第44話
「ごめんね、喜子ちゃん。ちょっと明日のことで…」
「…うん。…続きやろ」
喜子ちゃんがボタンを押し、ゲームが再開する。
次のゴールは結構離れているようだった。
「…」
⇆⇆⇆
「もうちょっとやろ?」
「うーん…」
掛けられてる時計は10時半を指し示している。
俺はともかく、喜子ちゃんはまだ小学生。
明日が休日だと言っても、夜更かしさせるのは問題がある。
「お兄ちゃんは…明日もお出かけするんでしょ?」
「…あとちょっとだけにしようね」
小学生なら遊びたい盛りだろうし…
「…喜子ちゃんは、明日何する予定なの?」
「明日はお姉ちゃんがちょっとゲームしてくれるの! それからは…漫画読む」
「漫画好きって言ってたもんね」
この部屋にも、いくつかの本棚いっぱいに漫画が並べられている。
「うん! あ、でもお兄ちゃんは…」
「うん?」
「漫画読まないって…」
「…あー」
以前、食事の時だっただろうか?
そんな話をした気がする。
少し調べてみたときに、漫画は知らないものばかりだったので、読んだことがないということにした。
「えっと、今まではあんまり読んだことがなかったんだけど、読みたくないわけじゃないから…よかったら、喜子ちゃんに借りようかな」
「! うん! まってて!」
喜子ちゃんは急に立ち上がると、コントローラーを置き、本棚を物色し始めた。
あれでもない、これでもないといいながら、本を行ったり来たりさせている。
その様子を眺めつつ、昨日の喜子ちゃんの様子を思い出しながら、ゲームをセーブしておいた。
「おすすめはね、『地味子な私もあなたが好きです』でしょ? それに『王子さまと二人きりの秘密』も面白いんだよ! あとは…『空き教室の深海魚』!」
「あれ、これって…」
「これは映画化もしてるんだよ!」
見たことがあるタイトルのはずだ、だって…
「うん、これを見に行く予定なんだ」
そう言うと、楽しそうに話していた喜子ちゃんが固まった。
「映画…」
「うん、そっか。喜子ちゃんも持ってたんだね」
これだけ漫画を持っている喜子ちゃんがおすすめしてくれるくらいだし、相当面白いのだろう。
明日がより楽しみになった。
(いいなぁ…)
「喜子ちゃん?」
「あっ…ううん、なんでもない! じゃあ、こっちの二つ貸してあげる!」
確かに、小学生だけで映画館に行ったりするのは難しそうだ。
今度、一緒に行けたらいいな。
「ありがとう、喜子ちゃん。近いうちに読んでみるね。それから…明日、映画を見て、それから漫画の方も読んでみたいんだけど、『空き教室の熱帯魚』も貸してもらっていいかな?」
「…うんっ! いいよ!」
喜子ちゃんから3冊とも受け取る。
時間を見つけて…
「あれ、そういえば、喜子ちゃん。宿題はやった?
「宿題? 今日の午前中に終わったよ!」
「そっか、喜子ちゃんはいい子だね」
「うん、私いい子にしてるよ」
頭を撫でると、喜子ちゃんは更に嬉しそうに笑う。
「いい子にしてたから、お兄ちゃんが来てくれたの」
⇆⇆⇆
「…」
喜子ちゃんの髪は、とても柔らかく感じる。
俺と比べると当然だし、巴の綺麗な髪と比べても。
やはりまだ幼いからだろうか?
「わ、私が運びましょうか?」
「いや、喜子ちゃんくらいなら…」
「喜子ー? まだ起きてるの?」
寝てしまった喜子ちゃんを布団に運ぼうかと話していると、愛子さんの声がした。
襖が開けられ、愛子さんはこちらを見て…
「…」
「あの、すみません。ゲームが長引いちゃって…」
「膝枕」
「…はい?」
愛子さんは目にも止まらない速度でスマホを取り出すと、こちらに向けて…
「写真、撮ってもいいかしら?」
「はい?」
「むす…。…娘が男の子に膝枕されている瞬間なんて、滅多に見られないでしょう? 写真に収めておくことも親としての務めだと思わないかしら?」
「どう、でしょうね…?」
愛子さんはどうしたのだろうか?
いきなり写真を撮りたいだなんて。
…いや、もしかしたら、俺と喜子ちゃんが仲良くできるか心配していたんじゃないだろうか。
急にお邪魔にすることになってからあまり時間も経っていないし、自分の娘と仲良くしているか心配するのは当たり前なのかもしれない。
「写真くらいならいいですけど」
「ありがとう」
喜子ちゃんに配慮してか、音も光も出ていないため、撮られているのかわからないが、愛子さんが角度を変えつつ、微笑んでいる様子から、おそらく何枚も撮影されているのだろう。
「…愛子さんってよく写真撮られたりするんですか?」
「そうね、優子は恥ずかしがるけれど」
すぐにスマホを取り出した姿からすると、いつもは喜子ちゃんが寝た後にこっそり撮っているのかもしれない。
邪魔してしまったかもしれないな。
「ぅ…ん」
「…」
喜子ちゃんが身じろぎする。
「そうね、うるさくしちゃったわ。私が運びましょうか」
「いえ、すぐそこなので」
喜子ちゃんを抱っこする。
小学生ってこんなに軽いんだな…
「珠音くん」
「はい?」
喜子ちゃんを布団に運び、毛布を掛けると、喜子ちゃんは眠ったままだったが、顔を緩ませていた。
「喜子も優子もだけれど…」
「…よかったら、これからも仲良くしてあげてね」
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