第17話 聖女アリステラ・リーンの秘密

「はぁ!?こ、ここは!!」


 護衛騎士が目が覚めると、会話していた一室にあるベットに眠っていた。


「目が覚めたか、護衛騎士さん」


「ら、ライン様…………そうか、私は負けたのか」


 顔を下に向け、わかりやすく落ち込む護衛騎士の姿。


 ここはひとつ、慰めにでも…………。


「ああ、負けた。無様にな」


「まさか、12歳の子供に負けたとは。…………まずは、謝罪しよう」


「なぜ、謝る?」


「私はライン様を侮り、侮辱した。謝罪する理由には十分だ」


「そうか、だが、謝罪はもう遅い。それより、今後のミノタウロス討伐の方針のほうが重要だ」


「その通りですよ」


 隣にはアリステラがいた。


「あ、アリステラ様。そうですね」


「とにかく、さっさと起きろっ!椅子に座って早速会議だ」


「ライン様ってそんな口調でしたっけ?」


「これが素だ。ほら、表面上を偽るのは貴族として当然だろ?」


「なるほど、たしかに…………まんまとハマってしまったようだ」


 どうして、アリステラの前で素をさらけ出してしまったのか、それは決闘が終わった直後のことだ。


□■□


 決闘が終わりを告げた。


 そして、我に返り、俺は思った。


 やりすぎたなと。


 逆に怪しまれたりしないよな?


 でも、決闘には勝ったし、きっと大丈夫だろ、うん。


 大丈夫ですよね?


「まさか、護衛騎士を倒すなんて、やっぱり、私の目に狂いはありませんでしたっ!!」


「ち………ちかい」


 顔が触れるギリギリまで近づき、俺の両手を優しく握った。


「す、すいませんっ!私ったら」


 パッ!と手を放し、背中を向けてちょっぴりほほを淡い色に染め上げ、照れた。


 どうなっているんだ。状況が理解できない。


「ご主人様…………」


「な、なんだ?」


「罪な男ですね」


「どういうことだ?」


 すると、アリステラは落ち着きを取り戻し、こちらに振り向いた。


「ライン様」


「あ、はい」


「まずは勝利、おめでとうございます。護衛騎士は騎士の中でもかなりの強者つわものなんですよ」


「それはもちろん、ご主人様は強いですからっ!」


「なんで、お前が胸を張るんだよって、あ」


 思わず、素が…………。


 ほんのわずかな沈黙が流れる。


「それがライン様の素なんですね」


「あ、いや…………」


「もう無理ですよ、ご主人様」


「ほら、目上の人には敬語っていうだろ?」


「私は、今のラインさまのほうがいいと思いますよ?」


「…………」


 予想外の返答に、口が黙る。


 アリステラは少し深呼吸をして、真っ直ぐ青い瞳を通して俺を見つめた。


「私には人の噓が色で見えるんです」


 決死の覚悟で明かす秘密。


 瞳はかすかに揺れていた。


「噓が色で?」


「私は噓をつく人、噓をついていない人、すべて黒色に染まっているかで判断していました」


「どうして、そんな重要なことを俺に話す?」


「私はずっとライン様が不思議だなって思っていたんです。常に噓で塗り固め、それこそまさしく貴族の鏡のように…………でも突然、きっぱりと噓が噓かのように消えるんです。真っ黒だった色が一瞬で消えてしまう。そう、今、こうして素を出してくださっている、ライン様のように」


 なんとなく、アリステラの言っていることがわかる。


 貴族は間違いなくずっと噓をついている。よい言い方にするなら、噓を貫いているんだ。


 そして、俺も噓をついている。


 だが、それは目上の人に対して失礼がないように噓をつき、同時に利用するために都合のいい噓をつく。


 俺はできる限りアリステラとかかわりたくないから、でも失礼のないように噓をつく。


 つまり、貴族としてアリステラを利用する気持ちがないからこそ、俺が素になると噓の色が消えるんだと思う。


 ただの憶測だが。


「アリステラ、お前はバカだ」


「へぇ?」


「噓がわかるということがどれだけすごいか、君はちっともわかっていない。噓がわかるというのは政治において武器になる。貴族にとって政治とは一種の紛争地だ。いいか、アリステラ…………様、今後そのことを人に話してはいけない」


「わかっています。このことはこの場にいる三人の秘密です。ですから、その…………できれば素で接してほしいのです。ダメ、ですか?」


 っと上目遣いで右手を両手で包み込んだ。


「わ、わかったから、離れてくれ」


「す、すいません。私、また…………うぅ」


 熱くなるほほを両手で抑え、頭から湯気が上った。


 なんか、これ、どっかであったような?


「罪な男…………」


「黙れっ!アルルっ!!」


 たっく、縁起でもないことぺらぺらしゃべりやがって。


 だが、収穫はあった。


 一つは確実にアリステラは噓が色で判別できること。


 二つは護衛騎士の実力だ。


 これぐらいなら、アルルやノータでも楽々と対処できるし、俺でも戦える。


「お二人とも、仲良しなんですね」


「専属メイドですから」


「専属メイドから普通のメイドに降格こうかくさせてやろうか?」


「ちょっと、それはないですよ!?」


「だったら、もうちょっと静かになれっ!!」


 っと垂直に手刀しゅとうをおみまいした。


「いてっ」


「…………やっぱり、あの悪名は噓のようです、うふふふふ」


 その笑顔は美しく、それを飾るように風が吹き、長い髪をしならせる。


 アリステラの笑ったところを初めて見た。


「それより、さっさと護衛騎士様をベットに運ぶぞ。起き次第、ミノタウロス討伐のための会議だ」


□■□


 こんなことがあり、素をさらけ出している。


 護衛騎士に素を出すべきか迷ったが、決闘で勝ったし、これを機に悪名が少しは鎮まるかもしれないと思い、さらけ出すことにした。


「それで、ミノタウロス討伐だけど、そもそもミノタウロスはどこにいるんだ?」


「もしかして、ご存じないのですか?」


「いや、知らない。アルルは知っているか?」


「知ってますよ。最近、シノケスハット領土に現れたミノタウロスですよね。最近、住民たちから討伐してほしいと殺到しておりました」


「そうか…………うん?シノケスハット領土、あのシノケスハット領土か?」


「はい」


「って、ここじゃん」


「ここです」


「…………は、早く何とかしないとな」


「本当に知らなかったのですね」


 いや、だって誰も教えてくれなかったから。


 そもそもなんでアルルが知ってて、なんで俺が知らないんだよ。


 それに親は何をしてんだよっ!!


「場所はわかっているのか?」


「それが、移動しているみたいで、シノケスハット領土内にいることはわかるのですが…………」


「なるほどな、それじゃあ、早速行くか」


「え…………」


「アルル、準備だ」


「わかりました」


「あ、あの…………」


「なんだ?」


「いる場所もわかっていないの、いったいどこへ行く気ですか?」


「それはもちろん、まずは最初にミノタウロスが目撃された場所に決まっているだろ。護衛騎士さんもアリステラ様も準備しておけ、でき次第行くからな」


 こんなさっさと終わらせて、アリステラともおさらばだ。


「目撃された場所?」


「ほら、場所がわからないなら情報収集だろ?」


「な、なるほど…………」


 それにどうせ、シノケスハット家がまともに調査しているとは思えないからな。


 こうして、ミノタウロス討伐が本格的に始まった。


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