第38話 噂話の曰く付き

「…同じクラスの佐出さいで須和菜すわなさん、だったよね?」


 こちらに気がついてこちらに向かってきた佐出さんに言葉を返す。


「ええ、そうですわ。ようやくお話できましたわね!」

「…ようやく?」


 佐出さんは、学校指定のジャージ姿だ。

 膝のあたりが土で汚れている。

 先程までしゃがんでいたのが見えたので、その時についたのだろうか?


「…何か忙しそうですわね? では、端的に」


 佐出さんは一度深呼吸をすると、改めてこちらを向き、まっすぐ目を合わせた。


「多々里様に話しかけるのを不安に思っている方々がいるのですわ! 話しかけてくださると喜びますわよ!」

「…」


 佐出さんは胸を張って、言ってやりましたわと満足気な表情を浮かべていた。


「…えっと?」

「そんなことを話している方々がいたのですわ。話しかけて嫌われたらと…ですが、初対面の吉方様や宇賀様と仲良くなられる方ですもの、そんなことはないのではと思い、お伝えしたのですわ!」

「うん…ありがとう?」

「時間を取らせてしまって申し訳なかったですわ…では、失礼いたしますわ!」


 そう言い残して、佐出さんは走って行ってしまった。


「…」

「ふむ、では、職員室に向かおうか」

「え、はい」


 アマ先輩の言葉に歩みを再開する。


「小田原さん、佐出さんって普段から今みたいな話し方なの?」

「そ、そうですね。あまり話したことはないのですが…自己紹介の時はあんな感じでした」

「…そうなんだ」

「あの子が、あの佐出須羽菜君か」

「あの、ですか?」


 アマ先輩の言葉に引っかかり、尋ねる。


「『新入生のですわ子ちゃん。園芸部を乗っ取る』」

「はい?」

「校内新聞の見出しさ。私の友人が見せてくれたから覚えていたんだ」


 アマ先輩は足を止めて後ろを振り返るが、すでに佐出さんの姿はない。


「…さて、早く職員室へ行こうか。顧問の先生がいなければ、探さなくてはならないしね」



⇄⇄⇄



「失礼しました」

「その様子だと入部届は無事に提出できたみたいだね」


 廊下で待ってくれていたアマ先輩と合流する。


「はい、小田原さんはまだ少し話してましたけど」

「まぁ、部長として今後のこともあるだろうしねぇ…」


 アマ先輩につられて職員室の窓から中を覗えば、小田原さんと顧問の先生の他にも数名の先生たちが集まっていた。


「あー…ところで」

「はい?」

「映画に興味はあるかい?」


 アマ先輩はスカートのポケットから2枚のチケットを取り出した。


「これは…?」

「映画のチケットなんだが…今週末は暇かい?」


 週末に南埜さんと陸田さんにお礼をしに行こうと思っていたけれど、土曜日と日曜日のどちらにするかは決めていなかった。


「そうですね、特に予定はないです」

「そうか、それは良かった。…それで、なのだが…前之園巴、さん」

「…はい?」


 予想外だったのか、巴は遅れて返事をした。


「先日の償いも兼ねて…一緒に映画に行きませんか?」

「…」

「…」


 無表情の巴に、さすがのアマ先輩も顔が強張っていた。


「私に敬語は不要です」

「…おや、そうかい? それは助かるねぇ…」

「私は音羅様を特別危険視しているわけではございませんから」

「…それは、チケットを受け取って貰えるということかな?」


 巴はチケットへと視線を下ろし、手を差し出した。


「ご厚意、ありがたく頂戴いたします」

「そ、そうか! 私としても護衛の人に嫌われたいと思っていたわけではないのでね。いやぁ、よかった!」


 そんな話をしていると、小田原さんも話が終わったのか職員室から出てきた。


「す、すみません、待たせてしまって…」

「いや、構わない。それよりも、小田原部長」

「は、はい?」

「今週末、よかったら映画を見に行かないかい? タマ後輩と前之園巴さんには了承済みだ」

「映画! 見に行くんですか!?」


 小田原さんは興奮気味にアマ先輩へと詰め寄り、目を輝かせていた。


「ち、近いな…小田原部長」

「あ、す、すみません…」

「いや、驚いただけだからね。それで…どうだい?」

「い、行きたいです! お母さん以外と映画を見たことないので楽しみです!」

「これ何だが…」


 小田原さんは両手で受け取ると、太陽に透かすかのようにチケットを掲げた。


「チケット! 用意してくださったんですか!?」

「そういえば、いつの間にアマ先輩はチケットを用意したんですか?」

「たまたま貰ったものでね。処分に困って…いや、ゴミを押しつけたわけじゃない!」


 小田原さんが満面の笑みから悲しそうな顔へと変化していくのを見て、アマ先輩は事情を話し始めた。


「実は友人から貰ったものでね。とある事情で捨てられたチケットを友人が私に渡してきたんだ」

「とある事情、ですか?」

「ああ。少し複雑なんだが…ダブルデートを予定していた2組のカップルがどちらも破局してね。それで流れてきたものなんだ」

「…?」


 理解できていない表情を見て、アマ先輩はさらに詳しく話し始めた。


「そうだね…わかりやすいように名前をABCDとするが、AとB、CとDがそれぞれカップルだったんだ。そして、そのうちAとCがダブルデートを計画していて、この映画のチケットを買ったそうなんだが…BとDの浮気が発覚してね」


 思わずチケットを見つめてしまう。


「それに激怒したAとCが捨てようとしていたチケットを私の友人が貰ってきたというわけだ」

「…あの、なんでそこで友人さんが?」

「…私の友人は噂話が好きでね」

「言っていましたね」

「どこからか聞いたBとDの浮気を、AとCに伝えたのが、私の友人なんだ」

「あの…友人さんってどんな人なんですか…?」

「…本人に悪気はないんだがねぇ」


 アマ先輩は遠い目をし始めた。


「まあ、色々な事情はあるが、こうして使う機会が来たんだ。有効活用すべきだろう…すべき、だよな?」

「…そう、ですね?」

「…」


 …いわくつきのチケットを手に入れた!




ーーーー


《お知らせ》


次回更新は12月5日(火)


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る