第11話 顔合わせ

「珠音くんね? 少し待っていて」

「はい」


 インターホンを押すと、即座に声が返ってきた。


「初めまして、私は…」

「あぁ、自己紹介は顔を合わせてからにしましょう。家族になるのに、インターホン越しでなんて、面白くないでしょう」

「わかりました」


 目を閉じ、深呼吸をして緊張を和らげる。

 峰紀ほうき愛子あいこさんと前之園まえのそのともえさん。

 写真で確認しているとはいえ、実際に会うのは今日が初めてになる。最初が肝心、かと言って、取り繕いすぎるのも今後の生活を大変にするだけだ。

 自然体で、失礼のないように。


「お、おまたせしました〜」


 そんな言葉とともに門が開く。

 その先には、垂れ目で、茶色がかった髪を肩で切り揃え、スーツを着こなす女性が立っていた。


「初めまして、前之園さん。今日からよろしくお願いします」

「は、はい! よろしくお願いします〜」


 お互いに頭を下げ合う。


「ま…えっと、愛子さんが待って、お待ちになって、その、います! こちらですっ!」

「は、はい」


 …自分以上に緊張している人がいると、緊張がほぐれてくる。


「…凄いですね」


 思わず口からそう漏れてしまう。

 門の外からでも分かってはいたことだが、実際に見てみればそれ以上に見える。


「で、ですよね。わ、私もおんなじ風に…え、えへへ…」


 真正面には、詳しくはないが日本庭園のようなものが広がっている。石でできた足場に、少し遠いので見えづらいが、池の中にいるのは鯉だろうか。


「あっ、愛子さんが待ってますので、い、行きましょう?」

「はい」


 美しい松の木に視線を奪われそうになるが、人を待たせてしまっているので、それを抑え、前之園さんについていった。



⇆⇆⇆



 眼の前には、少し吊り目で、長い黒髪を持つ、着物を着た女性。

 日本人形のようなその人は、写真でも確認していた、峰紀愛子さん。

 そして、俺の隣では、座布団に座った前之園さんが、顔を伏せていた。


「…」

「…」


 峰紀さんは笑っているが、こちらは気まずい。

 何故なら…


「あ愛子さん、す、しゅみません! そ、その、ま、迷ってしまいました!」

「いいのよ、巴さんもまだ来たばかりだし、迷うのは仕方ないわ」


 …最初にトイレへ案内されたときは気遣いかとも思ったが、襖を開けて、あれ、いない!と何度か繰り返しているのを見て、迷っているのだと気づいた。


「…お待たせいたしました」

「ええ! 私、珠音くんに会えるのを首を長くして待っていたのよ」


 そう言ってニコニコと微笑んでいる。

 そんな中で待たせてしまって更に申し訳なくなった。


「さて、ようやく顔を見れたことだし、自己紹介、しましょうか。私は峰紀愛子、珠音くんが通う学校で校長先生をしているわ。子供は2人。長女は珠音くんと同じ中学1年生で、次女はその2つ下。娘たちとも、もちろん私とも。仲良くしてくれると嬉しいわ」


 続けて、前之園さんが口を開く。


「わ、私は、護衛として選んでもらいました。え、えへへ、ありがとうございます…あっ、えっと、前之園巴です。あ、愛子さんには数日前から良くしていただいて、えへへ…よろしくお願いします」


 峰紀さん、前之園さんと続き、次は俺の番だ。


「多々里珠音です。峰紀さんには、急なお願いにも関わらず快く迎え入れていただき、本当に感謝しています。前之園さんも、護衛を引き受けてくださりありがとうございます。これからお世話になります」


 頭を下げ、数秒の後、顔を上げたのだが、峰紀さんは少し困ったように笑っていた。


「…珠音くん、そんなに気を使わなくていいのよ。私達は家族になるんだから。ねえ、巴さん?」

「そ、そうです、こちらこそ、選んでくれてありがとうございますって、えへへ…!」

「あと、そうね…『峰紀さん』じゃ、他人行儀でしょう。名前で読んでくれるかしら」

「わ、私も名前で、よ、呼び捨てで大丈夫です!」


 …数日前からと言っていたのに、妙に気があっているようだ。

 でも、二人の言っていることは最もだ。

 それに、お世話になる人がそうしろというのなら、その通りにしよう。


「わかりました、これからよろしくお願いします、愛子さん、巴さん」

「あら、敬語のままなの?」

「わ、私も…あああと、呼び捨てで、大丈夫ですよ!」

「そ、それは…」

「私は珠音くんと仲良くしたいのだけれど、珠音くんには迷惑だったかしら…」

「ご、ごめんなさい。わ、私なんかが意見するなんて、生意気ですよね…!」


 これで昔ながらの付き合いじゃないのか?


「…分かった。よろしく、愛子さん、巴」

「ええ。ようこそ珠音くん」

「え、えへへ…末永くよろしくお願いします!」


 愛子さんはともかく、同世代の女性を名前呼びするのは慣れないな…


「…さて、と」


 愛子さんは、その言葉と同時、唐突に立ち上がる。

 そして、襖に手をかけ、勢いよく開いた!


「えっ、わっ!?」

「きゃー♪」


 そう叫びながら、二人の子供が飛び込んでくる。


「じゃあ、『待て』も出来ない、おばかな覗き魔ちゃん二人も紹介してしまいましょうか」


 その二人は、顔を見合わせ、1人は背中の重みで動くことができずに顔だけそっぽを向き、1人は女の子を下敷きにしたまま、誤魔化すように小さく舌を出していたのだった。

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