42話。人々はカインに勇者を倒してもらうことを望む

【勇者アベル視点】


「おおっ、忌々しい呪いが! 余の顔の傷が消えたぞ!」


 レオン王子は鏡を食い入るように覗き込んで、大歓喜した。

 僕が勇者にしか使えない光魔法【光浄化シャイン・プリフィケーション】で、呪いを解いてやったのだ。


「さすがだぞ勇者アベル! 約束通り、男爵に取り立ててやる! 今日から余を守る騎士──近衛騎士団の副団長として、余のために働くが良い! これ以上無い出世であるぞ! アハハハハッ!」


 はぁっ? 余のために働けだって?

 貴族というのは、働きもせず平民に重税を課してふんぞり返り、愛人たちと毎日いちゃいちゃして暮らすモノだと考えていたので、びっくりした。


「……はぁ、副騎士団長となって働けですか? では見返りに、僕にふさわしい貴族の美少女を10人程いただけませんか?」

「なんだと……?」


 レオン王子の笑顔が引きつる。


「僕の望みは、最低でも1000人の美少女ハーレムを作って、毎日、おもしろおかしく暮らすことです。特に欲しいのは、清楚可憐な貴族の美少女! できれば王女とか、聖女とかだと最高です! そうだ近衛騎士団に入るなら、さっそく美少女と評判のリディア王女に会わせていただけませんか?」

「ふざけるな! き、貴様! それでも勇者かぁ!?」

「はい、レベル99の勇者ですが、何か?」


 僕が強気な姿勢に出ると、レオン王子は面食らったようだった。


「こ、この無礼者が! 殿下になんたる口の利き方──げばらっしゃ!」


 王子の近衛騎士が、僕の胸ぐらを掴んだので、デコピン一発で、ぶっ飛ばした。

 近衛騎士は壁にめり込んで静かになる。


「弱い。これが王国最強と謳われる近衛騎士団ですか? おい、お前の方こそ、副長に対する態度がなってねぇぞ」

「さ、さすがの強さのようだな勇者アベル……ッ!」


「で、どうですか? 僕がハーレム要員に一番欲しいのはリディア王女なんですが、さすがにいきなりは難しいことは理解しています。なので、僕にふさわしい見目麗しい貴族令嬢を用意していただけませんか? それがレオン王子の近衛騎士となる条件です」

「ぐっ……わ、わかった。用意してやろう。それで、今日から貴様は余の近衛騎士だ! 余に忠義を尽くせ!」

「はい、ありがとうございます」


 さーて、レオン王子の許可も取れたことだし。

 さっそく今から、貴族令嬢を物色しに行こうかな。


 窓の外をふと見ると、ウェデングドレスをまとった貴族令嬢が新郎と共に馬車に乗って、王宮の前をパレードしていた。


 僕の目は、その貴族令嬢に釘付けになった。

 う、美しい! 可憐じゃないか。


「あのご令嬢は……?」

「ああっ、アレは宰相の娘である侯爵令嬢シャルロットであるな。今日は王宮の離れで結婚式をしていた。余も先程、祝福の言葉を述べてきたところだ」

「へぇ~。シャルロットか。今なら、まだ処女だな。うん、気に入った」


 僕は3階の窓から飛び降りると、愛しのシャルロットに向かって駆け出した。

 一気に、音速に近い速度にまで加速する。


「ま、待て! 貴様、何をするつもりだ!?」


 レオン王子の怒鳴り声が届くが、知ったことじゃない。


 音速に近づいた僕の周囲から衝撃波が発生する。それは拍手喝采して、新郎新婦の門出を祝う人々をめちゃくちゃにぶっ飛ばした。


「ぎゃああああッ!?」


 華やかな新婚パレードが、一転して阿鼻叫喚に包まれた。

 僕は跳躍して、馬車に飛び乗る。


「やあシャルロット。僕は勇者アベル。キミのことは、これから僕が守ってあげるよ」

「えっ?」


 目を白黒させるシャルロットの手を取って、口づけした。

 僕だって、貴族の作法くらい知っているんだ。


「な、なにをするんだ俺の花嫁に!?」


 激怒した新郎が僕に掴みかかってくるが、デコピン一発で弾き飛ばして、街路樹に叩きつけやった。


「はぎゃあああああっ!?」

「ハハハハハッ! まるで潰れたゴキブリじゃないか!」

「きゃああああ!? ア、アルフレッド様!?」

「こんなモノはもう必要ないな。シャルロットは今日から、僕のハーレムメンバー第一号だ!」


 僕はシャルロットの手から結婚指輪を奪い取って、握り潰した。

 【永遠の愛】を意味する指輪が、もろくも粉々になる。


「あっ、あああああっ!?」


 シャルロットは悲痛な金切り声を上げた。


「ろ、狼藉者だ! ひっ捕らえろ!」

「狼藉者? 魔王を倒す勇者である僕に向かって失礼な。レオン王子の許可だって、取ってあるんだぞ」


 抜剣した騎士たちが、殺到してくる。

 僕は彼らに光魔法【聖光矢ホーリーアロー】の乱射を浴びせた。


 光属性の強烈なマジックアローが、騎士たちを次々に射抜く。


「ぎゃあああッ!?」


 不様な悲鳴を上げて、騎士たちは血の海に沈んだ。


「アハハハハハッ! 見たか、これが勇者の正義の力だ!」

「いやぁああああっ!?」

「何を逃げようとしているんだシャルロット? 今夜は僕と一緒に過ごすんだろ? ハーレム要員なら、僕をしっかり楽しませろよ」


 僕は逃げようとするシャルロットの手を掴んで、引き寄せた。

 労働などとは無縁の華奢な身体に、豊かな胸……ああっ、最高じゃないか。


 やっぱり、幼馴染のソフィーなんかとは、雲泥の差だ。


「や、やめてください! 私はアルフレッド様に愛を誓った身です!」

「なんだと……?」

「もし、この身を汚そうというなら、自害して果てます!」


 その一言で、僕は恋の熱が急激に冷めていくのを感じた。


 ……自害するだって?

 勇者である僕のハーレム要員にしてやろうと言っているのに? 


 沸々とした怒りが湧き上がってくる。


「勇者であるこの僕より、あそこで血を吹いている無様な男が良いとでも言うのかぁあああッ!?」


 あり得ない屈辱だった。絶対に許せない。


「や、やめよ! 勇者アベル! シャルロットは宰相の! 上位貴族の娘なのだぞぉおおおッ!」


 泡を喰ったレオン王子が、駆け付けてきた。


「この僕が、せっかく好きになってやったのにぃいいいいッ!」

「えっ……?」


 僕はシャルロットのウェディングドレスを掴んで引き千切った。


「きゃあああああッ!?」

「アハハハハハッ!」


 白い肌があらわになり、シャルロットは泣きながら、うずくまった。

 やったぞ。大衆の面前で、お高くとまった勘違い令嬢に大恥をかかせてやったぞ。


 さぁ~って、お次は、どうしてやろうかな?

 勇者である僕に、舐めた態度を取ったんだ。一生消えないトラウマを刻んでやろう。


 僕は舌舐めずりしながら、シャルロットに手を伸ばす。


「やぁあああああッ!?」


 シャルロットはまるで小動物のように怯えて、僕の気分は最高潮となった。


「やめよぉおおおおッ! 身分剥奪の上で死刑になりたいのか!?」


 その一言で、僕は手を止めた。

 見れば身なりの良い男が、僕を射殺さんばかりに睨みつけていた。


「お父様!」


 シャルロットが泣きながら、男に駆け寄っていく。


「お父様? ちっ、宰相か……」


 貴族の身分を剥奪されるのは、ハーレムを形成するのにいささか都合が悪かった。


「はぁ~っ。まったく、せっかく盛り上がっていた気分が台無しだな。レオン王子。今夜、僕の部屋に選りすぐりの美少女10人を送ってください。それで、何とか気分を直すとします」

「レオン王子、これは一体……その男は何者ですか!? こ、この私のかわいい娘にぃいいッ!?」


 宰相はレオン王子に対して、大激怒した。

 無駄に声が大きくて迫力のあるおっさんだな。うぜぇ。


「宰相!? うっ、アベル、き、貴様は……自分が何をしたのか、わかっているのか!?  貴様は、近衛騎士団の副団長となったのぞ!」


 レオン王子は僕を憎々しげに睨んだ。


「何か不都合でも? レオン王子は僕に、貴族令嬢を与えてくださると、おっしゃっいましたよね?」

「バカか貴様は!? 誰でも良い訳があるか!?」

「副団長ですと!? まさか、レオン王子、このような狼藉者を、栄光ある近衛騎士団のトップに取り立てたのですか!? お、王太子ともあろうお方が!?」


「お父様! あ、あの男を一刻も早く死刑にしてください!」

「おおっ、シャルロット。かわいそうに……こんな目に合わされて。貴様、絶対に許さぬぞ! 地獄の責め苦を味合わせて、殺してやる!」


 シャルロットを抱き締めた宰相は、鬼のような形相で叫んだ。

 ふふん、だけど。まるで怖くないね。


「へえ、どうやって? カカシ同然の近衛騎士をたとえ1000人連れてきても、レベル99の勇者であるこの僕を捕らえることなんて、できないけどね?」

「勇者だと? 貴様、嘘を申すな!」


「ま、待て宰相! こ、この者は光魔法を使う本物の勇者なのだ! 調子に乗るな勇者アベル! 今度、このような狼藉を行えば、身分剥奪だぞ! 妹にも絶対に会わせん!」

「ああっ、それはちょっと困るかな。貴族令嬢と付き合うには、やっぱり貴族の身分がなくちゃならないしね。それにリディア王女に会えなくなるのも困るし。やっぱり勇者のパートナーは、王女か聖女でしょ?」


 僕は肩を竦めた。

 まあ、でもこれで、よく理解できた。

 この国の騎士団より、僕の方がはるかに強い。


 この国に、いやこの世界に僕を倒せるような者なんて、存在しないんだ。


「レオン王子! この者は、今すぐ王国を挙げて討伐すべきですぞ!」

「いや、待て宰相! 聖女が見つからぬ以上、帝国に対抗するためにも、勇者の力が!?」


 レオン王子と宰相が揉めだしている。その中を僕はゆうゆうと歩いて、あてがわれた高級宿に向かった。

 今夜からレオン王子の尽力で、待ちに待ったハーレム生活だ。


「アハハハハハッ!」


 僕の歓喜の叫びが響き渡った。

 人々は恐怖と憎悪の入り混じった目で、僕を見ている。


「ひどい、どうかコイツをやっつけて【不死殺しの英雄】エドワード様……」

「なに!?」


 群衆の中から、聞き捨てならない声がした。

 誰が発したのかはわからないけど、到底許せるモノではなかった。


「光魔法【聖光矢ホーリーアロー】!」

「ぎゃああああッ!?」


 僕はとりあえず声がした方向に、聖なる攻撃魔法をぶち込んでやった。

 地面に大穴が開いて、人々は虫けらのように吹っ飛んだ。


「僕は魔王を倒す勇者だぞ。僕がお前らを救ってやるんだから、僕を敬えよ。魔王が復活したら、誰に頼るんだよゴミども、ええっ?」

「ひぃ……!」


 ふん。まあいい……今、王都の民はフェルナンド子爵エドワードを英雄などともてはやしているが、いずれ、僕の名前が取って代わるだろうさ。


「そうさ、この勇者アベルこそが、神に選ばれし真の英雄なんだぁ!」


★★★


次の日──

【宰相視点】


「終わりだ、この国は……国王陛下がお倒れになられた上に、あのような男をのさばらせるとは……」


 ワシは頭を抱えた。

 昨晩、勇者アベルを殺すべく送り込んだ暗殺者どもが、すべて返り討ちにされたのだ。


 その上、あの男は恥知らずにも、リディア王女を抱かせろなどと、このワシに要求してきた。


 一国の姫を要求するとは、魔王のごとき鬼畜の所業だ。


 しかも、レオン王子は勇者アベルの蛮行を黙認し、咎めようとはしなかった。


「宰相様、大丈夫です。わたくしに考えがあります」


 打ちひしがれるワシに声をかけてきたのは、リディア王女だった。


「わたくしは、今から帝国に親善に行くと偽って、カイン・シュバルツ様に助けを求めに行きます。実は、【不死殺しの英雄】の正体とはカイン様なのです!」

「な、なんですと!?」


 ワシは腰を抜かしそうになった。


「わたくしはカイン様と結婚し、お兄様ではなくカイン様に王位を継いでいただきます! あのお方なら、きっと勇者アベルにも勝てます! あのお方以外に、この国を救える方はおりません!」


 それはまさに絶望の闇を払う一筋の光だった。

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