第26話 650人
「男性の方には、15歳の誕生日以降、週に1度、病院にて精子の提供を行うことが義務付けられています」
「…はい」
「病院に提供された精子は、一度一箇所に集められます。そして、その後、国によって希望者に提供されます」
危機管理の観点から集められる場所は公開されていません、と飯瀬さんは続けた。
考えれば、当然だ。
男性の数がこれほど少ないのなら、自然に人口を保てるわけがない。
「我が国の去年の数値を例に出しますと、出生数は約140万人です。この内、まず約25%は女性間で産まれた子供となります」
「女性間? 女性同士ってことですか?」
「はい。…女性間の子供については、約20年前から技術的に確立し、近年大幅な増加を見せております」
「なるほど…ありがとうございます」
女の人同士で子供…そんな技術があるなんて聞いたことがなかった。元の世界は、同性婚の賛否が話題になっていたし、同性の間で子供が出来るということは、なかったはずだ。
「そして、約15%は輸入精子、即ち、日本国外の男性の精子から生まれた赤子になります」
海外からも入ってくるってことか。
グローバル化が進んでいると言っていたのもこれのことだったのかもしれない。
確かに、クラスには、黒髪黒目の子だけでなく、茶髪や金髪、目の色が違った子もいた。
「最後に、残りの60%、約84万人が日本国内の男性に提供していただいた精子から産まれているということになります」
「84万人…」
84万…って、可能なのか?
だって男の人の数は…
「…精子提供は、15歳から約40歳まで行います。終了の年齢が明確に定まっていないのは、個人差があるためです」
「あの、どうやって…?」
「はい?」
「84万人…? どういうことなんですか?」
「もしかして…自然妊娠のことを考えていらっしゃいますか?」
「自然妊娠?」
「直接女性と性行為を行って妊娠させる方法のことです」
「ほ、他に…あっ、そうでした」
それで精子提供。
それなら、実際にそういう行為がなくても…
「多すぎませんかね?」
「はい?」
「あの、どうやってそんな数が生まれているんですか?」
84万人って、考えれば考えるほど良くわからない。1年間で84万人ってことは1ヶ月で7万人…?いや、それ自体はおかしくないけど…
「そう、ですね…現代であれば効率的に、そして、昔に遡れば…『無理矢理』実現させてきました」
「無理矢理?」
「…国家の生存のため、男性の人権を軽んじる形で、多くの子供が作られました」
人権…
「現代においては、出来る限り男性側に配慮を行うこととなっています。しかし、その一方で、男性の協力無しでは、国が成り立たないのは依然変わっておらず、男性側に『精子提供』という形で負担をかけざるを得ないというのも事実です。」
「そう、ですね」
国家のためというのなら、仕方がないのかもしれないと思う部分はある。それが自分の身に降り掛かっていない、もしくは気づいていないからかもしれないが。
「話を戻しましょう。現代においては、効率的に子供が出来るようになりました」
84万人÷25人=33600人、と黒板に書かれた。
「これが、男性一人当たりの1年間の出生数です。そして…1年間は365日、1週間は7日ですから、365を7で割ると、約50、これは男性は1年間に約50回、『精子提供』を行うということを表しています」
33600÷50≒650
「つまり、一度に提供された精子から、650人の子供が産まれることとなります」
「…」
…なんといえばいいのだろうか。
今までに味わったことのない感情が渦巻いている。
ただ、一番近いものとしては、『ドン引き』だった。
現実感が無さすぎるし、飯瀬さんは真面目な顔で話しているし、巴はこちらを気遣うような顔をしているけれど、話している内容は当たり前というような顔をしていたし、なんというか…とても気持ちが悪かった。
人間ではなく宇宙人の話をされているような感覚だった。
だって、1度の精子、つまりは1度の射精から、650人の子供が出来るのだ。意味がわからない。
元の世界では、何度も行為を繰り返して、ようやく子供が出来る、というものだったのに、いきなり650人だ。
「これは1回分の精液に含まれる5000万の精子を分けることによって…」
「…」
「…まだ少し時間はありますが、本日は、ここまでにしましょう」
「た、珠きゅん、大丈夫ですか…?」
「…大丈夫」
飯瀬さんに授業のお礼を言うと、再び椅子に腰掛けた。腕を下にして、顔を置き、目を閉じた。
落ち着こうと思っても、650という数字が瞼の裏を飛び回る。
(どういうこと…?)
話は理解している。
黒板で計算を書いてくれたし、割り算程度なら理解もできている。
ただ、男女比が1対100万と聞いたときは、聞いてはいたけれど、理解はしていなかったのだと実感した。
(どう、すれば…?)
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