第4話 下着、気づき、実感

《Side.:南埜》


 今、私の腕の中に男がいる。

 においや感触、そして反応が、男だと訴えてくる。

 このまま家に連れ帰ろうか。

 今まで頑張ってきた私に対する、神様からのプレゼントなのではないだろうか?

 私は神様なんて信じてはいなかったけど、プレゼントだというならば、ありがたく…


「ちょ、ちょっと南埜!? あんた何してんの!」

「…」


 もう、連絡から帰ってきてしまった。

 まだ堪能が足りなかったが、お世話になっている上司の声だし、逃げるのも現実ではない。

 もう一度だけギュッと力を込めて抱くと、なくなく身体を離す。

 もう、一生訪れない機会だったかも知らないのに…


「ふぅ…」


 至福の時だった。

 全世界を見てもこんなことを経験した人なんていないんじゃ?


「ごちそうさまでした」

「え、あっ…こちらこそ?」


 なんだそれ、かわいいな!

 …あぶない。

 男の子を前にしてちょっとおかしくなっている。

 なるほど、こういうことを想定して、試験の時に精神力の検査があったのか…


「…」


 真っ直ぐ私を見つめる瞳には、私の女としての本能を呼び起こす何かがある。そうでなければ、これほど疼いたりはしない。

 あっ、そういえば、私ハグして…?

 思い出すとなんだか、今更恥ずかしく…


「///」

「あの…」

「はい、ごめんなさいね、多々里くん。南埜に変なことされなかった?」

「してません。仕事ですから」


 そう、あの行為ハグ自体は、私利私欲のためではなく、れっきとした業務の一環。


「邪魔しないでください、所長」

「あんた、上司に向かってよくそんな口叩けるわね…」

「今は多々里くんのことが第一ですよね」

「…まあ、そうね」


 多々里くんは私達の会話の意味がわからないからか、誤魔化すような、にへりとした顔をしていた。…私が守ってあげないと襲われちゃうな、この子。


「一先ず、本部に預けることになったわ。多々里くん、申し訳ないけれど、時間もらうわね」


 本部に預けたら私が多々里くんと一緒にいられる時間がなくなってしまう。

 恨みがましく所長を見ていると、仕事をしろとでも言いそうな目をしていた。

 …多々里くんのお○んちん見たくせに。

 あーあ、私も早く昇進してたらその役目をできたのに。


「はぁ…ごめんなさい、多々里くん。改めてになるけど、自己紹介お願いできる?」

「はい」


 嫌な顔一つせず、多々里くんは自己紹介を始めてくれる。ごめんね、多々里くん、真面目にやるね。


「多々里珠音、22歳。川上工場という場所でで働い、て、いたはずなんですけど…」


 多々里くんの情報を一つ残らずメモにとっていく。

 川上工場は、確認をとって、多々里くんが働いていないこともわかっている。

 そして、年は22歳と。…なるほど、これも伝える必要がありそう。


「家族構成を教えてくれる?」

「えっと、児童養護施設で育ったので、家族はいないです」

「…」


 男の子で、児童養護施設と。

 …なるほど。

 まだまだ聞かなきゃいけないことが多そうだなぁ…



⇆⇆⇆



《Side:多々里》


「今日は色々あったな…」


 都内某所のホテルで一人呟く。

 明日以降も聞きたいことがあるからと、宿泊先としてホテルを用意してくれたらしい。


「でも、何も分かってないんだよな」


 結局、交番から警察署へ移動したりはしたが、話した内容は、自己紹介や今日起きたときの状況などだけだった。

 だから、これ以上話せることもないので、聞きたいことがあると言われても想像がつかなかった。


「…まあ、いいか」


 明日のことは明日考えよう。

 現在の時刻は11時。

 シャワーを浴びよう、と服を脱ぎながら浴室へ向かう途中、違和感を覚えた。


「ん…? ん!? は!?」


 洗面台に齧り付く勢いで、鏡を覗いた。

 そこに立っていたのは男の子。

 男の子だった。


「いや、これって…」


 顎を触ると、一切ひげはなく、ツルツルとしていた。鏡の中の男の子も当然、同じ動きをしている。


「昔の、俺か?」


 鏡の中の自分に見覚えはある。

 正確な年齢は分からないが、中学生くらいの姿ではないだろうか?

 ぺたぺたと身体を触っていけば、鏡の中の自分も連動する。


「いや、どういうこと…?」


 思い返せば気になることはあった。

 今日は背の高い女性をよく見ると思っていたのだ。

 俺の身長は170程度。男性の平均くらいだったと記憶しているが、今日出会った女性は、写真を撮った女性、南埜さんは俺と同じくらいの身長だったし、陸田さんに関しては俺よりも大きかった。

 背の高い女性もたまにいるし、と思っていたが、まさか、こちらの身長が縮んでいるとは夢にも思わなかった。

 そして…そういえば、もう一つ、今思えば不思議なことがあった。


「…」


 息を呑み、俺は自身のパンツを前へ引っ張り、そしてその中を見た。

 中にモノはあった。が、毛は無かった。


「…わ、若返ってるぅぅぅうう!?!?」



⇄⇄⇄



《Side.:南埜》



「多々里珠音、年齢は22、ね…」


 高級そうな椅子に座りながら、報告書をペラペラと捲っているのは海老名警視総監。私達は、対応した人間として、この場に報告に来ていた。


「はい、本人はそう言っていました」

「なるほど」


 警視総監は、目を閉じ、何かを考え込んでいた。私は少しでも多々里くんのためになればと口を開いた。


「警視総監、発言よろしいでしょうか」

「許可します」

「多々里珠音くんですが、女性への拒否感が弱いように感じました」

「女性への?」

「はい、違和感を覚え、握手、ハグなど、肉体的接触を試しましたが、拒絶されることはなく、また、その後に気分を害した様子は見受けられませんでした」

「なっ! ハグまで!?」

「では、私からも」


 私の発言に続け、陸田所長も言葉を重ねる。


「多々里君に関して、男性か判別した際なのですが…」


 陸田所長は、これからする発言のためか、一瞬口ごもったが、意を決したように口を開いた。


「だ、男性器が、大きくなっていました」

「…? はい? 申し訳ありません、もう一度お願いします」

「え、あっ…だ、男性器です! 男性器が大きくなっていました!」

「な、なるほど…しかし、それはアレでしょう、薬を飲んでいたとか…」

「いえ、私達が見ている限り、何かを服用していたりはしませんでした」

「ほ、本当に?」


 思わず、といった様子で、警視総監の言葉も乱れていました。


「はい、約8センチほどでしたので間違いないかと」

「そう、ですか」


 立ち上がった警視総監でしたが、こほんっ、と一息置いたあと、再び椅子に腰掛けました。

 いや、いやいや、え?

 見たんですか所長?

 勃起している様子を? しかも隠して…?


「…」


 驚きで所長の顔を見ても、なんの言葉も帰ってこない。

 そのまま何かを発することなく、無言のまま待機していましたが、警視総監は閉じていた目を開き、呟くようにいいました。


「これは、私だけでは判断できませんね…お二人共、夜遅くまでご苦労様でした。本日の業務を終えていただいて構いません。また、こんな時間まで拘束してしまったため、明日は休暇扱いになるよう指示しておきます」

「「失礼いたします」」



⇄⇄⇄



 警視総監への報告を終えたあと、私達二人は帰路についていた。


「というより、所長、本当に見たんですか?」

「ええ…いや、私欲のためじゃないわよ!?」

「わかってますけど…いいなぁ、羨ましいなぁ…」


 知識としては知っていても、そんな状態の男の子なんて見たことがない。普通の人だったら、一生実物を見ることなく、その生を終える、そんなものだ。


「所長、こんな時間ですし、明日もお休みになったんですから、飲みに行きません?」

「今日は遠慮しておくわ」

「え?」


 私は驚きで所長の顔を見た。

 普段はむしろ、所長の方から飲みに誘ってくるというのに、断られてしまった。

 驚いた私を見てか、所長はその理由を言う。


「下着、濡れたまま着替えられてないの」

「…はい? え、なんで?」

「そんな時間なかったでしょう…」

「いやいや、ありましたって! お手洗いでパパッと着替えればよかったじゃないですか!」


 え、つまり所長は警視総監の前で濡れたままのパンツで受け答えしていたと? はい?


「そもそも、換えの下着なんて持ってきてないし」

「いや、普通、換えの下着なんては持っておきません? 男の人と会った用に」

「そんな普通は知らないわ」

「みんな持ってると思いますけどね」

「…若い子の常識にはついていけないわ」

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