第13話 きゅんきゅんたまきゅん

「これって…」

「お兄ちゃん、どう? 嬉しい?」

「う、うん。凄く…」


 なんと言い表せば良いのだろう?

 以前、働き始めた頃、一応歓迎会のようなものがあったが、それは慣習のようなもので、今回とは別だ。…いや、その時の歓迎会も一切心がこもっていなかった、という訳ではないんだけど…


「ありがとね、喜子ちゃん。準備大変だったんじゃない?」

「ううん、楽しかったよ! お姉ちゃんも手伝ってくれたし、ね?」


 視線を向けられた優子ちゃんは、話を振られると思っていなかったのか、少し慌てたように答えた。


「た、頼まれてほんの少しだけだから。ほとんどは喜子がやったから…」

「そうなんだ、優子ちゃんもありがとう」

「…別に」

「お菓子とか、いっぱい用意したんだよ!」


 確かにテーブルの上には様々なお菓子や飲み物が並んでいた。…本当に色々ある。


(ねぇ…)


 テーブルにお菓子を広げる喜子ちゃんを見ていると、いつの間にか優子ちゃんが近くに立っており、小声で話しかけてくる。


(どうしたの?)

(その…嫌じゃなかったら、なんだけど…)

(うん)

(…喜子の頭を撫でてあげてくれない?)

(いいけど…)


 優子ちゃんからのお願いに、少し疑問に思いながらも、了承する。


「お兄ちゃんはここに座ってね!」

「うん、ありがとう、喜子ちゃん」

「あと、はい!」


 喜子ちゃんから渡された『本日の主役』と書かれたたすきを掛ける。


「えへへ、私はここー!」


 隣には勢いよく座る喜子ちゃん。

 このタイミングでいいんだろうか。


「じゅ、準備ありがとうね、喜子ちゃん」


 そう言いつつ、頭を撫でた。

 幼いからか、女の子だからか、柔らかな髪の感触が伝わってくる。


「…」

「き、喜子ちゃん…?」


 フリーズしてしまったかのように動かない。

 頭を撫でるって、もっと親密か、もっとかっこいい人じゃないと…


「わ、わぁーっ!」


 喜子ちゃんは飛び上がるように立ち上がると、勢いよく優子ちゃんに抱きついた。


「ちょっと、喜子」

「お、お姉ちゃん、見た!? 見てた!? 凄い! 漫画の通りだったよ!」

「はいはい…」

「凄い気持ちよかった! なんかね、手が硬くって…!」

「喜んでてもいいけど、私達は座るからね」


 優子ちゃんは喜子ちゃんを引き剥がして、腰を下ろす。続いて巴も隣に座った。


「凄い、凄いっ! 漫画はやっぱり本物だったんだ! 凄い!」


 …まあ、喜子ちゃんが喜んでくれるなら…


「身体があったかくなって…気持ちいい? 気持ちいいよ、お兄ちゃん!」

「あはは…」


 なんと返せばわからず、笑って誤魔化す。

 すると、優子ちゃんが助け舟を出してくれる。


「…喜子。待たせてるでしょ、座って」

「はーい!」


 座ってからも、喜子ちゃんはこちらを向いて話し続ける。


「ほんとはね、ケーキもあったんだけど、お母さんがご飯のあとでって言うから…あっ、今日のご飯はご馳走だって言ってた! お兄ちゃんの歓迎会だからって!」

「じゃあ、歓迎会を2回もしてくれるんだ?」

「私としては美味しいもの食べられるから毎日でもいいよ!」

「…喜子はご飯残すから、お菓子はちょっとにね」

「お兄ちゃん用だしわかってるもん…」


 口ではそう言っているが、優子ちゃんの方を恨めしそうに睨んでいた。お菓子は美味しいもんね。


「ところで、聞きたいことがあったんだけど、普段から着物で生活してるの?」


 巴はスーツだったけれど、愛子さん、優子ちゃん、喜子ちゃんは和服を着ていた。和風な家だから私服が着物なのかと思ったのだけれど…


「違うよ?」

「あ、そうなんだ?」

「あっ! お兄ちゃん、どう? 似合ってる?」


 喜子ちゃんは立ち上がり、一回転して見せる。

 色とりどりの蝶々が舞っている模様で、回転するとよりその鮮やかさが際立った。…あれ、もしかして着物ではなく浴衣なのだろうか? なんとなく、お祭りで着ている子がいそうな模様なのだが…違いなんて知らないしな…


「色とりどりで綺麗だね。喜子ちゃんにとっても似合ってると思うよ」

「ほんと! えへへ、今日はお祝いだからってお母さんが着せてくれたの!」

「そっか、よかったね」

「うん! あっ、でも…」


 喜子ちゃんは優子ちゃんの方を見る。


「思い出した?」

「でも、お兄ちゃんが褒めてくれたから、このままがいい…」

「汚すようなら、お母さんにもご飯前には着替えておくように言われたでしょ」

「でも…」

「はぁ…座らす前に言うんだった…」


 ため息をつき、こちらを見る。

 俺のせい?


「喜子」

「…うん」

「じゃあ、私達着替えてくるから…先に食べてて」


 そう言い残して、2人は部屋から出ていった。そのため、巴と2人きりになる。


「…」

「…」


 さっきから巴は無言のまま。

 喜子ちゃんが話している時も、愛想笑いを続けていた。


「あの、巴?」

「は、はい! どうしました!?」

「いや、なんか静かだなって…」

「え? は、はい…護衛ですから?」

「? 護衛だから?」

「は、はい。…あれ、そう言えば、特記事項に…!」


 巴は手帳を取り出し、広げ始めた。

 パラパラとめくっていき、一つのページで視線を止めた。


「…も、もしかしてですけど、話してもいいんですか?」 

「…えっと?」

「す、ストレスとか…あの、私と話してストレスとか…?」

「…ないけど」


 初対面で慣れないというのはあるが、ストレスかと言われれば違う。


「しゅ…すみません。教本に…あっ、その…ごめんなさい」

「あの、落ち着いて…大丈夫だから」


 巴は何度か失敗したあと、手帳をしまった。


「だ、男性は、女性との会話がストレスになることが…なので、はい…」

「…感じないかな」

「で、でしたね…えっと、じゃあ、多々里様が…」

「え?」

「え、あの…ど、どうかされましたか?」

「いや…多々里様?」


 そういえば巴には呼ばれていなかっただろうか? でも、こっちが巴って名前を呼び捨てで、逆は苗字に様付けは…


「え…えぇ!? も、もしかして、名前を間違えて!? そ、そんな…か、確認っ!」

「いや、合ってる! 合ってるから落ち着いて…」

「よ、よかった…」


 巴は表情がコロコロ変わる。

 喜子ちゃんと相性が良いかもしれない。


「その、様付けは、やめてほしいかな」


 こういうのは早めに修正してもらうに限ると学んだ。


「え、えっと…な、なんて呼べば?」

「巴の好きに…っていうと様付けになっちゃうかもだから、俺が巴って呼んでる事を加味して、呼び方を考えてほしい」

「え、ど、どうすれば…教本には…う…でも…?」


 巴は考え込んで動かなくなってしまったため、なんとなく机の上を眺める。

 …おぉ、知育菓子まで。あんまり食べたことないんだよな…


(そうです、要望に最大限応えること。それが一番大切なはず…)


 巴の呟く声は隣に座る俺にも当然聞こえる。そろそろ、呼び方が決まりそうだ。


「じゃ、じゃあ…た、珠きゅんっ!」

「…はい?」

「おまたせ、お兄ちゃん!」


 私服に着替えた2人が戻ってきた。

 いや、それよりも…


「あの、とも…」

「…待たせてごめん。食べててよかったのに待っててくれたの?」

「えっ、いや…」


 優子ちゃんの声に遮られる。


「お兄ちゃん、はやく食べよ! どれから食べたい?」

「喜子、ちょっとは落ち着きなさい」

「え、えっと…じゃあ、これからにしようかな…」

「えへへ、珠きゅん…」



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