第2話 交番のお姉さん
「え?」
「そもそも、それコスプレでしょう?」
コスプレ。
そういえば何回かコスプレと言われていた。若い子は作業着が珍しいのかと思っていたが、そうじゃないのか?
「えっと、これ、作業着なんですけど」
「いえ。作業着なのはわかっています。えっと、もしかして普段からそのような格好を?」
「え、ええ」
「なる、ほど…」
最低でも週に5日はこの格好なのだから、普段から作業着なのは間違いない。そういう人は珍しくもないと思う。
「まあ、そういう趣味の方はいますからね。わかりました。では、少々お待ちください」
そういうと、女性は身を屈め、引き出しを開くと、一枚の書類を出した。
「ここに氏名、電話番号、住所など必要事項を書いていただくことでそうすることで、ご自宅まで送り届けることができます。そこまでの交通費はかかってしまいますが、いかがいたしますか?」
「交通費は後払いで大丈夫でしょうか」
「ええ。こちらは財布など無くされた方に案内するものですので、後日近くの交番にこの紙と代金を持参していただくことになります」
「じゃあ、それでお願いします」
必要事項を書き入れ、受付の女性に渡す。
受付の女性はそれを確認すると、奥に座っていた女性に話しかけに行った。
⇄⇄⇄
しばらく待っていると、対応してくれていた受付の女性がこちらにやってきた。
「では、向かいましょうか」
「あっ、すみません。その前にお手洗いって…」
「? お手洗いはあちらです」
確かに女性が向けた手の先にトイレはある。あるのだが…
「すみません。女子トイレはあったのですが、男子トイレって…」
「はい?」
「だから、その…男性用のトイレってどこにありますかね?」
目の前の女性が一瞬固まったが、小さな深呼吸をすると、口を開く。
「その、私はあまり詳しくないのですが、その、設定?は今は置いていただいて。お手洗いをするなら済ませていただけますか?」
「え? いえ、その…え? 男なのに女子トイレに入るのは問題があるんじゃ…」
「ええ、男性だとすれば女子トイレに案内させるというのは問題になりますが」
「ですよね」
「…」
「…」
「…えっと…」
目の前の女性は何故か汗を流し始めていた。そんなに暑かっただろうか?
「だ、男性?」
「はい。え、男性ですけど…」
「本当に?」
「ほ、本当に」
「本当に本当に?」
「本当に本当に本当に男です」
なぜそんな反応なのだろうか?
別に俺は女顔というわけでもないし、間違えられたことだって全然ないのだが…
「し、少々お待ちください…」
そういって、女性は再び受付の向こうへと戻っていった。その姿を見ながら、そういえば、先ほど書いた書類にも性別の欄が無かったことを思い出していた。
⇄⇄⇄
しばらくして、交番の奥へと案内される。
見れば、先程の受付の女性とは別にもう1人の女性がおり、椅子を運んできてくれた。
「どうぞ、そこにお座りください」
「ありがとうございます」
目の前にもう一つ椅子を置き、女性と向き合う形になる。
「えぇ…私は
「南埜
受付の女性は南埜さんと言うらしい。陸田さんの方が年上に見えるため、陸田さんが南埜さんの上司にあたるのだろうか。
「多々里珠音です」
「早速ですが…多々里くんは、男性、ということで間違いありませんか?」
「はい」
先程も聞かれた質問に答える。
何故こんなにも男性の部分を強調してくるんだろうか。
「証明書などはお持ちではない?」
「はい。財布に免許証などは入っていたので」
「…護衛の方は近くにいらっしゃらないということですね」
「ごえいってなんですか?」
「…」
そんなに暑くはない気もするが、警察の人の制服が原因なのかもしれない。
(これは、どうしたものでしょうか)
(まずは男性であることの確認から…)
(しかし…)
(なんのために所長になったんですか!)
(少なくともこの時のためではありません!)
小声で話しているが、普通に聞こえてしまう。そんなに男に見えないと?
「あの…」
「すみません。少々…もう少し心の準備をさせてください」
「…はい」
陸田さんは心臓を抑えるように両手を胸に押し当てていた。ぐにゅりと潰れる胸に視線が吸い寄せられてしまい、自身の思春期の男子のような行動に、苦笑いしてしまった。
「ふぅ…多々里くん」
「はい」
陸田さんは、胸元から何かを取り出し、こちらに開いて見せた。
「それは…」
「私は原宿東交番勤務、警部補の陸田です。私には性別監査の権限が与えられています」
「性別監査?」
「ええ。証明書など性別を確認できるものがない場合、本人同意を得たうえで性別を確認することができます。滅多にないことですが」
「はぁ」
「確認してもよろしいでしょうか」
「? まぁ、確認が必要なら」
よくわかっていないが、確認したいと警察の人が言っているなら従っておこう。拒否する理由もないし。
「では…こちらへ」
陸田さんの案内についていくが…
「あの、ここって女子トイレじゃ」
「申し訳ありません。確認のため必要ですのでご理解ください」
「はい」
「南埜、見張りをお願い」
「分かりました! 後で感想お願いします」
「…では、多々里さん、どうぞ」
当然、中には誰もいないが、居心地の悪さを感じてしまう。できるだけキョロキョロしないようにしよう。
「こちらの個室へ」
「はい」
個室へ入ると、続けて陸田さんも入り、鍵をかけた。狭い個室、しかも異性と2人という状況に緊張してしまう。
「多々里さん」
「は、はい」
陸田さんの顔を見れば、真っ直ぐ俺の目を見ていた。何故か目が少し潤み、頬も赤く染まっており、状況と相待って心臓が高鳴ってしまう。
「こ、これからすることは、職務の一環で、私の個人的な興味などからくる行動ではありません」
「は、はい」
「で、では…そ、その…! せ、っ〜!」
陸田さんは言葉に詰まり、ゴホゴホと咳をした。背中をさすっても良いのだろうかと考えているうちに、深呼吸をしたあと、再び真っ直ぐこちらの目を見て、言った。
「性器の確認をさせてください」
「せいきの確認…?」
せいき…せいきって…
「だ、男性であることを確認する必要がありますので…!」
「せいき…って、もしかして、性器!? え、えっと!」
「お、おちん○んのことですっ!」
「っ!?」
え、えっ!?
性別の確認って、そんな直接的な方法で確認することある!?
い、いや、でも、そのほかの方法って思いつかないし…
そういえば、前にテレビで薬物の取り締まりで、採尿するのに立ち会うことがあるって聞いたことあった。ということは…
「…」
「…わ、わかり、ました…」
何故こんなことになったのかは、分からないけれど、警察の人が必要だというのなら間違いはない…のだろう。
「こ、このまま脱げば?」
「は、はい。どうぞ」
「では、えっと…失礼します…?」
ベルトを外し、ズボンに手をかけたところで陸田さんを見れば、視線は真っ直ぐに俺の股間へと向かっていた。
人に見られて興奮するような癖は持っていないはずなのに、鼓動は加速し続けている。
「…」
「ふぅ…」
時間をかければかけるだけ、おかしな気分になってしまいそうだった。そのため、息を吐き、目を瞑る。
そして、覚悟を決めると、ズボン、そして、パンツを同時に下ろした!
「っ」
目を閉じているため、視界には何も映らない。しかし、視界に割かれる脳のリソースは、別のものに使われた。
陸田さんの息を飲む音、唾を飲み込む音がまるで個室の中に響き渡ったように聞こえた。
「…」
「…」
何を言えばいいのかと考える。陸田さんもそうなのだろうか、何も声をかけてはくれなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます