第7話 ころころりん

「…」


 今日は驚くことばかりで、疲れてしまう。

 やっぱり明日に回してもらえばよかったかなぁ…


「…続けてもよろしいでしょうか?」

「はい、お願いします」

「まず、多々里様には、戸籍がございません」

「…はい」


 戸籍がないことで、どのようなことが起こるのかなど想像したこともなかったが、今まであって当然だったものがないと言われるのはインパクトがあった。


「これは急遽登録しています。この一週間の間に完了しますので、ご安心ください」

「そうなんですね」


 確かに、戸籍もない人間が外を歩き回っているのは問題がありそうだ。であるならば、1週間ですむことに感謝したほうがいいのだろう。


「しかし、それ以外の問題はまだあります」

「はい」

「多々里様は、男児を出産した母親がしなければならないことを覚えていらっしゃいますか?」

「…いえ」


 正確には知らないのだけれど、話が拗れるため気にしないことにした。


「そうですか。…簡単に言いますと、男児の公表と辞職の2つです」

「公表と辞職…?」

「はい。現在、我が国では、男性のプロフィールは公開することとされており、一般の方々も閲覧することができます」


 咲森さんがスマホを取り出し、少し操作したあと、こちらに向けてくる。その画面では、履歴書のようなものがいくつも並んでおり、スクロールしてみても男性の顔写真ばかりだった。


「ここに俺のプロフィールも?」

「はい。ここへは中学校入学以上の年齢となった際に記載されなければなりません」

「中学校から?」

「はい。…男性に対しては家庭教師が派遣されるため、小学校へ通いません。」


 小学生から家庭教師に教えてもらうなんて想像もできない。裕福な家庭だったらやっていたのかな?


「そのため、男性が社会に出る、中学校への入学のタイミングで、プロフィールを公表される方が多いのです。というより、小学生までは猶予期間といったところでしょうか」

「なるほど?」


 男性が社会出る時までにプロフィールを公開…


「俺って大丈夫なんですか?」

「通常では、大丈夫ではありません。…そのことに関しては、多々里様にご協力いただかなくてはなりません」

「は、はい。俺にできることなら」


 おそらく俺の想像している以上に、色んな人に苦労してもらっている。俺自身のことなら、自分でできることはしないと。


「それで、俺は何を?」

「まず、先程申し上げました通り、私が多々里様の母親、即ち、多々里様には、私の息子であることにしていただきます」

「…はい」


 改めて咲森さんの顔を見る。

 …若すぎないか?

 いや、でも、咲森さんが言うなら、大丈夫なんだろう…多分。


「そして、多々里様には、中学校に、新入生として入学していただきます」

「はい。…はい? 入学?」

「はい」

「いやいやいや…中学校ってそんな年じゃ…」


 言いながら気づく。

 そういえば、肉体が若返っていたのだった。

 朝も夢ではないことを確認したのに、頭から抜けてしまう。


「はい。病院での検査の結果、多々里様は肉体的にはおそらく14歳という結論になりました」

「…中学校入学って12歳とかじゃ?」

「はい。ですから、対外的には、多々里様には12歳…いえ、多々里様の誕生日は4月ですので13歳としていただきます」

「はは…」


 乾いた笑い声が漏れ出てしまう。

 13歳?

 精神的には成人している人間が?


「申し訳ありません。そのようにするのがベストという結論になりました」

「そうなんです、ね…?」

「はい。ここから、私が母親となる理由をお話いたします」

「はい」


 ま、まあ、置いておこう。

 考えてもしょうがないし…うん。


「私が選ばれた理由は、私が大臣秘書をしているためです」

「大臣秘書…? 大臣!?」

「はい、総務大臣の元で秘書をさせていただいております」


 名刺を渡される。

 めちゃくちゃすごい人だった。

 え、失礼なこととかしてないよな…?

 すごく不安になってきた。


「大臣の秘書…す、すごいですね」

「いえ。…話の続きですが」

「は、はい」

「…あまり緊張しないでいただけますと」


 ごめんなさい、無理です。

 そう、心のなかで言ったのが伝わったのか、咲森さんはため息をつきながらも話を続けた。


「…ともかく、私は大臣秘書という重要な職務についております」

「はい」

「大臣秘書など、特定の職業に従事している者は、『男児を出産した女性は辞職しなければならない』という規則の例外となるため、私が母親となることで、別の誰かを辞職させる必要がなくなります」


 …改めて考えると、それ以外の人だったら仕事を辞めなきゃいけなかったのか。

 流石にそれは、申し訳ないので、誰も辞めさせられないのなら…

 

「あと、私が最近まで入院していたことです」

「入院…え」


 咲森さんの身体を見るが、どこかが悪いなんて知らなかった。その様子を見てか、咲森さんはニコリと笑って言った。


「どこか病気だったりするわけではありません。少し前に手術はしましたが、最近まで入院していたのはリハビリといいますか、大事を取って入院していただけなので、もうどこも痛かったりはしません」

「…そうなんですね」

「この入院を、多々里様のプロフィールの公表が遅れた理由とします。私が手術のショックで数日間目が覚めなかったこと、手術の前後では緊張で手続きを行う精神的余裕がなかったこととします」


 咲森さんが言うには、そのような事例が以前にも一つあるらしい。母親が倒れている間に、小学生を卒業したばかりの子供が手続きを進められないからだそうだ。


「つまり、私が選ばれた理由は、辞職の例外となる職業に就いていること、タイミングよく入院していたことの2つです」

「なるほど」


 相槌ばかり打っているけれど、仕方がない。

 これだけ準備してもらって俺から何かを言うこともないし…


「しかし、特例の職業であるからと言って、多々里様を完全に放置するのは問題になります」

「そう、ですね?」


 対外的には12歳。

 まだ中学生の子供だと育児放棄に当たるのだろうか。


「なので、多々里様は養子として、別の家庭へ迎え入れられます」

「…はい? 養子ですか?」

「…私としましても、親子水入らず、田舎で静かに二人きりで過ごしたいところなのですが、残念です」

「いえ、そこまで考えてませんけど」

「つまりですね、面倒な規則などは私が引き受けて、一般の…母親が子供に行うような美味しいところは養親となる別の女性が行います」


 なんだか咲森さんが怖い。

 いや、表情は笑っているんだけど、雰囲気が鋭いような気がする。


「まぁ、養親となる方は大臣の遠戚のようでして、安心は出来る方のようですから…」


 今度は遠い目をしていた。


「というわけで、私はこの数日間母親をしますが、それ以降は別の方が母親となります。多々里様には出来る限り苦労させませんので、ご協力ください。ですが、私は母親ですので、多々里様が困ったら、すべてを差し置いて駆けつけますからね。いえ、困っていなくても呼ばれたら行きます」

「…はい」


 …母親ができたと思ったら、養子になるの?

 波乱万丈すぎない?

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