第22話 日はまた昇る

「え!?」

「子供!?」

「…」


 愛衣さんと共に驚きで声を上げてしまう。

 聞き間違いじゃない、よな?


「いい反応だね、もう少し続けたいものだが、怖い目がこちらを見ていることだし、やめておくとしよう」

「音羅様」


 底冷えするような声で、巴はアマ先輩のことを呼ぶ。


「待ちたまえ。私には危害を加えるつもりはさらさらない。そんなに警戒しないでくれ」

「…あまり多々里様に悪影響となるようなことは…」

「悪影響ねぇ…? これは、そうだな…ただの愛の告白だが?」

「なにが告白ですか」


 綺羅さんは、何を言ってるんだこの人、という目で見ていた。


「君は宇賀綺羅君だったね」

「…何処かでお会いしましたか?」

「いや? 噂好きの友人が言っていたんだ。二人のクラスメイトが男の子と話せているらしい、と。1人はスポーツ全般に秀で、もう1人は今年の新入生代表を務めた秀才だと。…まぁ、そんなことはいいんだ」


 アマ先輩は綺羅さんから視線を外し、再び巴を見据えた。


「先程の言葉は、純粋な男女交際のお誘いだ。護衛の君に告白を止める権利はないはずだが?」

「…確かにその通りですが、事前にお伝えいただければ、告白の場も設けることはできます」

「私の心をすぐにでも伝えたかったんだよ。私の乙女心をわかってほしいものだ」


 アマ先輩はわざとらしく肩を竦める。

 巴は無表情のまま、アマ先輩を見ている。


「それにしても…やはり興味深いな」


 顎に手を当て、今度は俺の方を見る。


「君は驚きこそすれ、怯えた様子などは見えない。いったいどんな教育をされたら、そんなふうに育つのかな?」

「あはは…」


 笑って誤魔化すしかない。

 ここ数日で、もう何度も言われているが、怯えることはないし、そのように演技することもできない。


「…やっぱり君が欲しいな」

「はい?」

「君は、もう少し自身の特殊さを正しく認識すべきだ。教えられなかったのかい?」


 アマ先輩は、少し困ったような顔をしたあと、説明してくれた。


「例えば、私と同年代には、君達と同じように男性が1人いる。それに会いに、私はわざわざ山口にまで行ったが、全く会えない。学校に通っているはずだが、出入り口をはっていても、全く通らない。次に、面会の申請をしたが、通らない。これがどういうことか分かるかい?」

「会うのが難しいってことですか?」

「正確には、記憶してもらうのが難しい、というべきかな」


 アマ先輩は、ホワイトボードをこちらへ向け、マジックを手に持った。


「まず…いや、そうだな…やっぱりやめておこう。こんなことを長々と説明されてもつまらないだろうからね。悪い癖なんだ」


 そう言って、マジックをおいてしまう。


「私が、君との子供が欲しいと言ったのは本心でもあるが、第一は君の記憶に残るためだ」

「記憶に?」

「ああ、君はおそらく、クラスメイト全員のことを覚えられてないが、私のことは覚えてくれるだろう?」

「…まあ」


 初対面でそんなことを言う人間は出会ったことがなかったし、今後もないだろう。


「私は君の多くのクラスメイトが達成できていないことを達成している。現段階では十分だろう」


 …クラスメイトに対する申し訳無さが浮かんでくる。覚える気はあるので、帰ったら頑張るつもりではあるのだが。


「折角の機会だ。帰る前に、この部活の説明だけ聞いていってくれ」


 勧誘活動の時の使いまわしだが、とアマ先輩は呟いたあと、続ける。


「世界の男女比を知っているだろうか? …そう、女が100万で男が1だ。こんな絶望的なまでの差は、人間以外では滅多に見られない。何故か? それは当然、繁栄を阻害するからだ。では、人間は何故こんな差がある? その答えを持っている者は、『まだ』この世界に存在しない。これほど身近で、これほど重大でありながら、未だ答えの出ていない問題など、なかなか見つかるものじゃない。世界中の学者が考えに考え抜いた予想は、全てその正しさを証明されていない。君が勉学の片手間の『妄想』が、絶対不可侵の『正答』であり、人類のさらなる繁栄に繋がる可能性があるんだ。こんなチャンスを逃していいのか? 性差研究会では、世界の学者の様々な『思考』を身近な観点から思考し直す活動を行っている。劣等論、突然変異論、女性進化説…そんな大層な名前がついただけの『妄想』を、君も鼻で笑ってみないか?」

「…」

「どうだい? 私の友人とゲームをしながら真剣に考えたんだ。いい出来だろう?」

「なんというか…」


 よくわからなかった。

 が、アマ先輩の表情を見れば、この活動を楽しんでいることは伝わってくる。


「あの…」

「返事は不要だ。君が興味を持った時、瞬間でもいい。是非顔を出してみてくれ」


 アマ先輩から差し出されたノートの切れ端には、メッセージのIDが書かれていた。


「さあ、そろそろ帰ったほうがいいんじゃないかい? 男の子が、学校の終わったあともなかなか帰ってこないなんて、心配をかけてしまうよ」

「そ、そうだね! 珠音くんはそろそろ…うん」

「一つ一つに時間を掛け過ぎた」


 そういえば、愛子さんに連絡なども入れていなかった。遅いとは言っても、5時。元々の基準からすれば全然遅くない。大丈夫だろう。





 駄目だった。



⇆⇆⇆



「ところで、私が、近づいた時、すぐに止めなかったのは、不干渉が理由かい?」

「それもありますが…」

「?」

「あの距離なら間に合いますから」

「…伊達に護衛に選ばれたわけじゃないということか。すまないね。試したわけじゃないんだが、私は興味のまま行動してしまうことがあってね。君も仲良くしてくれると嬉しいよ」

「私も貴女と仲良く出来ることを望みます」


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