第40話 お礼

 タクシーから降り、デパートのビルを見上げる。

 交番に行く途中に見たとき以来だろうか?


「すみません、ありがとうございます」

「はい。では、用事が済みましたらご連絡ください」

「はい、ありがとうございます」


 歩いて来るつもりだったのだが、愛子さんが既にタクシーを呼んでくれていたため、利用させてもらうことにした。


「明日は電車使うつもりなんだけれど」

「お任せください」

「…うん」


 タクシーから降りた時点で近くを通っていた人たちがこちらに気づき始めた。


「行こう、巴」

「はい」


 こうしている間に立ち止まってこちらを見たり、スマホを向けている人達は増えている。こちらに話しかけようと様子をうかがっている人もいて、申し訳ないけれど、店内に避難することにする。


 店内に入っても、視線は減らない。

 目的地は地下1階なので、階段へと向かう。


「調べておいて良かったかもね」

「はい。店内の地図にて確認では時間がかかってしまいますし、それによって注目されればこの後の予定に影響しますから」


 外と言うこともあり、敬語の巴と話ながら階段を降りる。

 立ち止まる人とそのまますれ違う人がいて、少し身体をぶつけてしまっている人たちもいた。


「あんまり高いものは駄目なんだっけ」


 警察の人へのお礼に関して調べてみると、色々な情報があってはっきりしていなかったけれど、規則的には問題ないけれど、受け取ってもらえるかはその本人次第らしかった。

 また、高いものは受け取ってもらえないと言う情報があったので、軽いものを買っていくことにする。

 受け取ってもらえなかったら、自分で処理すればいいし。


「…」

「あ、あの…お決まりでしょうか〜?」

「え…すみません、まだ」

「い、いえ、失礼しました! ごゆっくりご覧になってください!」


 店員さんに声をかけられてしまった。

 できるだけ早く決めないと…


「…」


 千円弱から一万円を超えるものまで、幅広く置かれている。

 昨日の夜、巴と話して大体三千円未満なら受け取ってもらえるのではないかという話になったのだけれど…


「これか…これかな?」


 6種類のフルーツタルトのセットかどら焼きや煎餅などが入ったセット。

 …もう少し働いていれば菓子折りなどを買う経験が活かせたのかもしれないけれど、そんな経験もない。


「…こっちにしようかな」


 果物は種類によっては食べれないものがあったりするかもしれないが、和菓子の方はそこまで食べられないということは少ない気がする。


「すみません、これを…」

「はい! お包みいたします!」

「…お願いします」


 カードを機械に読み取らせる。

 物を買って誰かに送るという行為も、男性の場合は制限があるようだったけれど、今回は数千円程度で問題はないらしい。 


「またのお越しをお待ちしておりましゅ!」

「…ありがとうございます」


 商品を受け取り、周りを見れば買い物に来ていた人たちだけでなく、別のお店の人たちの中にも、こちらを見ている人たちがいた。

 ここにとどまっているのは営業妨害になるかもしれないと、すぐにその場を去ることにした。



⇆⇆⇆

 


「先日はお世話になりました」

「わ、わざわざお礼なんて…」


 今日は、南埜さんはお休みらしく、陸田さんのみが交番にいた。

 陸田さんは俺のことを覚えていてくれたらしく、交番へ入るとすぐに声をかけてくれた。


「陸田さん達が連絡してくれたおかげで、その後の対応もスムーズになりました。お菓子なので良かったら食べてください」

「…そう、ですね。有り難くいただいておきます。南埜にも渡しておきますね」

「ありがとうございます」


 受け取ってもらえてよかったと思っていたけれど、陸田さんは微笑みから一転、すこし申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「その、多々里くんの落とし物なのですが…」

「え…? あっ」


 色々あって忘れてしまっていたが、財布とスマホをなくしてしまっていたのだった。


「申し訳ごさいません、まだ届いておりません」

「そ、そう、ですか」


 正直な所、お金はともかく、免許証などはもう使えないだろうし、スマホもおそらく連絡を取れる相手はいないだろうから、戻ってきても仕方がないのかもしれない。もちろん、戻って来るに越したことはないけれど、緊急性はもうない。


「…」


 こういうときは取り下げたほうがいいのだろうか?

 もう大丈夫ですと言うのは、失くしたのがスマホとサイズの時点で変だし…

 そもそもあるのかもわからないのがなぁ…


「多々里くん?」

「あ、すみません陸田さん。いつまでもここにいると邪魔になりそうですし…そろそろ失礼しますね」

「…はい。わざわざありがとうございました!」


 陸田さんに見送られ、交番を出る。


「…」


 そこには、人だかりが出来ており、交番を出た瞬間に叫び声のようなものが響いた。

 数十人の人たちが交番を囲むように立ち止まり、スマホを構え、こちらを見ていた。


「やっぱほんとだって! アンタも来な?」「オトコダ」「交番前だって!」「こっちにしようかな」「写真より」「女邪魔でしょ、どうする?」「ちょっと、どいてよ! 見えないでしょ!」「あの、通して…」「は? もういい、どっかいって」「剥けば良くない?」「はい、今、私は最近話題の」「この人数なら」「抜け駆けする気!?」「通してってば! この後の商談が!」「結構いい感じかも」


 結構な人数はいるけれど、一定の距離を保ってくれはするみたいで…


「あっ、あの…!」


 その人だかりの中から1人の女の子が飛び出してくる。

 その女の子は、目の前で止まると、手を膝に置き、息を切らせていた。

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