第39話 ゲーム、スカート
「というわけで、今週末は出掛けてきます」
夕食の手伝いをしつつ、愛子さんに交番はお礼に行ってくることや映画を観に行くことを伝えた。
「…映画に関しては了解したわ。ただ、交番にお礼に行くのは来週でも構わないかしら? 今週は私、会議が入ってて…」
愛子さんは視線をフライパンに向けたまま言う。
「えっと…? 俺と巴で行ってきますけど…」
「…そ、そう。そうよね、ごめんなさい」
愛子さんは俺の言葉に一瞬、菜箸の動きを止めた後、炒め物を再開していた。
「?」
「巴さんもいるし大丈夫だとは思うけれど、気をつけて行ってらっしゃい」
「はい。何かあったら連絡します」
「…ええ」
⇄⇄⇄
「えぇっ! お兄ちゃんどこか出かけちゃうの!?」
夕食の際に話していると、喜子ちゃんに驚かれた。
「う、うん。出掛けてくるね?」
「え〜…」
落ち込む喜子ちゃんを見ていると、何か約束を忘れているのではないかと不安になってくる。
「お姉ちゃんは…?」
「部活」
「はぁ〜…」
喜子ちゃんは、ため息をつきながら、お皿を避けるようにテーブルの上で上半身を伸ばした。
「喜子、行儀悪い」
「…せっかくのお休みだし、ゲームしたかった〜」
「珠音にだって予定はあるでしょ。我慢して」
喜子ちゃんは、優子の方へ顔だけ向けて口を開く。
「お姉ちゃんも部活だし」
「いい加減慣れて」
「…」
⇄⇄⇄
「お兄ちゃん、ゲームしよ!」
巴の髪を乾かしていると、喜子ちゃんが部屋へとやってきてそんなことを言う。その手にはゲーム機が抱えられていた。
「今から?」
「うん! だって、明日も明後日もどこか行っちゃうんでしょ?」
「…そうだね。ちょっとだけやろうか」
ゲーム機の準備を手伝い、起動させる。
「…」
喜子ちゃんは、プレイ年数を増やしていく。その隣に書かれている、プレイ時間も比例して大きくなっていって…
「き、喜子ちゃん…? そんなに…」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。慣れるとこんなにかからないもん」
「そうなんだ?」
「うん!」
表示されているプレイ時間は10時間を超えていて、これがどれくらい短縮されるのかはわからないけれど、このゲームを今までも遊んだことのある喜子ちゃんが自信満々に言っているのだから大丈夫なのだろう。
⇄⇄⇄
「…」
「…喜子ちゃん?」
「ん…はっ! 寝てないよ!」
「…今日は終わりにしよう?」
先程から船を漕いでいる喜子ちゃん。
自分の順番が回ってきていたことも気がついていないし…
「悪霊…ついてる…?」
「…そうだね」
巴は目を逸らしていた。
「えっと…ん…」
ボタンを押し、画面の中でサイコロが回転する。が、そのまま振られることはなく、回転を続けていた。
「喜子ちゃん…」
「! ね、寝てない!」
ふるふると頭を振って、眠気を覚まそうとしていた。
時間はそこまで遅いというわけではないが、喜子ちゃんは小学生だし、そろそろ寝る時間なのかもしれない。
「続きはまた今度にしよう?」
「やだ」
どうしよう、と巴と顔を見合わせるが、その僅かな時間でも喜子ちゃんはうつらうつらとしている。
「眠くない時にやったほうがもっと楽しいと思うよ?」
「…」
「続きはまた…そうだね、明日の夜にやろうか。今日はおしまいにしよう?」
「…うん」
セーブしようとしてまた眠りかけていた喜子ちゃんを先に部屋へ連れていく。
敷かれていた布団の中に横になると、喜子ちゃんはすぐに寝息を立て始めていた。
音を立てないように出て、巴とゲーム機を片付けた。
とりあえずこの部屋に置いておこう。
喜子ちゃんの部屋に持っていって起こしてしまっても悪いし。
「巴は眠くない?」
「そ、そうですね。私は、大丈夫です」
「そっか。明日も付き合わせちゃうけど…」
「は、はい。ま、まずはお買い物でしたよね…?」
「そのつもりなんだけれど」
お礼の品を買ってから交番に行く予定だ。
俺が最初に出歩いたときも、コスプレかと思われたように、買い物くらいなら大丈夫だろうと思っていたけれど、そうではないようで…
「す、すみません…は、離れるわけには…」
「巴のせいじゃないから」
あの時とは状況が変わっている。
巴という護衛がついてくれていることもそうだけれど、そもそも顔も知られてしまっている。
「あんまり時間を掛けないようにしたほうがいいかもね。お店の人には申し訳ないけれど」
「は、はい…な、何かあっても、その、私がいますので!」
「うん、よろしく。…じゃあ、今日も…」
スマホを取り出す。
ロックを解除すれば、大量のメッセージの通知。
返信しないと。
⇆⇆⇆
「えっと…」
「珠音くん、それは嫌だった?」
「あの…」
「じゃあ、こっちはどうかしら?」
「…」
愛子さんが掲げているのは今日、俺が着ていく服だ。
…俺から愛子さんに選んでほしいといったわけではない。
タンスの中から着れそうなものを選んで着ていたら、愛子さんに止められたのだ。
「これなら可愛いんじゃないかしら?」
「…あの、スカートは止めませんか?」
「そっちの方が安全だと思うのだけれど…」
そっちの方が目立たないと言うが、絶対に目立つ。
俺は中性的な顔というわけじゃない。
普通に男の顔なのだから、それで女装していたら余計に変な目立ち方をしてしまうはずだ。
「なので、その…タンスに入っているスカートは履かないので…」
「そう?」
「はい、ごめんなさい」
似合うと思うのだけれど、と呟きながらスカートを畳む愛子さんを見ながら、ついでに服も買ってきたほうがいいかもしれないと思うのだった。
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