第37話 入部届を…
「…我らが、ですか?」
「私も文芸部の一員なんだよ」
「そう、だったんですか?」
「ああ、今日の昼休みからだがね」
「偶然ですね」
同じ日に入部するなんて、と思っていると、アマ先輩は苦笑いをしていた。
「君ね、もう少し人を疑った方がいいんじゃないかい?」
「はい?」
「君が入るからだよ、私が入部したのは。実物の男がいるのに近くで観察しない理由がないだろう?」
「…え、いや、でも…」
それはおかしい。
何故ならば、俺がこの文芸部に入りたいと思ったのは今日の休み時間。
そしてそのことは、誰にも…部長である小田原さんにも、巴にすら伝えていなかった。
なのにアマ先輩が知っているわけがない。
そんな俺の表情を見て、アマ先輩は、難しいことじゃないんだが、と続けた。
「私には噂好きの友人がいてね」
たしか、初めて会った時にも言っていた。綺羅さんの名前を知っていたのが、その友人に聞いたからだと。
「その友人は時間があれば、噂話を聞くために学校中を歩き回っているんだが、休み時間の終わり頃に教室に戻ってきた彼女が『あの多々里くんが文芸部の部室にいたよ! 中には部長の小田原さんも。男の子との密室だよ! スクープかな、いんらん!?』と興奮気味に言ってきてね」
アマ先輩は声真似をしていたが、その本人に会ったことがないので似ているかはわからないが、癖がある人物なのは間違いなさそうだ。
「クラスメイトということを加味しても、君が文芸部に再び出向く理由は少ないだろう?」
「あ、あの…多々里くんが休み時間に来てくれたのは、別の用事で…」
「おや、予想は外れていたか。私もまだまだだねぇ…」
「その、もし俺が別の部活を選んでいたらどうするつもりだったんですか?」
「いや、その時は普通に退部するつもりだったよ?」
驚いている小田原さんをよそに、アマ先輩は続けた。
「入部から時間を空けなくては退部できないなんて決まりはないしねぇ…小田原部長には悪いが」
「ま、まぁ、そうですよね…音羅先輩は別の部活もありますし…」
落ち込む小田原さんを、今はそんな気はないよとアマ先輩は慰めながら、こちらを向いた。
「ところで、多々里珠音君としては私が同じ部活だと不都合かな?」
「いえ…そういうことはないです」
驚いてしまっただけで、アマ先輩が特別嫌ということはない。
「ただ…その、同じ部活に入ってくれるなら、俺が入部した後でも良かったんじゃないかなと」
「それも考えたんだが…君の後だと入部に制限をかけられるかもしれないと思ってね」
「制限、ですか?」
「そりゃあ、君が入るとなったら、大勢押し寄せるだろう? その全員を受け入れるのかい?」
それは…小田原さんによるんじゃないだろうか?
入部に制限というのも聞いたことがないし。
「わ、私としては、文芸部のメンバーが増えるのは嬉しいのですが…」
「それは文芸部の活動をやる前提だろう? 多々里珠音君を目当てで入ってくる人間が、それをするわけないじゃないか」
「…」
アマ先輩は視線に気がつき、私は違うけれどね、と誤魔化していた。
「私は多々里珠音君個人というより『男』について興味があるからね。文芸部の活動をするというのなら、私もそれをして、感性の違いを語り合うほうが私の目的に合っている。活動にも参加するさ」
「…あの、アマ先輩。フルネームで呼ばなくて大丈夫ですよ?」
先程から気になっていたため、一応伝えておく。
「おや、そうかい? じゃあ、よろしく頼む、タマ後輩」
「…いえ、あの…」
「ところで、入部届はまだなんだろう?」
なんだが既視感に襲われながら、抗議の声をあげるが、アマ先輩は聞こえなかったのか、それとも無視しているのか。
小田原さんの方を見て尋ね始めた。
「はい、多々里くんには後日書いてもらおうかと」
「それなんだが、今日やってしまった方がいいだろうね」
アマ先輩からの提案に、小田原さんは首を傾げていた。
「そうですか? もう放課後ですし、来週でも…」
「私の友人なんだが」
アマ先輩は言葉を遮って、話を始めた。
「噂好きの方ですか?」
「ああ。私の唯一の友人と言って差し支えないだろうね」
アマ先輩はそこまで友達が少なそうには見えないけれど、本人が作ろうとはしないのかもしれない。
「その友人は新聞部なんだが…校内新聞を書いていてね、来週にはタマ後輩が文芸部に入ったことは記事になっているだろう」
「そんな…わざわざ…」
「そしてなにより…彼女はとても口が軽いからね。面倒ごとになる前に、行動することをおすすめするよ」
小田原さんと顔を見合わせるが、すぐに逸らされた。
「そ、そうですね…週を跨いでしまいますし…早めに出した方がいいのかもしれません」
「そうだね」
来週でなければならないわけではないし、今から提出しに行こう。
⇄⇄⇄
「多々里様はどうして私に話しかけてくれなかったのでしょう? 私、とても悲しかったですわ…?」
「…」
文芸部の部室から出て、職員室に向かう途中、輝く金色の髪を巻いた女の子にそんなことを言われてしまった。
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