第5話 知る

「はい、楽にしてくださいね〜」

「…」


 ベッドに寝そべりながら、天井を眺める。

 ここは病院。

 朝、ホテルで待っていると、昨日、ホテルまで送ってくれた女性がやってきて、その案内のままにここに来ていた。


「はい、大丈夫ですよ」

「では、次はこちらです」


 看護婦さんに次々と案内され、採血に検尿・検便、レントゲンなど、1日に受けてはいけないのではないかと思うくらいの検査を受け続けた。



⇆⇆⇆



「身体的に問題はありませんね。健康体といっていいでしょう」

「はぁ」


 女医さんから検査の結果が伝えられる。この場には俺以外に女医さんと看護婦さん、そして病院まで案内してくれた女性が一人。その女性が口を開く。


「では、他の男性と同じように生活を送るのは問題ない、と?」

「それがですね…多々里さん」

「はい」

「貴方は、日常的に女性に嫌悪感や拒否感などを抱いているか、という問に『いいえ』と回答していましたが、間違いありませんね」

「はい」


 検査の中には、大量の質問に対して『はい』と『いいえ』で答え続けるテストのようなものがあった。その中の質問の一つで、なんでこんなことを聞くのだろうと思いながら、チェックを入れた記憶がある。


「女性の人口は男性の人口に対して何倍か、という問に対してはなんと答えましたか?」

「…たしか…1.1倍?にしたと思います」


 この質問も覚えている。

 これも常識問題なのか?と思い、適当に答えてしまった。普通に1対1だと思っていたが、何倍かと聞くくらいだから違うのだろう、と考え、とりあえず小さい数字にしておいた。しかし、今考えれば0.9倍など、1以下もあったかもしれないと気がついた。


「まぁ、このように。常識問題の中で、特に女性や歴史に関するものについて、知識が著しく欠如しているという事がわかりました」

「「女性ですか?」」


 女性と言葉が被ってしまった。

 愛想笑いをしていると、こちらを一瞥した女性は、すぐさま女医さんの方を向いた。


「それは、社会生活において問題となるのでしょうか」

「…いえ、大丈夫でしょう。計算能力や文章の読解力などは、年齢相応か、それ以上には備わっていますので。これから学習を行うことで、十分に改善できるでしょう」

「そうですか。ありがとうございました。多々里様、行きましょう」

「は、はい。ありがとうございました」


 女性の後を付いていき、病院を出て、車に乗り込んだ。…今更だけれど、この人に付いていって大丈夫なのだろうか?


「あの…」

「はい、いかがされましたか」

「…まず、名前を伺ってもよろしいでしょうか」

「はい、私は、咲森さきもりと申します」

「お…私は多々里ともうします」

「はい、存じ上げています」

「はい…」

「…」

「…」


 咲森さんは、じっと俺の目を見つめる。身体も微動だにせず、ただただじっと。

 これは、こっちから質問しろと言うことだろうか。


「えっと、すみません。今どこに向かっているんでしょうか?」

「多々里様が、昨日に宿泊された施設に戻っています」

「あ、そうなんですね…あの…家に帰ることって…」

「…『それ』について、ホテルにてお話します」

「は、はい…」



⇆⇆⇆



「単刀直入に申し上げます」


 テーブルを挟み、対面に座る咲森さんはそう口を開いた。


「多々里様には、一週間、このホテルで暮らしていただきます」

「はい? え、帰れないんですか?」

「はい」


 咲森さんがはっきりと答えた。

 帰っちゃいけない、なんてことあるのか?


「あの、理由って教えていただいても?」

「…申し訳ありません。理由をお答えするには、もう少し時間がかかるようです」

「時間が…それって、どのくらいですか?」

「…明後日までにはと聞いています」

「そんなにですか?」


 そもそも帰っちゃいけない理由が明後日までかかるってなんだ?

 理由があるから今日帰れないんじゃ?


「あの、もう少し詳しく教えてはいただけませんか?」

「…申し訳ございません。現在、私にはそこまでの情報が与えられていません」

「そ、そう、ですか…」


 情報が与えられてないって何?

 咲森さんに命令とかしてる人がいるってこと?


「もう少し、早くなったりしませんかね? その、一週間はちょっと、仕事とか…」

「…この一週間の生活によって生ずる不都合は、全て日本国が責任を持ちます。多々里様には一切の不利益をもたらしません」

「…」

「ご安心ください」


 できません。

 日本国ってなんですか、ドラマとかでしか聞いたことないんですが。

 というよりも、もしかしなくても、かなり大事になってるな…

 その理由は…


「やっぱり、若返ってることですよね」

「…」

「これを公表すると、問題になりそうですもんね…」


 若返った人間がいたら、それこそ人体実験などされてしまうかもしれない。

 若返ることは、多くの人が望むことだろうし…


「そう、ですね…それに関しても、2日後には結果が出ると思います」

「…わかりました。一週間、ここで生活すればいいんですよね」

「はい。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」

「はい」


 1週間…1週間か。

 中学を卒業してすぐに働き始めたし、1週間丸々仕事しないなんて初めてだ。

 折角だし、この間でしっかりとリラックスしよう。


「それから、こちらをどうぞ」

「これは…」


 これは?


「すみません、これってなんですか?」

「無線機です」

「む、無線機ですか!?」


 無線機って、たしか、軍隊の人とかが使っているやつじゃ…?

 これが無線機なのか…


「こちらのボタンを押していただければ、私に繋がります」

「…あ、そうなんですね」

「設定などは全てこちらで行いました」


 …その他のボタンは構わない方が良さそうだ。


「なにか必要なものが有りましたら、遠慮なく私にお申し付けください」

「ありがとうございます」

「24時間対応させていただきます。身の回りの世話から買い物など、何でもお申し付けください。多々里様は外に出られませんので」

「え」


 咲森さんの話を聞いていると、気になることがあった。外に出られない?


「外、出られないんですか?」

「はい。多々里様には、1週間、このホテル…この部屋で過ごしていただきます」

「なる、ほど…」


 外に出るのすら駄目だとは…

 え、それはちょっと不便かもしれない。


「ちょっとコンビニに行ったりも駄目なんですか?」

「はい。欲しいものがありましたら、私が買ってきます」

「散歩とか…」

「健康的でとてもよろしいことですか、申し訳ありません」


 これは…軟禁(?)なのでは?

 1週間、一つの部屋から出られないのは…結構キツイような…


「どうにか、なりませんかね…?」

「はい」

「そうですか…」

「多々里様」


 顔を伏せていると、咲森さんに名前を呼ばれた。

 顔を上げ、咲森さんの顔を見れば、これから、とても重要なことを口にしようとしているような、真剣な眼差しでこちらを見ていた。


「100万倍です」

「?」

「あの、病院での問題の解答です」


 咲森さんは、俺を諭すように、柔らかな声色と表情を持って伝える。


「女性の人口は、男性の人口に対して100万倍になります」

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