4章。迷いの森のエルフとボス討伐マラソン

38話。真実を暴露して帝国の工作員を寝返らせる

7日後──


「い、一体これは何のマネですか? アンジェラ皇女!?」

「重大な話があるというから来てみれば、なぜアンデッドに我らを包囲させているのですか!?」


 森の中に打ち捨てられた廃城に集められた老若男女が、戸惑いと抗議の声を上げた。


 50人近い彼らは、王国に潜伏して諜報活動などを行っていたアトラス帝国の工作員たちだ。


 彼らはアンジェラの召集に応じて、この場に集まった。彼らを寝返らせて、帝国に対する二重スパイにするのが俺の目的だ。


「ようこそ、帝国の暗部【闇鴉やみがらす】のみなさん。お集まりいただいて、うれしいわ」


 壇上のアンジェラは、優雅に一礼した。


 部屋の出入り口は、死霊騎士デスナイトたちによって封鎖され、工作員たちは室内に閉じ込められていた。


 さらに廃城も大量のアンデッドによって包囲されており、彼らに逃げ場はない。


「さっそくだけど、あなたたちには、こちらのカイン・シュバルツ様と奴隷契約を結んでいただくわ。拒否権は無いと思ってちょうだい」

「そ、そんな、まさか皇帝陛下を……帝国を裏切るおつもりなのですか!?」

「なぜ、このような暴挙を!?」

 

 罠にハメられた彼らは、大反発した。


「我らは古くから帝国に仕え、諜報、破壊工作を行ってきた誇り高き影の一族【闇鴉やみがらす】。帝国を裏切るとおっしゃるなら、刺し違えてでも、アンジェラ皇女をお止めしますぞ!」

「……カイン兄様、これは危ういのでは?」


 セルヴィアが俺に小声で尋ねてきた。

 俺はセルヴィアとアンジェラの2人だけを連れて、シュバルツ兵団とは別行動をしていた。


「……やっぱり現実は、ゲームのようにはすんなりいかないか」


 ゲームでは相手を捕まえてしまえば、【奴隷契約のスクロール】を使って、一方的に奴隷契約を強要できた。


 だが、ゲームが現実となったこの世界では、【奴隷契約のスクロール】に名前を書くよう相手を説得する必要がある。本人の意思に基づかない契約は、成立しないのだ。


「帝国の暗部【闇鴉】か。うまく奴隷にできたら、かなり助かるんだけどな……」


 もし説得に失敗したら【闇鴉】たちは、奴隷契約を結ぶまで、この廃城の牢獄に閉じ込めることにしていた。監視と世話は、アンデッドに任せる。


 【闇鴉】はゲームにも登場していた帝国お抱えの忍者みたいな集団だった。


 まずはアンジェラに説得を任せているが……

 大した理由もなく一方的に帝国を裏切れと言われて、ハイそうですかとは、いかなそうだった。


 レオン王子に金で雇われた暗殺者たちとは異なり、帝国に先祖代々仕えてきた【闇鴉】は忠誠心が高いようだ。

 

 これは少々、思い切った手を使うしか無さそうだな。


「刺し違えるですって? ふんッ。あなたたちごときが、この私に指一本でも触れることができるとでも? ガウェイン!」

「はっ!」


 首無し騎士デュラハンがアンジェラを守るべく、彼女の前に出現した。

 デュラハンの威容に、さすがの【闇鴉】たちも怯む。


「理由を! せめて帝国を裏切る理由をお聞かせ願いたい! そのカインとやらに、なんと言われてそそのかされたのですか!?」

「……理由ですって? あなたたちは、ただ黙ってこの私に従えば良いのよ」


 傲慢に胸を反らして、アンジェラは告げた。

 場の雰囲気が、一気に険悪になる。

 こ、これは、ちょっとマズくないか? 

  

「しょ、しょせんは、下劣なエルフの血が入った出来損ないの娘! 貴様なんぞが皇女を名乗るのが、そもそも間違いだったのだ!」

「我らの帝国への忠誠心を侮るなよ!」

「……なんですって?」


 アンジェラは顔を怒りに染めた。

 男たちがナイフを取り出して、アンジェラに向かって飛びかかって行く。

 デュラハンが彼らを斬り伏せようとした。


「待て!」


 俺は慌てて両者の間に割って入った。


 俺はアンジェラに人殺しはするなと命じていた。配下による正当防衛とはいえ、それを破るのは見過ごせない。


 同時に、アンジェラが出来損ないの娘呼ばわりされるのをリアルで見ると、心が痛んだ。


 そんな風に周囲からイジメられ続けたから、アンジェラの心がひん曲がってしまったんじゃないか?

 

 俺は剣を振るって、デュラハンと【闇鴉】の男たちの武器を弾き飛ばした。


「なにぃ!?」


 その場の全員の視線が、俺に集中する。


「アンジェラは帝国を裏切ってなんかいないぞ! 本当に帝国を裏切っているのは皇帝だ! アンジェラは本当は良い娘なんだぁ!」

「な、なにぃ!? どういうことだ!?」


 【闇鴉】たちが、俺を睨みつける。

 一か八か、俺は真実を大暴露することにした。


「皇帝ジークフリートは、世界を征服するため、魔王の力を手に入れるようとしているんだ!」

「「はぁっ!?」」


 アンジェラを含めて全員が呆気に取られた。

 いたずらに不安を煽ってしまうため、まだ誰にも、セルヴィアにも教えていないことだった。


「アンジェラは、このままでは帝国が復活した魔王に乗っ取られてしまうことを危惧して、これを阻止するために、俺と手を組んだんだ!」

「ちょ、そんなの初耳よ! ほ、本当のことなの?」


 アンジェラも動転して、俺に小声で耳打ちしてくる。


 皇帝が魔王を復活させるのは間違いない。

 ゲームのラストでは、帝都は魔王に乗っ取られて魔物の巣窟と化していた。


「本当だ。だから、話を合わせてくれ」

「そ、その通りよ! これは世のため人のため、なにより、帝国臣民のためなのよ!」


 アンジェラは訳がわからないまま、ヤケクソ気味で叫んだ。


「皇帝陛下が、魔王を復活させるだと!? カインとやら、一体、何の証拠があって、そのような世迷い言を抜かすのだ!?」

「そうだ。証拠はあるのですか、アンジェラ皇女!?」

「えっ? 証拠?」


 アンジェラが困惑顔で、俺を見た。


 皇帝が魔王を復活させようとしている証拠は、今のところ何も無い。

 しかし、俺には【闇鴉】を説得する切り札があった。


 だが、俺が口を開く前に、セルヴィアが助け舟を出してくれた。


「世迷い言ではありません」


 セルヴィアが床を足で踏み鳴らす。すると、部屋の中に大量の季節外れのかすみ草の花が咲いた。


「なっ、こ、これはまさか……!?」

「みなさん、私は【世界樹の聖女】セルヴィアです。カイン兄様の言葉が正しいことは、聖女の名に賭けて、この私が保証します」

「せ、聖女様!?」


 【闇鴉】たちが、目を剥いた。


 世界を救うという【世界樹の聖女】の言葉は、かなりの説得力があった。

 セルヴィアありがとう、ナイスな援護だ。


「で、では、アンジェラ皇女が、魔王復活を目論む皇帝陛下をお諌めしようとしている。帝国を……いや世界を救おうとされているのは、真実だというのか!?」

「し、しかし、証拠も無く、そのような与太話を真に受けることはできぬ!」

「証拠は無いが、俺の話が真実だという証明はできるぞ! 今ここで【闇鴉】の秘伝、【誓約魔法】による誓約を交わす!」


 俺は高らかに宣言した。


「な、なにぃいい!? なぜ貴様が、我らの秘中の秘たる【誓約魔法】を知っておるのだ!」


 それはゲームに出てきたからです。

 ゲーム開発者のインタビュー記事でも、【闇鴉】と【誓約魔法】の詳しい設定が、披露されていた。


「カイン、その【誓約魔法】というのは何なの?」


 アンジェラは小首を傾げた。

 帝国の暗部を担ってきた【闇鴉】の魔法は、皇族にも秘密にされているのだ。


「【奴隷契約のスクロール】の原型になった魔法なんだ。嘘を見破り、裏切りを防ぐための魔法で、誓約を破るとペナルティを強制される。多くの場合は、死をペナルティとして誓約を結ぶんだ」

「そ、そんな詳細を!? バカな!? どこで情報が漏れた!?」

「貴様、一体何者だ!?」


 【闇鴉】たちは、頭を抱えていた。

 

「……そんな危険な魔法。大丈夫なのですか、兄様?」


 セルヴィアが、心配そうに俺を見上げる。

 俺は彼女の頭撫でて安心させてやった。


「うん、大丈夫だ。それじゃ、【誓約魔法のスクロール】を用意してくれないか? そこに『もし皇帝が魔王を復活させようとしているという話が嘘であったら、カインは死をもって償う』と誓約を書く。これで、俺の話が真実だとわかってくれるか?」


 もし俺が嘘をついていたら、この誓約を書いた瞬間、俺は死ぬ。

 俺が事実を誤認していたことが後で発覚した場合も、俺は死ぬ。


「なんと!? 貴様、正気、いや本気かぁああッ!?」

「で、では……本当に帝国を裏切っていたのは、皇族陛下!? アンジェラ皇女こそ、正義!?」


 闇鴉たちは、驚愕に打ち震えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る