第14話 誘引突起

「大丈夫? 箸が進んでいないようだけれど…」

「…はい」


 目の前には、本当に美味しそうな料理がズラリと並んでいるのだ。俺には特に好き嫌いもないし、普段であれば喜んでいて頬張っていたはずなのだ。


「…無理はしないでね?」

「…はい」


 原因は単純で、お菓子を食べすぎたからだ。でも、仕方ないんだ。喜子ちゃんが食べて食べてと手渡してくるのを断る事ができなかった。


 もちろん、喜子ちゃんは、ただ俺を喜ばせようとしてくれただけで、悪意があるわけじゃない。

 そして、目の前の料理も、俺を歓迎するために用意されたものだ。


 でも、一つだけ。

 『男の子はご飯をたくさん食べる』という情報は、間違っていないかもしれないけれど、全員に当てはまる訳では無いということを覚えていてほしい。



⇆⇆⇆



「…」


 今は大量にあった料理を食べ終え、少しだけ休憩させて貰っている。

 お腹は破裂しそうだが、愛子さんは喜んでいたので良しとしよう。


「あ、あの…大丈夫、た、た珠きゅん…?」

「…そういえば」


 呼び方について話し合う時間が必要だった。


「心配してくれてありがとう。ところで、その呼び…」

「お兄ちゃん、お風呂あがったよー!」

「おまたせ」


 お風呂に入っていた二人が出てきたようだ。

 二人共パジャマに着替えている。


「…お兄ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫だよ。…そのパジャマ、かわいいね」

「あっ、うん! お揃いなの!」


 喜子ちゃんはピンク、優子ちゃんには青色。

 もこもこしているように見えるが、ヒレを模したようなものが付いている。


「それは、魚かな?」

「うん、チョウチンアンコウだよ!」


 そう言うと、喜子ちゃんは、パジャマのフードを被る。確かにフードの先から太い糸が伸び、そのには提灯部分を模した丸いものが付いていた。


「喜子ちゃんは、チョウチンアンコウが好きなの?」

「うん! 可愛いから!」

「…喜子は魚全般が好きなの。それで前に『お魚さん食べるの可哀想』って言って…」

「お姉ちゃん言わないで!」


 喜子ちゃんが優子ちゃんの口を塞ぐ。

 服装も相まって和んでいると、そういえば、と言って優子ちゃんがこちらを向いた。


「あの…呼び方、何だけど」

「え、あぁ…」


 そうだ。巴の呼び方について話し合おうとしていたんだった。


「なんて呼べばいい?」

「え?」


 …思い出してみれば、優子ちゃんから名前を呼ばれたことはなかったかもしれない。


「好きに呼んでくれていいよ」

「珠音、くん…? ううん…珠音」

「うん、優子ちゃん」


 優子ちゃんは、やはり初対面ということもあってか警戒していたようだったけれど、少しは心を開いてくれたようだった。


「…あの、ちゃん付けはちょっと、恥ずかしいというか」

「え…そうかな」

「できれば、呼び捨てにして」


 …確かに。

 俺は年下の子だからとちゃん付けにしていたけれど、優子ちゃんも俺も、今は中学生。

 同級生同士でちゃん付けはあまりしないのかもしれない。


「うん、じゃあ、優子って呼ぶことにするよ」

「…ありがとう」


 話も一区切りついたため、二人交代するようにお風呂へと向かうことにした。



⇆⇆⇆



「…あの」

「は、はい?」

「…やっぱり、その…おかしくない?」

「え…も、もしかして、どこか痛かったりですかっ!?」

「いや、そうじゃなくて…」


 ここはお風呂だ。

 かなり広いとはいえ、温泉というわけでもない。


「なんで一緒に?」

「は、はい? ご、護衛、だからです…」

「…」


 疑いたいわけではないのだが…本当にそうなのかと心の片隅で思ってしまう。

 例えば、海外のスターとか、総理大臣とか、テレビでSPの人がついているのを見たことがある。でも、あの人たちって一緒にお風呂まで入るかなぁ…?


「…別で入るのって」

「駄目ですっ!!」

「…はい」


 びっくりした。

 巴ってこんなに大きな声を出すのか。

 というより、これだけはっきりいうということは、こういうものなのだろう、多分。


「…」

「…」


 今、巴は俺の髪を洗ってくれている。

 幼いときは施設の人に洗ってもらっていたと思うが、あまり記憶にないため、人に頭を洗ってもらうという感覚は新鮮だった。

 しかし、それよりも気になってしまう。


「…」


 ここは、お風呂だ。

 つまり、裸。

 俺も巴も、全裸なのだ。

 局部を隠すようなタオルなんてない。

 全部…本当に全部見えているのだ。


「…」

「〜♪」


 俺は心も身体(の一部)も緊張しているというのに、巴は鼻歌を歌っていた。

 頭を洗われるのは、気持ちがいい。

 だから、頭に全意識を向けようとしても、度々当たる背中への感触に意識が削がれる。

 素数そこまでわからない、お経も当然わからない。だから、耐え続けるしかない。


「気持ちいいですか珠きゅん?」

「…上手だね」

「えへへ、こういう洗いっこみたいなの、憧れだったので!」


 それは同性同士でやるやつだと思うんだ。

 

「流しますね〜?」


 泡を洗い流される。

 頭をを洗ってくれるのは嬉しかったんだけどな…


「次はお背中をお流しします!」

「…はい」


 まあ、もうしばらくの辛抱だ。

 身体を洗ってもらえるなんて特別だし、楽しめばいいんだ。


「〜♪」

「おぉ…」


 今回はまともだ。

 背中を洗ってくれている間は、巴の身体は触れない。巴だってわざと押し付けてるわけではない。たまたま、頭を洗う時に当たってしまっただけなはずなのだ。


「…えっ!?」

「…ん?」


 感触がした。

 背中じゃない。


 体の正面、下半身にある、男の大事なところを触られていた。

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