第31話 私は誰?

「す、数学は、大丈夫ですね!」

「そうだな…」


 今は宿題と入学が遅れた分の復習をしていた。

 数学はマイナスや文字が少し出てきたところだ。基本的な四則演算のみなので、復習などはそこまで必要ない…はずだ。小学生の頃の内容は覚えていると信じたいが、何を覚えていないのかも分からないため、関係する授業になったら復習しよう。

 

「…」


 巴が隣に座っているのは今まで通りなのだが、何か近い、ような…?

 お風呂でのことを気にしすぎているだけかもしれない。次は社会だ。気持ちを切り替えないと…



⇆⇆⇆



「…」


 無理だった。

 人名が駄目なのは想像していたが、そもそも出来事なども忘れてしまっている。元の世界にあった出来事かも分からないし…


「これを集中的にやるしか…」


 パラパラとドリルを流し読みする。

 昔の人の名前に関しては、例えば、有名どころの、徳川家康さん。

 江戸幕府を作った人だけれど、こちらでは徳川家凪やなぎさんと言うらしい。4文字中3文字一緒ならなんとかなる。江戸幕府の将軍の人は名前の似た人ばかりだった気がするけれど、覚えているのは家康さんと水戸黄門の光圀さん、そして、慶喜さんくらいだ。他の人は申し訳ないけれど覚えていないので、新しく覚えやすいだろう。


 次に織田信長さん。こちらでは、織剣おつるぎ盛重もりえさんと言うらしい。こっちは4文字中1文字しか一緒でない。行ったことは、覚えている範囲では同じだけれど…

 

「覚え直し…」

「あ、あの」

「いや、そもそも覚えてないのが多いから…」

「た、珠きゅん…」

「うん?」

「い、1時間、経ちました」

「あー…ありがとう、気が付かなかった」


 1時間が経ったら教えてほしいと巴に頼んでいたけれど、後半はあまり集中できていなかったかもしれない。時間を分けたほうがいいかもな…


「じゃあ…」


 スマホを取り出し、メッセージを開く。

 クラスメイトが質問をしてくれているので返さないと。すぐに返信が来ないことを気にしている人もいたようだし…


「まずは…あ、小豆さんのだ」

『部活は決まりましたか? 決まってなかったら是非料理部へ! お菓子もあります!!』

「あ…部活のこともあるんだった」


 愛衣さんと綺羅さんに部活見学をしてもらっているのに、忘れてしまっていた。


「どこに…いや、そもそも入るのかも…」


 現状、特別ここが良いというものはない。見学させてもらった部活は、その部員の人が丁寧に説明などしてくれて、それぞれ興味を持つ部分があった。そんな中途半端な意識で入られても困る部活もあるだろうし…


「…巴は部活ってやってたの?」

「わ、私ですか…? えっと…こ、高校の時、頼まれて、その…ダンス部の幽霊部員を…」

「へぇ…ダンス部」

「わ、私は…活動は一回も…」


 巴がダンス。その姿は想像がつかないが、案外上手に踊れるのかもしれない。


「…じゃあ、『部活はまだ決めていません。誰かとする料理は楽しいですよね。小豆さんは料理が好きなんですか?』と。どう思うかな」

「は、はい! こ、小豆さんも、嬉しいと思います!」

「じゃあ、こんな感じで返信していくことにしようかな」


 次は、舘倉たちくら包巣つつずさんからのだ。



⇆⇆⇆



「あ…」


 返信していると、困馬さんからのメッセージがあった。


『ロボットに興味はある?』


 部活見学の前に返信できていればよかったんだけれど、申し訳無い。


「これ、困馬さんからみたい」

「…あ、ロボットの…」

「『困馬さんのお陰でロボットにも少し興味が湧きました。説明も操作も楽しかったです。また教えて下さい』…『見学前に返信できなくてごめんなさい』…送信、っと」


 結構時間が経ってしまっているけれど、今日中には返信したい。少しペースを上げよう…



⇆⇆⇆



「『野菜に関しては、ゴーヤが少し苦手で、トマトとトウモロコシが好きです。花はあまり詳しくないので、良かったらおすすめを教えて下さい』…とりあえず最低1回は返信できたかな」

「そ、そろそろ寝ますか?」

「そうだね、巴もつきあわせてごめん」

「い、いえいえ、護衛ですので!」


 寝る直前までスマホの画面などを見ているのは睡眠の質に関わってくるらしい。今日で全員からの質問に答えられたので、明日からは少しマシになるだろう。



⇆⇆⇆



「昨日も伝えましたが、改めて伝えます。席替えはしません。入学からそこまで経っていませんし、他のクラスもしていませんから。…さて、来週は読書週間です。図書館から本を借りておくように。全体への連絡は以上です。それから、多々里くんはホームルーム後に私の所へ。では、挨拶を」


 当番の人の挨拶が終わると、俺は先生の下へと向かった。


「先生」

「あ、多々里くん。時間取らせちゃってごめんね?」

「いえ、それで…」

「うん、多々里くんはクラスメイトの名前を覚えたって聞いたけど…」

「はい。まだ名前と顔が一致するだけですけど」


 すぐに一致するとも限らないし。


「それでも凄いよ? 私が教育実習のときは全然…じゃなくて。あの」

「? はい」

「私の名前って…覚えてる? 一応、クラスの一員のつもり…担任だけど」


 先生が不安そうな表情でそんなことを言ってくる。確かに、先生とはメッセージのIDは交換していないけれど…


「赤鐘杏先生ですよね?」

「せ、正解。ほんとにすごいね?」

「ありがとうございます?」

「って、それもよくて。図書館についてなんだけど…」


 先生が言うには、少し前に図書館の利用に関する説明を授業の時間でやっていたらしく、その時に図書館の利用者カードを作ったらしい。


「それを作ってもらうのと、図書館の説明を…クラス委員長…いや、図書委員かな? 小田原さーん! ちょっとこっちへ」


 本を読んでいた小田原さんは何故呼ばれたのか分からないようで、先生とこちらを交互に見ながら歩いてくる。


「な、なんでしょうか?」

「小田原さん、図書委員だよね? 休み時間に多々里くんを図書館まで案内してもらってもいい?」

「え…わ、私…ですか?」

「図書委員だし、休み時間にお願いできる?」

「…わ、わかりました」

「よろしくね、小田原さん」

「…」


 『任されました』と、メモ帳に書いて返事をする小田原さんの姿に、先生は不思議そうに首を傾げていた。



ーーーーーーー

 今回は、話の前後に追加するかもしれない登場人物の紹介の例です。毎話にあるわけではありませんのでご了承下さい。



・小豆さん

 本名は小豆枝緑こまめしろくさん。

 27話で珠音君に名前を呼ばれた子。

 名前の由来は小枝とグリーン豆。


・困馬さん

 本名は困馬能恵こんばのえさん。

 21話のロボット部のクラスメイト。

 名前の由来は『困』がロとホを組み合わせたように見えることや能率などから。


赤鐘杏あかがねあん先生

 珠音君のクラスの担任の先生。

 17話に名前だけ出ていた。


舘倉包巣たちくらつつずさん

 18話で『舘く』まで出ていた子。

 名前の由来は『クラスメイトたち』、キツツキなどから。


徳川家凪とくがわやなぎさん

 元の世界の徳川家康さんで『康』の感じからの連想でこの名前に。覚える必要はありません。


織剣盛重おつるぎもりえさん

 元の世界の織田信長さんで、織田の名字が、織田剣神社、平資盛さんに関係するらしいため、この名前に。覚える必要はありません。



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