第12話 歓迎

 1人の女の子はこちらを睨むように見ているし、もう1人の子はキラキラした目でこちらを見ている。

 …どちらにしろ居心地は悪い。


「ほら、2人とも、挨拶なさい」


 …ところで、この配置であっているのだろうか。1人の女の子は愛子さんの隣に座っているのだが…


「わーっ! ほんとに男の人だー!」


 もう1人の女の子は、俺の左隣に座布団を持ってきて座った。つまり、この子と巴に挟まれている状況。


喜子きこ。ちゃんと座って挨拶なさい」

「だって、お母さん! 本物だよ!」

「喜子」

「…はい」


 喜子ちゃんは座布団を離し、姿勢を正すとこちらを向く。

 俺も姿勢を変え、向かい合う。


「峰紀喜子、小学5年生です。よろしくお願いします」

「多々里珠音です。これからよろしくおね…よ、よろしくね」


 さっきの繰り返しになってしまうので、敬語はやめる。愛子さんに対して敬語じゃないのに、その娘さん達には敬語というのはおかしいだろう。

 …それだけだから、喜子ちゃん、座布団は近づけなくて良いかな。

 

「…峰紀優子。よろしく」

「よろしくね、優子ちゃん」

「…」


 返事をしたら、無言でこちらを睨んできた。

 なんで?


「ねぇ、お兄ちゃんって呼びたい! いい?」

「え、あぁ…もちろん。俺も喜子ちゃんって呼んでいいかな?」

「うん♪ やったー、ほんとにお兄ちゃんだ…!」


 この世界では兄とか弟が本当に少ないのだろう。

 だからこその喜びようではあるのだろうけれど、このように喜んでもらえるならば嬉しい。


「ねぇ、お兄ちゃんの誕生日、4月2日ってほんと?」

「うん、そうだね」

「凄い! あっ、じゃあ、やっぱりお姉ちゃんよりもお兄ちゃんだね!」

「…」


 優子ちゃんは、フンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「…ちょうどいいかしらね。優子、喜子、珠音くんを案内してあげなさい」

「はーい!」

「…はい」

「…よろしくね、巴さん」

「はっ、はい! お、お任せください…」


 部屋から出れば、その廊下は何部屋あるのかわからないほど長い。

 今日からここにお世話になるのか、と考えていたところで、左手に感触。


「まずは、こっちだよ! お兄…」

「あっ、あの…」

「喜子っ!」


 優子ちゃんの声に喜子ちゃんの動きが止まる。


「…離しなさい」

「あっ! か、勝手に触ってごめんなさい、お兄ちゃん…」

「…妹がごめんなさい。よく言い聞かせるから」

「えっ? あぁ…大丈夫だよ?」

「しゅ、しゅみましぇん! わ、私が止めないと…」


 よくわからないが…優子ちゃんはバツの悪そうな顔を、喜子ちゃんは泣きそうな顔をしていて、巴はなんだか落ち込んているように見えた。


「勝手に触ってごめんなさい…」

「ううん、大丈夫だよ。案内してくれようとしたんだもんね、ありがとう」

「…ごめんなさい」


 喜子ちゃんの目は潤んでいた。

 …小学生5年生か。

 どうやって接すればいいのかも、これから学んでいかないといけないな。


「ありがとう、喜子ちゃん。それと優子ちゃんも。よかったら案内を続けてもらっても大丈夫かな?

「うん!」

「…喜子がごめんなさい」



⇆⇆⇆



「…で、4つ目のお手洗いはここだよ!」


 家の案内をしてもらっているうちに、喜子ちゃんは元気を取り戻していた。


(それにしても…)


 案内をしてもらって思ったのは、やはり『広い』ということ。一つ一つ丁寧に案内してくれたので、聞き漏らさないように意識してはいたのだが、正直、全然覚えられていない。これでは、巴が迷っていたのも不思議じゃない。


「案内ありがとう、この家は広いね」

「えへへ、でしょ?」


 喜子ちゃんは、自分が褒められたかのように喜んでいて、それを全身で表していた。…覚えられていないのがちょっと申し訳なくなった。生活しているうちに覚えられるだろうか。


「じゃあじゃあ、ここで問題ね」

「問題?」

「うん、私の部屋はどれでしょう!」


 なるほど、喜子ちゃんの部屋を当てれば良いらしい。とはいっても、今までの案内の中では紹介されなかった。

 なんとなくで視線を動かしたりしてみるが…

 そういえば、案内の途中で秘密と言って、説明せずに通り過ぎた場所があった


「うーん、どっちだろう? 難しいなぁ」

「じゃあね、ヒント! あのね、こっちだよ!」


 喜子ちゃんに付いていくと、やはり案内の途中で秘密と言われた場所についた。

 そこには2対2で向かい合うように4つの部屋がある。


「この中に私の部屋があるよ!」


 4つまで絞ってくれたが、やはりわからない。

 頑張って見ようと思えば見えるかもしれないが、それは無粋だ。


「うーん、じゃあ…ここのにしようかな?」

「えっ、あー…別の方がいいと思うよ!」

「じゃあ、こっち?」

「そこも…」

「こっちにしようかな?」

「あっ、うん! そこがいいと思う!」


 思わずほっこりしてしまう。巴も同じだったのか、笑みをこぼしていた。


「じゃあ、開けてみて!」


 喜子ちゃんの言う通りに扉を開ける。


「…あっ」


 部屋は装飾され、天井から吊り下がる画用紙には、カラフルな折り紙で『ようこそお兄ちゃん』と書かれていた。

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