男女比1:1000000の世界
皮以祝
第1話 目覚めるとそこは公園
「お先に失礼します」
挨拶をして会社を出ると、俺ーー
俺の働いているのは、従業員数10名程度の小さな町工場であり、中学校卒業から約5年程勤めさせてもらっていた。
(今日も疲れたな…)
数分で家につき、服を脱ぐと敷いたままの布団へ倒れ込んだ。夕飯は食べていないが、それよりも眠気が勝ってしまう。
溜まっていたアニメや無料のWeb小説を消費することはできなそうだ。
(明日でいいか…)
そんなことを考えながら目を閉じれば、すぐに意識は落ちていった。
⇄⇄⇄
「…のー? …もしもーし」
「ん…?」
肩を揺らされ目を開けば、眼前に女性の顔が広がっていた。
「うわっ!?」
「え、きゃっ!」
驚きで勢い良く上半身を持ち上げてしまった。そのことに女性も驚いたのか、尻もちをついてしまっていた。
「すみません、驚かせてしまって?」
「いえ、こちらこそ…起こしてしまい」
手を貸し、立ち上がらせると、女性は恥ずかしいのか頬を軽く染めながら土をはたき落としていた。
「…ここ、外?」
「えっ…はい」
起きた時から気になっていたことが、思わず口から出てしまった。それに対して女性は戸惑いながらも返事を返してくれる。
「…」
昨日は、家で寝たような…?
というより、ここは?
「あのー…?」
周りを見渡せば、ここはどうやら公園らしい。しかし、職場から自宅までの間に公園はなかったはずだ。
「大丈夫ですか?」
「っ、は、はい。大丈夫です」
またも近づいていた顔に、思わず身体を反らせる。色々と無防備な彼女を見れば、制服を着ていたことに気がついた。
「学生ですか?」
「はい。聖山学園の…って、学校!」
彼女は鞄を手に持つ。
「す、すみません。私急がないと」
「あ、時間をとらせてしまって…」
「いえ。それでは!」
走り出し、公園の外へ…そのまま出ていくかと思ったが、一度こちらを振り返る。
「その男の子のコスプレ、とっても似合ってますね!」
そう言い残し、彼女は去っていった。
…コスプレ?
改めて自分の格好を確認すると、仕事で使っている作業着であった。昨日、寝る前に脱いだと思っていたが、何も着ていないよりはましだ。
「ん…? あれ、なんかこれ…」
着慣れた作業着のはずなのに、違和感がある。
「少し大きいような…?」
洗っても落ちなかった汚れなどの位置を考えると、間違いなく俺自身の作業着であるはずなのだが、身体に合っていないように感じてしまう。
「いや、それよりも…まじでここどこだ?」
公園はもちろん、周囲の建物などにも見覚えがない。
「夢遊病、ってやつか?」
寝ている間に勝手に何処かに歩いてしまったりする病気があるらしい。もしかしたらそれなのかも、と考えたところで、目の端にあるものが映る。
「これ、学生証?」
足元を見ればケースに入った学生証のようなものが落ちていた。拾い上げると、そのカードには先ほどまで話していた彼女の顔写真もある。
「
どうやら先ほど俺を起こしてくれた彼女は陽山さんというらしい。これ以上は個人情報だろうし、学生さんの内容は見ないことにする。
「…とりあえず、交番か」
落とし物を届けるのも、道を尋ねるのも、両方交番の方が得意だろうと考え、歩き出した。
ちなみに、財布も携帯も持っていなかった。盗られてしまったのかもしれない。
⇄⇄⇄
適当に歩いているうちに、人通りの多い道に出ることができたが、やはり見覚えのない風景だった。
見渡すと、若い女性ばかりが歩いている。
行ったことはないが、都会には若い女性ばかりが集まる町があると聞いたことがある。
俺に視線が集まっているように感じるのも気のせいではなく、このようなおしゃれな街に場違いな格好の男がいるから異物感を感じられているのかもしれない。
「あのー、すみません」
「え、あっ、はい?」
俺としてもできるだけ早く解決したいため、こちらを見ていた1人の女性に話しかけることにした。
「交番ってどこにあるか教えてくれませんか」
「交番…ですか? それは、たしかー」
女性から交番までの道順を教えてもらうことができた。
お礼を言い、その場から立ち去ろうとすると、引き止められる。
「あの、写真ってお願いしてもいいですか?」
「写真…大丈夫ですよ」
もしかしたら観光地だったのかもしれない。交換条件のようだが、たいした手間ではないため快諾する。
「スマホで大丈夫ですか?」
「は、はい」
女性からスマホを受け取ったはいいものの、どれが目的のものなのかわからなかった。
「えっと、背景はそこのお店で?」
「はい、お願いします」
「了解です」
勘は冴えていたらしく、一発で目的地を当てることができた。
彼女から数歩ほど離れ、スマホを構えた。
「ポーズは大丈夫ですか?」
「え、あの…?」
「はい? どうされました?」
何故だが戸惑っていた様子だったので、一度スマホから女性へと視線を戻した。
「お姉さん…じゃないのか、コスプレ中だし。えっと、お兄さんと写真を撮りたいんですけど…ダメですか?」
「え、俺と…? …ツーショットってことですか?」
「はい」
俺とのツーショットになんの意味が?
いや、都会の流行でそういうものが流行っているのかもしれない。
「じゃあ…」
女性に近づき、スマホを構えた。
女性とのツーショットなんて撮ったことがないのでどうすればいいのかわからないが、確か斜め上から撮るといいと聞いたことがあったので、その通りにした。
撮った写真を見せると女性も喜んでいたのでよしとしよう。
⇄⇄⇄
説明の通り歩いていくと、交番に辿り着くことができた。
中に入り、受付に座っていた女性に話しかけた。
「すみません、落とし物を届けにきたんですが…」
「あっ、はい。落とし物ですね。どのようなものを」
「学生証なんですが…」
ポケットから陽山さんの学生証を取り出し、受付に置いた。
「これは、聖山のですね。これをどこで?」
「はい。えっと、近くの公園で、持ち主と話していたんですが、気づいた時にはもう何処かに行ってしまっていて」
「…なるほど、公園で。お名前を伺っても?」
受付の女性は、書類に情報を書いてくれている。
「多々里珠音です」
「たたり、たまねさん。はい、これで大丈夫ですね。届けて下さりありがとうございました」
「あっ、あと。財布と携帯、届いてませんか?」
「はい?」
下げていた頭をあげ、首を傾げた。
「えっと、朝起きたらなくなっていて」
「あぁ…多々里さんの。ええとどういうものでしょう?」
覚えている限りの特徴を話すと、手元のパソコンに何かを打ち込んでいった。
「…同じ特徴のスマホは、届いていませんね。財布も、届いていません」
「そうですか」
「スマホと財布のどちらも落とされたんですか?」
「落としたと言いますか…起きたらありませんでした」
「起きたら?」
「ええ、いつの間にか公園で寝ていて」
意味がわからない、といった顔をしていたので、詳しく説明することにした。
⇄⇄⇄
「つまり、家で寝たはずなのに、起きたら見知らぬ公園で、財布と携帯が無かったと」
「はい」
「…」
疑うような目を向けられている。
いや、俺も変なことを言っているとは思うけど。
「なんとかなりませんかね?」
「そうですね、電話をお貸しすることはできますから、かけてみましょうか」
「お願いします」
俺のスマホの電話番号を伝えると、その番号を打ち込み、電話をかけ始めた。
しかし、すぐに受話器が開かれる。
「繋がりませんね」
「そうですか…」
もし盗まれていたとしたら、本来の持ち主から電話がかかってくることもあるだろうし、やっぱり出たりはしないのだろう。
「次はどこにかけましょうか。ご家族は?」
「いません」
「では、学校にかけますか?」
「…いえ、学校には通ってません。職場にかけてもいいですか? お世話になっている方がいるので」
「職場?」
「はい。…なにか?」
「い、いえ。失礼いたしました。随分お若く見えたものですから…」
そんなことを言われたのは初めてだ。
年相応の顔はしていたはずだけれど。
「電話番号を教えていただいても」
「はい」
電話番号を伝えると、受付の女性が受話器を耳に当てる。
しばらくして話し始めた。
「もしもし、原宿東交番のものですが、川上工場様の電話番号でよろしかったでしょうか?」
「はい。…はい。実は、そちらの従業員の多々里さんというかたが道に迷われたそうでして」
「…はい。…はい? …はい。なるほど、失礼しました。時間をとらせてしまい、申し訳ございません。失礼いたします」
受付の女性は、そのまま受話器を置いてしまった。そして、先程とは一転、少し厳しい目つきでこちらを見ると、口を開いた。
「川上工場に多々里という従業員はいないそうですが」
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