12.吊られた男
見上げた先には、茨の戒めを受けた男がひとり。身動き一つ取れぬまま、宙に吊るされている。茨の棘は男の皮膚を容易く傷つけ、じくじくと深紅の輝きをその身に纏わり付かせている。
陽光は無慈悲に照りつけ、全てを焼く。真綿で首を絞めるように、じりじりと。ただ立っているだけで、汗が吹き出て、咽喉が焼ける。
なら、眼前の男が受ける苦しみは如何ほどのものか?
私には想像も出来ない。そもそも、何故あの男が自らこんな苦行を背負うのかさえ、分かりもしないのだから。
伝聞に曰く。
男は、友の罪を肩代わりしたのだと。
それを愚かだと笑う者がいる。欺瞞だと罵る者がいる。何故、と男に問うても男は笑みを返すばかりで、曖昧に答えをはぐらかす。だから私は答えなど知らない。
ただ。ただ、まあ。男のその笑みが余りに眩しく感じられて。
酷く惹かれた。
だからと言う訳ではないけれど、私はずっと男を見上げていた。
日が沈んだ。墨を垂らしたような闇が辺りを覆う。
静けさが忍び寄り、凍てついた空気が流れ込む。
灼熱とは正逆の極寒の刻が訪れた。
吐いた息は白く、冷気は肌に刺さるかのようだ。蒼白い月が冷やかな輝きを振りまいていて、男の姿がぼんやりと浮かび上がっている。
ただ、苦痛に耐えているようにも見える。諦観しているようにも、納得してしまっているようにも見える。けれどなら、あの『笑み』は一体なんだったのか。
困惑のまま立ち止まる私は、息をつく。疲れが肩に圧し掛かったような気がする。帰ろう、そう思う。ここにいても報われなどしないのだから。
私は男に背を向けて歩き出し、そして、彼女とすれ違った。
必死で一途で男だけを見ている瞳が束の間、私を射抜くように見た。
ああ、と私の中で困惑が氷解する。答えも、笑みの意味も、何もかも。
だから、後ろを振り返るような無粋な真似はしない。私は、私の道を行こう。
だって、全ては良い方へと向かっているのだから。
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