第25話 イケメン、男装、保健体育

「多々里珠音君だね?」


 少し明るい茶髪は目元を少し隠しているが、大きな切れ長の目に、左目の端には涙黒子。


「えっと…? どこかで会いましたか?」

「いや、私と君は初対面だ」


 そして、何故かスーツ。


「初めまして、私は3年の女粧寺めしょうじ美王崋みおかだ。お見知り置きを」

「はい…」


 とても綺麗なお辞儀をされる。


「朝の貴重な時間を奪ってしまって申し訳ない。少し謝りたいことがあってね」

「謝る、ですか?」


 初対面だと言うのなら、謝られることもないと思うのだが。


「君のクラスのうらら君のことでね」

「麗…もしかして、琴立ことだて麗さんですか?」


 昨日覚えたクラスメイトの1人だ。

 確か、送ってくれた写真では、後ろで長い黒髪を纏めていた。


「あぁ、麗君は部活の後輩でね。部長である私が彼女のことで謝りに来たんだ」

「あの、琴立さんともあまり」


 昨日、教室で少し話させてもらったクラスメイトはかなりいたが、正直に言って、名前も知らない状態で、誰と話したかは覚えられていなかった。

 クラスメイト全員の名前を覚えた今なら、話したかどうかは分かるけれど…


「麗君がこの送ったメッセージがあっただろう?」

「あっ! そういえば…」


 返信はできなかったけれど、質問は覚えている。確か…


「『男装はどうですか』と麗君は聞いたそうなのだが、回答が来なかったようでね。朝一番に、引かれたかもしれないと私の元へ相談に来たんだ」

「…そう、だったんですね」


 寝落ちして申し訳ありませんでした…


「それで、実際のところどうなのだろうか?」

「どう、とは?」

「男装のことさ」


 男装…男の格好をすることだよな。

 そんなこと聞かれてもなぁ…


「えっと…俺にとっては普通のことなので…男装と言いますか、普段の格好と言いますか…」

「ん? あぁ、すまない。勘違いさせてしまったかな」


 女粧寺先輩は、手のひらを自身の胸に当てた。


「私達のように、男性の格好をしている女性をどう思うか、ということについて聞きたかったんだ」

「男性の格好をしている女性…」


 どう、と言われても…

 というより、やっぱり女の人なんだな。

 見た目だけなら男性アイドルの一人と言われても納得できてしまうほどだ。


「その、個人の自由なのでは…?」

「いや…そうではなくてね?」


 女粧寺先輩は困った顔もイケメンだった。


「そうだね…実は昨日の部活で話し合いがあってね。君は文化部の見学をしたようだが、その中に『部員以外立ち入り禁止』と書かれた部室がなかったかい?」

「あー…ありましたね」


 確かに昨日、文化部を見て回っていた時に、一つの部室の扉にそのような紙が貼られていた。そのため、その部活の見学はしないことにしたのだが…それが、女粧寺先輩と琴立さんの所属している部活だったらしい。


「そこが、私達、男子部の部室さ」

「…ダンス部?」

「男子部だよ」

「男子…いるんですか?」

「残念ながら今のところはいないね」


 男子部…聞いたことがない。どんな活動をしているのかもわからないが…


「じゃあ、その格好も」

「あぁ、部活動の一貫さ。ここへは男子部の部長としてきているからね」

「なるほど…?」

「それで…考えはまとまっただろうか?」

「えっと…いいんじゃないですか?」


 よくわからないけれど。


「つまりは『アリ』だと」

「え、ええ」

「そうか! それは良い!」


 肩を叩こうとしてくる女粧寺先輩だったが、巴に止められていた。


「いやぁ、実は男子部の危機だったんだ」

「危機?」

「あぁ、退部したいと言ってくる子達がいてね」

「はぁ」

「『男装していたほうが親近感が湧いて仲良くなりやすい』派閥と『男装をしていたら女として見られない』派閥に真っ二つだったんだ」


 男装していたら、親近感が湧く…こともないだろう。女の子は男の格好をしていても女の子として…


「ん、なんだい?」

「女粧寺先輩ってイケメンですね」

「ほぅ…ありがとう。男の人に褒められるなんて照れてしまうよ」

「はい」


 イケメンは別枠かもしれない。



⇆⇆⇆



「一部の生徒から席替えをして欲しいと言う要望がありましたが、皆さんは同じクラスということが幸福だと言うことを自覚してください。よって、席替えはしません。では、朝のホームルームを終わります」


 担任の先生がそう言い、当番の子が挨拶をすれば、クラスがまた賑やかに戻る。


「おはよう、珠音くん!」

「おはよう、ギリギリだったね」

「おはよう、愛衣さん、綺羅さん」


 女粧寺先輩と話している間に、時間は経っていたらしく、慌てて教室に滑り込むこととなった。


「1時間目は理科だよ!」

「理科室の場所分かる?」

「ごめん、分からないから、案内してもらってもいい?」

「もちろん! あっ、あとこれ!」


 愛衣さんに差し出されたのはお茶のペットボトルだった。


「当たったからあげるね!」

「いや、悪いよ」

「あー、もらっていいよ。愛衣は結構当たって色んな人に渡してるから」

「今日はたまたま当たりの自販機があっただけだよー!」


 そういえば運がいいとか少し話していた気もする。…受け取っておこう。これ以上断るのも、愛衣さんの表情の前では心苦しいし、また何かで返せばいい。


「ありがとう、頂くね」

「うん! もらってもらってー!」


 その後は、好きな飲み物などについて話しながら、理科室まで案内してもらった。

 愛衣さんは炭酸飲料、綺羅さんは果物系のジュースが好きらしい。お返しの時まで覚えておかないと。



⇆⇆⇆



「多々里くんはこちらへ」


 2時間目の授業は、保健体育。

 タイミングの問題なのか、男女を分けて授業を行うらしい。

 担任の先生に案内されて入った教室には、1人の女性が待っていた。

 その女性に促され、席につくと、担任の先生は教室から出ていってしまい、教室には、巴も含めて3人だけとなる。


「はじめまして、講師を務めます、飯瀬いいせと申します。普段は産婦人科医をしていますが、聖山学園に男子生徒が入学したため、教鞭を執ることとなりました。本日はよろしくお願いいたします」

「よろしくお願いします」

「さて、授業を始める前に…この授業は録画を行います。これは、授業終了後の問題を回避するために行うこととなっているため、ご了承ください」

「…はい」


 隣に座る巴の方を見れば、黙って頷いていたので、返事をする。


「…少しショッキングな内容になりますが、このことは多々里珠音くんの将来に関わることですので、心して聞いてくださると幸いです」

「はい」 

「また、他に人はいませんから、質問などあればその時に聞いてくださって構いません」 

「わかりました」


 そのように返事をすると、飯瀬さんは襟を整え、授業を始めた。






「では、まず、『精子提供』の話から始めます」


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