第19話 ABCスープ

「給食当番って言って、今週は廊下側の2列の人が給食を取りに行くんだよ! 私達は来週!」


 愛衣さんは、俺が給食について知らないだろうと、一つ一つ丁寧に説明してくれている。給食に懐かしさを感じながら聞いていると、給食を取りに出て行ったクラスメイト達が戻ってくる。


「そういえば、巴も一緒に食べられるのか?」

「…はい。男子生徒を迎え入れるにあたり、護衛が付くことは国が定めていることですから、追加費用については国から学校側へ支払われているはずです」

「じゃあ、巴…は、久しぶりの給食?」

「…そう、ですね。私の場合は中学校から給食がなかったため、小学校以来でしょうか」


 愛衣さんについていき、列に並ぶ。

 順番を譲ってくれると言ってくるが、やんわり断っておく。有り難いけれど、最初に甘えると今後も続いてしまいそうだし。

 前に並んでいる子達が、チラチラと振り返って見てくるが、どう返せばいいのかわからず、苦笑いしていると、綺羅さんが巴の方を見ていることに気づいた。


「宇賀様、如何がなさいましたか?」

「あの、前之園さんって、男性周辺護衛、なんですよね?」

「はい」

「その、私、護衛について興味があって…」


 綺羅さんは護衛に興味があるらしい。国から派遣されるって言っていたし、詳しくはわからないけれど、国家公務員ってやつなのかな。


「おっ…」


 列が進み、お盆を手に持ったところで、スープを配膳していた子と目が合う。

 なんの声…?


「おっ、おおお…!」

「はい?」

「多め…?」

「普通の量でお願いします」


 そういった噂が広がっているのだろうか?

 いや、噂ではないのか。

 確かに成人していれば、カロリーの摂取量の目安にも差があったはずだし…

 でも、給食で男女で量が違うってことはなかったはずだ。


「え、あっ…ごめんなさい…」

「いや、気を使ってくれてありがとう。量は一緒で大丈夫です」

「は、はい…」


 似たようなやり取りを繰り返し、すべての料理を受け取ると、自分の席に戻る。

 それから、配膳してくれている子達の分の給食を受け取り、席に置いて、自分の席へと戻る。


「じゃあ、護衛校時代の話を聞いてもいいですか?」

「そ、そうですね…護衛校時代ですか…」


 綺羅さんが質問し、それに巴が答えるという形で話は続いていた。中学生の時から一つの職業に興味を持てている姿に感心していると、1人の子が前に出ていただきますと挨拶していた。それに続けてクラス中から同様の声が聞こえてくる。

 

「いただきます、私お腹空いてたんだよね。午後は体育もあるし、しっかり食べないと!」


 そう言って食べ始めた愛衣さん。

 視線を自分の机の上、給食に移す。


「…あっ」


 懐かしいスープだ。

 スプーンで掬えば、アルファベットの形をしたマカロニが大量に浮かび上がる。

 牛乳も、ご飯と一緒に食べることなんて、社会に出てから全然無かったからなあ…

 

「初めての給食はどう?」

「…うん、美味しいし、栄養バランスもいいよね」

「私も給食は好き! 誰かと話しながら食べるのって楽しいし!」


 そう言って、話の途切れることのない巴と綺羅さんの方を見ていた。


「愛衣さんも護衛に興味あるの?」

「え、私? んー…ない、かな。綺羅ちゃんがなりたいなりたいって言ってたから、他の人よりは興味があるかも?」

「そんなには言ってないけど?」

「言ってたよー! 小学校の時から言ってた!」


 愛衣さんが自分のことを話していると気がついたのか、綺羅さんも会話に参加してくる。巴は少し話し疲れたような顔をしていた。


「だから、勉強頑張ってるんだよね」

「まあ、そうね」

「私はそんなに頑張れない!」


 胸を張って言うことではない気がする。


「でも、愛衣なら運でなんとかなるんじゃない?」

「流石にならないよ!?」


 綺羅さんに聞けば、愛衣さんは運がいいらしい。自動販売機の中で、次に当たりが出るものがわかるらしい。

 それが運なのかはわからないが、そう言うことがよくあるらしく、その運の良さを頼られることも多いそうだ。

 

「そうだ、みんなの名前は覚えられた?」

「…正直に言うと、あまり覚えられてないかな」


 休み時間には、この二人の他にも話しかけに来てくれた子もいたけれど、顔と名前があまり一致していない。


「あっ、そうだ!」


 愛衣さんが何かを思いついた表情をしたあと、得意げに言う。


「顔写真を送ってもらったらどうかな! それなら覚えやすいよ!」

「それは…」


 確かに覚えやすいだろう。

 でも、いきなり異性に対して、『顔写真送ってくれない?』はハードルが高い。


「…あんまり乗り気じゃない?」

「ちょっと…一方的に写真送って、って言うのはね」

「じゃあ、交換にしたら?」


 それなら、一方的じゃないでしょ、と綺羅さんは言う。


「交換って…何を?」

「何って、写真の話でしょ?」

「写真って…俺の写真?」


 …

 まぁ…転校生って言っても、初日だし、顔を覚えてもらうためなら…いや、でも…


「じゃあ、メッセージのアイコンを自分の顔に」

「それじゃあ、交換にならないんじゃない?」

「…」


 全員のアイコンが自分の顔で、名前も本名だったら一番良かったけれど、わざわざ変えてもらうわけにもいかないし…仕方ない、のか…?


「いや、写真なんて」

「とりあえず私と綺羅ちゃんの送ったよ!」

「…」



⇄⇄⇄



 昼休み、愛衣さんか、綺羅さんか。どちらかはわからないが、写真交換について話したらしく、どんどん写真が送られてくる。

 ありがたいけど、仮装したときの写真を送られてきても困る。


「た、多々里くん!」

「ん…?」

「あれ、委員長だ! どうしたの?」


 愛衣さんが委員長と呼ぶのは陽山さん。

 そういえば…


「学生証は戻りました?」

「え、あ…はい! やっぱり多々里くんが届けてくれたんですよね?」

「うん、公園で拾って」


 あの日はバタバタしていたけれど、無事に戻ったらしい。


「じゃなくて…えっと、多々里くん、先生に頼まれたことがあって。ついてきて、くれるかな?」



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