4.皇帝

 男がいた。

 偉大な、と形容される王だった。


 幼い頃、北の永久凍土に迷い現れた雪竜と約束を交わし、一人と一頭で幾つもの冒険を経て生涯の友となった。

 今も残る竜騎士伝説の始まりだ。


 南の荒野に立ち、『気に入らねえ』と吐き捨てたのは、男が王を名乗って間もなくの事だった。

 ここを緑に変える。

 掲げた夢はあまりにも壮大で、馬鹿げていて。誰もが戸惑う中、男は一人地を削り岩を割り、井戸を掘る。

 湧き出た水は土地を潤す。

 少しづつしかし着実に、井戸を増やし水路を巡らせ、時に荒れ狂う砂嵐を拳一つで吹き飛ばし、男は夢へと邁進する。

 いつしか男のあとに続く者が増え、それでも王は自ら種を撒き緑の平原を皆と作り上げた。


 東の砂漠を越えてきた帝国の遠征軍の前に王は一人、三日三晩戦い続けた。雨と降り注ぐ矢を弾き、百の砂馬を蹴散らし、千の兵士と切り結んだ。されど一人として命は奪わず最後は遠征軍皆と酒を汲み交わし、友情を結んだ。なに勝手な事をやらかすんだと、臣下は揃って怒ったが、王はただ笑って言う。

『俺がそうしたいと思ったんだ。構いやしないだろう』


 西の孤島、未だ神を信じる皇国の使者を前に王は言い放つ。

『神だろうが調律者だろうが無明の騎士だろうが関係ない。俺の前に立ったならそれは等しく平等だ。その上で選べ。お前は俺の敵か? 仲間か? それとも無関係を貫くか』

 帰順を求める文書を携えた使者の困惑を伝えるものはどこにも残されてはいないが、その後どうなったかは歴史が語っている。


 王が興した国は決して大きくはなかったが、様々な場所より人が立場に関係なく集う騒がしくも愉快なものだったと言う。

 そして、中心にいたのはいつもどこまでも強欲で、自由で、我が儘で気儘な優しい王様だったと伝えられる。

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