第36話 入部

『似ている』


 一番の感想はこれだった。

 もちろんは、敬語ではなかったが、テンションが上がると早口になるところや最後には必ずお礼を言ってくるところ、そして、周りを見えていないようで時間などにはきっちりしているところ。


「珠きゅん」

「っ!」


 突然、耳元に囁かれた声に驚き、勢いよくそちらを見れば、巴は苦笑いをしていた。


「多々里様、教室に戻りましょう」

「多々里くん?」


 小田原さんは、部室の扉に手をかけ、こちらを見ていた。その左手には鍵が握られている。


「…ごめん、少しぼーっとしてた」



⇆⇆⇆



「え、珠音くん、部活決めたの!?」

「うん、現段階で興味のあるものにしようと思って」


 給食を食べ終えた後、今まで部活動の見学に付き合ってくれていた2人には伝えておくことにした。


「そっかー、見学もおしまいかー」

「途中から愛衣の方が楽しんでなかった?」

「そんなこと…あるかも?」

「まあ、愛衣は部活見学してないしね」

「そうなんだ?」


 全員しているものだと思っていた。


「愛衣は部活動の勧誘と見学の時期に休んでたから」

「そうなんだよ! 風邪引いちゃったの!」

「そうだったんだ…愛衣さんは見学を続けてもいいんじゃないかな?」

「んー、いいや! やっぱり放課後は遊びたいし!」


 そう言う愛衣さんは満面の笑みでピースサインをしていた。


「あ、言い忘れてた…」

「うん?」

「一応、帰宅部…部活に入らない選択肢もあったんだけど…入りたい部活が決まったから仕方ないね!」

「…また、暇な放課後に誘ってくれると嬉しいな」

「え、めっちゃ誘うよ?」

「あはは…毎回は無理かもだけど」


 毎日誘ってくれそうな雰囲気があったので、先に伝えておく。


「まあ、私も暇なときは付き合うから」

「え、綺羅ちゃんは毎日でしょ?」

「私は塾があるんだってば…」


 当然、っといった愛衣さんを呆れた目で見る綺羅さん。2人は部活の案内もそうだけれど、話し相手としてもお世話になったし、そのおかげでこのクラスでもそこまで肩肘を張らずに過ごせている。


「2人のお陰で学校が本当に楽しいよ」


 そう伝えた途端、じゃれ合っていた2人の動きがピタリと止んだ。そして、徐々に顔を赤らめていく。


「…ストレート過ぎる」

「恥ずかしいけど、嬉しい…やっぱり恥ずかしい!」

「うん…そういう反応だとこっちも恥ずかしいな」


 改まって感謝を伝えるのはやはり恥ずかしい。でも、伝えられる時に伝えないとだからね。


「あ、あー…ところで、どの部活に入るの?」

「愛衣…それを聞いたら、色んな人がその部活に押し寄せるでしょ」

「そ、そうだね! ごめん珠音くん、今のはなかったことにして!」

「あはは…まあ、入りたいって思っただけで、まだ入部したわけじゃないし、入って大丈夫か聞かないと」

「じゃあ、入部したら教えてね!」

「うん、メッセージで伝えるよ」



⇆⇆⇆



 放課後、文化部棟の廊下を歩き、目的地に向かう。

 目当ての部室の前に立ち、ノックをすれば、返事が返ってきた。

 扉を開けば、当然、中に座っているのは、声の主である、文芸部の部長、小田原凛理さん。


「やぁ、多々里珠音君。君とは3日振りの再会になるね?」


 そして、何故か、性差研究会のアマ先輩がいた。


「アマ先輩?」

「ああ、久しぶりだね。一応、私としては君からのメッセージも待っていたのだけれど」

「…すみません」

「まあいいさ」


 アマ先輩はパイプ椅子から立ち上がると、こちらに向かって歩いてくる。


「君は小田原部長に話があるんだろう? 私は席を外すことにするよ」


 そしてそのまま、すれ違うようにして廊下へと出ていき、扉を閉めた。巴は無表情だった。


「た、多々里くん、もしかして…!」

「小田原さん」

「『空フリ』が語り足りなく…」

「文芸部に入部したいんだけど、いいかな?」

「…いいですけど…?」


 小田原さんは、返事をした後で、徐々に…慌て始めた。


「え、えぇ!? 文芸部に!?」

「うん、駄目だったら諦めるけれど…」

「いえ、駄目ということはありませんけれども! 文芸部に…?」

「うん。小田原さんと話すの楽しかったから」

「…」

「…?」

「…」

「あれ、小田原さん…? 小田原さん?」



⇆⇆⇆



「し、失礼しました…!」

「もしかして体調とか…」

「ぜ、全然大丈夫、絶好調です、はい!」

「ならいいんだけれど」


 急に気を失ってしまったから心配だ。


「と、とりあえず了解しました。顧問の先生に伝えておきます」

「入部届は来週でいいかな?」

「はい…よ、よろしくお願いします…?」

「よろしくお願いします」


 改めて挨拶を交わす。

 これからは文芸部の部員なるんだ。


「ふぅ…それにしても、まさか多々里くんも入部してくれるなんて」

「…も?」

「はい、実は…」


 小田原さんが何かを言いかけたと同時に、扉が開かれる。


「話は済んだようだね」

「アマ先輩?」


 そこには、先程出ていったはずのアマ先輩が立っていた。





「いやぁ、多々里珠音君。…ようこそ、我らが文芸部へ。部長と共に歓迎しよう!」

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