第17話 あいさつさいかい

「じゃあ、ここで待機していてね」

「はい」


 登校した俺たちは、まずは職員室で挨拶をして、現在は講堂のステージ傍にやっていた。


「り、リラックスですよ!」

「ありがとう、巴」


 今は壇上で愛子さんが校長としての挨拶をしている。この後、愛子さんに呼ばれたらステージの中央まで歩き、挨拶をすることになっている。

 ここからは愛子さんの横顔しか見えないが、やはり公の場ということもあるのか、家にいるときよりも厳格な様子で話していた。


「ーーでは、これより挨拶をしていただきます」

「っ…はい!」


 リラックス、リラックス…


「っ!?」


 ステージ中央へ向かう途中、足がもつれてしまう。バランスを崩し、転ぶ!っと、思った瞬間、俺の身体は支えられた。

 巴の手が腰に回されていた。


「行きましょう」

「…ありがとう」


 マイクの前に立てば、講堂中の全ての人が俺へ視線を向けていた。講堂は静まり返り、異様な雰囲気へ変わっていた。


「初めまして、多々…」

「きゃー!!!!」


 その瞬間、講堂中から叫び声が鳴り響いた。それを皮切りに、生徒たちが慌ただしくなる。隣に座わっている子と話し始める子、立ち上がって写真を撮り始める子、それらを止めようとする教師など…このまま続けていいのかも分からず、戸惑っていると…


「珠きゅん、マイクを貸してください」


 巴はマイクを受け取る。


「静粛に」


 聞いたことのない、鋭い声だった。

 それはマイクに乗せられ、講堂中に響き渡る。

 全員が動きを止め、巴の方を向いていた。


「多々里様が話しています」


 そう言うと、巴はマイクを切り、こちらに渡してくる。


「さあ、どうぞ!」

「…あ、ありがとう」


 騒がしいうちに話し終えてしまえば、という気持ちも湧き上がってきたが、ここまで巴がお膳立てしてくれたのだ、しっかり務めよう。


「初めまして、…この度、ここ聖山学園に通うこととなりました、多々里珠音です。…不勉強なことも多く、今後様々なご迷惑をお掛けするかもしれませんが、仲良くしてくださると嬉しいです。これからよろしくお願いします」


 頭を下げながら、思う。

 なんでこんなに喋ってしまったのだろう、と。

 『初めまして』はさっき言っちゃったから、何か足した方がいいかな?と思って足したらこれだ。

 反応も返ってこないし、心臓がバクバク言っている。…もうはけてしまっていいだろうか。


「私は多々里様の護衛を務めております、前之園巴です。多々里様がこの学園に通うにあたり、身辺のサポートをさせていただくため、多々里様と行動を共にさせていただきます。これからよろしくお願い致します」


 マイクも使わずにそういうと、巴はこちらへ目配せをしてくる。それに従うようにして、ステージの端へとはけた。


「ふぅ…」


 ここまで来れば生徒や教師達からも見えない。緊張が解けたことにより足元がふらつくが、再び支えられた。


「お疲れ様でした、珠きゅん」

「ありがとう、巴。…なんか、今日の巴、かっこいいね?」

「そ、そうですか? えへへ…褒められちゃいました」


 巴のふにゃりとした笑顔にこちらも笑みが溢れる。いつのまにか続いていた緊張は消えていた。


「で、でも、珠きゅんも、本当にかっこよかったです! あ、あの、アドリブ。あの場で考えたんですよね? 凄いです。状況に合わせて臨機応変に対応するなんて!」

「う、うん…巴の方が凄かったよ?」


 全校生徒の前に立った巴は、キリッとした真剣な表情で、透き通った声ではっきりと自己紹介を終えていた。今までの態度が演技なのではないか、別人に入れ替わっているのではないかと、思うほどだった。


「そ、そんな…わ、私はただ、用意したものをそのまま言っただけですから…」

「…でも、本当に助かったよ。ありがとう」


 こちらが困っているかを即座に判断し、なにも言わずに適切なサポートをする、

 誰にでもできることではないだろう。

 少なくとも俺には出来ない。

 えへへ、と照れ笑いを浮かべる巴を見ながら、かっこいいと心から思った。

 


⇄⇄⇄



 集会を終え、担任の先生となる赤鐘あかがねあん先生に連れられ、教室へと向かう。


「ちょ、ちょっとだけ、待っててね。す、すぐだから!」


 そう言って、赤鐘先生は教室へと入る。

 巴と共に廊下で待っていれば、赤鐘先生は、俺がこのクラスの一員となることを伝えているようだった。


「今日まで伝えてなかったんだ」

「そ、そうですね…じ、情報解禁もあの時間で…こ、こんなふうに、なってます」


 巴がスマホの画面を見せてくる。

 そこには、俺の顔写真も含めたプロフィールがインターネット上に公開されており、SNSなどでも話題になっているようすが映し出されていた。


「ど、どうぞ!」

「はい」


 赤鐘先生の説明は終わったのか、教室の扉が開かれ、中に招き入れられる。


「こ、黒板に名前を書いてもらって…簡単な自己紹介を…」


 チョークを受け取り、自身の名前を書く。そして、隣の巴に渡すと、巴も黒板に名前を書いた。

 …巴の方が字が綺麗だし、代わりに書いてもらえばよかったかも…


「…初めまして! 集会でもご挨拶させていただきました、多々里珠音です。これからよろしくお願いします」

「前之園巴です。学生ではありませんが、多々里様の護衛として共にこの教室で過ごすこととなります。よろしくお願い致します」


 2人で頭を下げる。

 頭の上から、講堂でのものほどではないが、動揺が伝わってくる。


「先生! 質問してもいいですか!」

「…多々里くんに関する質問は、時間も必要そうですから、授業の合間、休み時間などを用いて行なってください。…私も参加します。では、これから、我がクラスには男子生徒が加わります。だらしない姿は見せないよう、学生らしく行動してください。多々里くんは、あそこの席を使ってください」


 赤鐘先生の示した先には、2つの空席がある。俺と巴の席だ。

 最後列の窓際から2つ。

 そこに向かう途中、見覚えのある顔があった。


「あれ、この前の…?」

「っ!?」

「あの、この前、公園で会いましたよね?」


 そう、公園で出会った女の子。

 確か、名前は、陽山春花ひやまはるかさん。

 こっちが学生証で一方的に知っているだけだけれど…


「同じクラスなんて、すごい偶然ですね。これから仲良くしてくれると嬉しいです」

「は、はい…!」


 すごい偶然もあるものだと、感心しながら、窓際の席に座ることにした。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る