5.教皇
「あまり好き勝手されては困るんですよ」
等間隔に、重なる事のないように配置された街灯の光が、照らさない蟠ったような闇の中からその声は届いた。
革靴の底とアスファルトが立てた音は耳が痛く感じる程の静寂を上書きする。
つまりそれは張り巡らせた領域、獲物を捕り絡めるために編み上げた異世界が切り払われたことを意味した。
「あなた方にも道理があるのは確かでしょう。存在維持には此方のモノを取り込まなくてはいけない」
闇から闇を引き摺るように現れた影が言葉を続ける。妙に耳に残る声だ。声の主もまた妙な印象だった。面長で細い所謂キツネ顔は身に纏う喪服と合わせて良くも悪くも耳目を集めるだろう。主にその奇妙さをもって。
そんな男が左右に手を広げ前に立つ。絵に描いたような笑顔で言葉を吐き出す。
「だからと言って無差別に食い散らかられても困るんですよ」
瞳は糸のように細められ見ることが叶わない。言葉は続けられる。
「提案です。わたしに協力してくれませんか? ええ、もちろん無償でとは言いません。むしろそちらの方が利点は大きいと思いますよ。どうです?」
あまりにも疑わしくいかがわしい。
だと言うのにスルリと入り込んでくる。
「あなた方が存在維持に必要なモノはこちらで用意しましょう。代わりにわたし達にとって邪魔なモノを処理していただければ。さて、いかがです?」
悪い話ではないと思いますが。続く言葉は確かに理にかなっている、ように思われた。
「処理後の諸々の隠滅はこちらで行います。あなた方への報酬も足のつくモノではありません。安全に、確実にあなた方は闇に潜んだままで、私たちは力強い味方を得られます」
男がスイッチを切り変えるかのような正確さで笑みを深くする。
「どうです? 返事を聞かせて頂けますか?」
それが決定的ななにかを後押しした。
ーいいだろう
肯定の意を示す。
受け入れようと、受諾したと認めた。
「では、契約成立ですね」
男の笑みは変わらない。ただ、糸のような目が僅かに開き黒い瞳が覗いた。なにも写さぬ漆黒が。
凛、と鈴の音が響く。
男の手には小さな振り鈴があった。紅色のガラスを透かして同じく紅色のクラッパーが揺れている。揺れている。同時に己が視界も揺れている。何よりも音が絡み付いてくる。
確かに鈴の音に呪の気配はあった。だが僅かなもので封じに至るものでもなかった。
そこで気づく。
鈴の音とは別に己に刻まれた呪に。
先刻の会話、そのやり取りが己を縛っている。強固な鎖となって巻き付いている。
二つの呪が相互干渉し合い従属を強いるものに変質していく。
ガラスにヒビが走るような音を立てて体が呪と共に折り畳まれていく。
「あなたには存分に働いていただくことにしましょう」
ーそんな話が違う
溢れた言葉は無残に上書きされた。
「ええ、私はカタリ屋ですから」
弧を描いたままの口から伸ばされた舌は鮮やかすぎる紅。
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