうですね。一時も目を離さずに見れていたわけではありませんが、私も多々里様に同感です。告白のシーンでは周りの多くの観客も感嘆していましたし、表情、背景など映像も綺麗だったと思います。あれだけでも鑑賞した意義があったと思いました。誘ってくださり、ありがとうございます。音羅様」
「そうか。楽しんでくれたのなら、こちらとしてもうれしいよ」
一瞬気まずそうな顔をしていたが、巴の返答を聞いてアマ先輩は安心したように微笑んでいた。
「私も、ありがとうございました。音羅先輩! 見に行こうか迷っていた映画だったので、私もとっても楽しめました!」
「誘ってくれてありがとうございます。あまり映画も言ったことがなかったので、みんなで行けて安心して見れました」
「お、おぉ…二人まで急にどうしたんだ…」
珍しく照れた様子のアマ先輩に、小田原さんと笑い合う。
「もっと感想を言い合いましょう! まだまだ語り足りないんです!!」
⇆⇆⇆
「そうだ、少し本屋によってもいいかい?」
お会計の時に少し揉めたものの、割り勘ということで決着し、お店を出てきていた。
「あの…もしかして…!」
「あぁ。ちょっと興味が出てね。原作の漫画があるんだろう?」
「よろしければ、私がお貸しします! どうぞ!」
小田原さんは、カバンから勢いよく何かを取り出す。
「これは…漫画の」
「はい! 原作『空き教室の深海魚』です」
「持ってきていたのかい?」
「…さっきはちょっと…押し付けがましいかなと思いまして。でも、興味を持ってくれたなら」
「いや、私は…そうだ、タマ後輩に貸すのはどうだい? せっかくなんだし…」
「俺は妹が貸してくれるというので、大丈夫です」
アマ先輩の言葉を遮るように伝える。
その間も小田原さんはキラキラした目でアマ先輩を見ていた。
「う、うむ…そうだね。では…有り難く借りることにしようかな…」
「はい! どうぞ!」
「あ、ああ」
アマ先輩は何とも言えない表情をしていたものの、本を大切そうに受け取っていた。
その様子を微笑ましく思っていると、目の前から松葉杖をつきながら歩いてくる人が見えた。
「ん?」
少し避けてすれ違おうとした時、その女性が声を上げた。
そちらに顔を向ければ、その人もこちらの顔を覗き込んでいた。
改めてよく見れば、見覚えのある顔。
バレー部を見学したときに出会った鳥栖末先輩だった。
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