第29話 触れる

「ただ」

「おかえりお兄ちゃん! 巴ちゃん!」

「…ただいま、喜子ちゃん」

「た、ただいま帰りました…」


 家に戻ってくると、喜子ちゃんに出迎えられる。


「もしかして、玄関で待っててくれたの?」

「うん! そろそろ帰るって言ってたから」

「…無理して待っていなくても大丈夫だよ?」


 出迎えてくれるのは嬉しいけれど、わざわざ玄関で待っていてもらうのは…


「遊ぼ、お兄ちゃん!」

「…そうだね」


 宿題などをするつもりだったけれど、それは後にしよう。


「手を洗ってくるから、先に行ってて」

「うん!」


 パタパタと部屋へ戻っていく喜子ちゃんを見送り、洗面所へ向かう。

 巴と手を洗ったあと、喜子ちゃんの部屋へ向かう。


「喜子ちゃん、入っても大丈夫?」

「いいよー!」


 襖を開ければ、喜子ちゃんはテレビゲームを用意していた。喜子ちゃんは、どっちがいいかなと呟きつつ、ゲームを見比べていた。


「お兄ちゃん、どっちがいい?」


 2つのゲームのパッケージをこちらへ向けて掲げる。あんまりゲームには詳しくないんだよなぁ…


「あ、これは見たことあるかも…?」

「じゃあこっち!」


 やったことはないが、CMで流れていた時があった。ゲームに縁のなかった俺でも知っている位だし。


「お兄ちゃんはこっちで…巴ちゃんはこれ!」

「ありがとう」

「す、すみません、わ、私まで…」


 喜子ちゃんからコントローラーを受け取る。このコントローラーを使ったことはないけれど、前に使わせてもらったものとそこまで違いはないだろう。


「こ、これって…」


 隣からそんな声が聞こえ、そちらを向けば、巴がコントローラーを見て、苦笑いを浮かべていた。


「ど、どう使うんでしょう…?」

「巴ちゃん、使ったことないの?」

「す、すみません…」

「俺もこのコントローラーは使ったことないから、喜子ちゃん、教えてもらってもいいかな?」

「うん、えっとね〜」



⇆⇆⇆



「し、死んじゃいました…」

「巴ちゃん、こっち来て!」


 巴の操作しているキャラクターが倒され、幽霊状態となる。

 喜子ちゃんはこのゲームに慣れていることもあってか、上手くキャラクターを操作して巴のキャラクターを救助していた。


「す、すみません…」

「あっ」


 よそ見をしていたからか、俺の操作するキャラクターが穴に落ちて幽霊へ。


「お兄ちゃんも!?」

「ご、ごめんね」

「こ、今度は、私が!」

「巴ちゃんはじっとしてて!?」


 そんなこんなでゲームは続き、俺と巴は何度も喜子ちゃんに助けられながら、いくつかのコースをクリアした。


「ま、また、クリア! 凄いです!」

「喜子ちゃんはゲームが上手なんだね」

「う、うん…ずっとやってたから…」


 よほどひどかったのか、喜子ちゃんは目を逸らしながら返事をした。


「も、もう一個の方なら…わ」

「おっと…」


 喜子ちゃんがもう一つのゲームのパッケージに手を伸ばした時、足が痺れてしまっていたのか、バランスを崩してしまう。

 手を伸ばして身体を支える。

 軽いのだろうけれど、手だけで支え続けるのは難しい。喜子ちゃんを元の位置に座らせて、ゲームのパッケージを手に取る。


「はい、これだよね」

「…」

「喜子ちゃん?」


 喜子ちゃんは、一瞬無反応になったあと、勢いよく頭を下げた。


「ご、ごめんなさい!」

「え、な、何が…?」

「…急に、触っちゃって」


 …そういえば、初めて会ったときも、似たようなことで謝られた。あの時は、特に気にしていなかったけれど…男の人に触るのが駄目ってこと、だよな?


「本当に気にしなくていいよ? 触られるのは別に気にならないから」 

「…」

「本当だよ? ほら」


 疑いの目で見てくる喜子ちゃんに手を差し出せば、交番の時のことが思い出される。そういえば南埜さんや陸田さんに挨拶に行っていなかった。近い内に行くことにしよう。

 そんなことを考えていると、えい、という掛け声とともに手を包まれる。喜子ちゃんは目を瞑り、両手で俺の手を握っていた。


「…」

「…」


 喜子ちゃんは恐る恐るといった表情で、ゆっくりと片目を開けていく。そして、俺の顔を見たあと、その視線は手と顔の間を何度も行き来する。


「な、なんで?」

「何でって言われてもね…大丈夫だからとしか」

「…」


 喜子ちゃんは、表情を伺いながら、俺の手を揉むように触る。マッサージみたいで気持ちがいいようなくすぐったいような…


「…すごい!」

「!?」


 手を引っ張られ、腕を抱えられる。

 そして、キラキラとした目を向けられた。


「やっぱりネットは嘘なんだ!」

「…?」


 喜子ちゃんの急な発言に、思わず首を傾げる。

 ネット…? なんでいきなり?


「喜子ちゃん?」

「♪」


 喜子ちゃんは俺の腕を抱えたまま。顔を擦り付けるようにしていた。猫のようで微笑ましい気もするが、どうすればいいのかと巴の方を見る。

 問題ないです、とでもいいそうな表情で微笑まれる。

 無理矢理引き剥がすのもどうかと思われるので、コントローラーを置き、喜子ちゃんが満足するまでそのままにすることにした。




 それから約30分もそのままとは思わなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る