43話。アンジェラのお母さんに会いに迷いの森に行く

「みんな聞いてくれ! レオン王子は私怨から【不死殺しの英雄】フェルナンド子爵を陥れようとしていた。俺はレオン王子からフェルナンド子爵を殺すように命じられた暗殺者だ!」


 立ち寄った辺境の街で、男が大演説をしていた。

 俺がレオン王子から寝返らせた元暗殺者だ。


 これは俺がレオン王子を次期国王の座から引きずり下ろすために、元々用意していた計略だった。


「民を守るために戦ってくれた英雄を殺すなど、言語道断! 俺は嫌気が差してレオン王子の元を去ることにした! レオン王子より、その妹のリディア王女の方が、王位を継ぐのにふさわしい! リディア王女は、魔物から民を守るための【王女近衛騎士団プリンセス・ガード】を結成しようとされているのだぞ!」

「そ、それは本当か!?」

「そんなヤツが次期国王だなんて、信じられねぇぞ!」


 男に扇動されて、民たちはレオン王子に対する怒りを募らせる。


 俺はなるべく早く、レオン王子と勇者アベルを打倒すことに決めた。


 俺は【闇鴉やみがらす】から、レオン王子が勇者アベルを近衛騎士団副長に任命したことを聞いた。

 勇者の威名を、帝国に対する抑止力とするのが目的のようだが……


 勇者アベルは思い上がり、王都で外道な振る舞いをしているらしい。


 気に入った女性を誰彼構わず拉致して暴行し、それを批判した民衆に攻撃魔法をぶつけ、果てはリディア王女と【世界樹の聖女】を、ハーレム要員に寄越せと騒ぎ立てているとのことだ。


 しかし、勇者の力を利用したいレオン王子は、アベルを罰したりせず、王都の秩序はたった一人の狂人によって、崩壊状態であるらしい。

 

『民衆は【不死殺しの英雄】フェルナンド子爵に、勇者を討伐してもらうことを望んでおります。勇者アベルは、魔王に対抗できるのは勇者である自分だけ。故に何をしても許されると増長し、やりたい放題です』


『勇者アベルを逮捕しようと憲兵騎士団が動きましたが、団長が勇者によって殺されました。逆に、団長の一族郎党が王城前で磔刑にされて、罪人扱いされている始末です』


『勇者アベルに娘を奪われた貴族が謀反を起こし、王国軍が鎮圧に乗り出しています。このままでは、王国はいずれ内部から崩壊すると思われます』


 というのが、【闇鴉】の報告だった。

 まさに無茶苦茶だった。


 俺も勇者アベルがセルヴィアを狙っているなら、見過ごすつもりはない。


 だが、レオン王子とその近衛騎士団副長となった勇者アベルと戦うなら、最悪、王国軍約10万が相手となるだろう。

 故にあらゆる手を打ち、備えを万全にしておく必要があった。


「……やるわねカイン。あなたって、武勇だけでなく、こういった策謀にも明るいのね」

「【闇鴉】を使った魔王の復活阻止にも驚きましたが……これはリディア王女を、次期女王にするための布石でしょうか?」


 アンジェラとセルヴィアが感心していた。


「うん、その通り。リディア王女は魔物から民を守るための私設兵団を設立するほど、高潔な姫騎士だからな」


 ゲームでは、リディア王女は勇者パーティの一人だった。【王女近衛騎士団プリンセス・ガード】は、勇者アベルの私設兵団となるはずだった。


 ゲームでは、勇者アベルに悪政を敷くレオン王が倒されて、リディア王女が女王として即位していた。


「最悪、レオン王子と勇者アベルを討てなくとも、リディア王女に王位についてもらえれば、勇者をこの国から追放することができる」


 そうすれば、最低限、セルヴィアを勇者の魔の手から守れるハズだ。


「すごいです。カイン兄様は、何手も先を見通して、手を打たれているのですね」

「それは俺が未来を知っているからなんだが……」

「未来を知っていることと、適切な手を打てるかは別よ。あなた軍師にもなれるのでないの?」

「王子殿下に対する不敬罪だ! その者を引っ捕らえろ!」


 憲兵が大挙してやってくるが、俺が放った元暗殺者は、たちどころに姿を消した。


 王国中で同じことをしているので、レオン王子の悪評はドンドン広がり、民心は急速に離れていくだろう。


 レオン王子が勇者アベルの蛮行を容認し続ければ、貴族からの反感も強くなり、リディア王女を女王にする動きが、加速していくハズだ。

 まずは、これで良い。


「じゃあ、先を急ごうか!」


 俺たちは、そのまま馬を走らせて、アトラス帝国との国境を越えた。

 さらにその5日後には、アンジェラのお母さんの住むエルフの隠し村のある森に到着した。


「へぇ……近くの村で【帰らず森】などと噂されているのも頷けるわ。かなり強力な幻惑の結界が張られているわね。中に入ったら、迷って死ぬまで出られないわよ」


 鬱蒼と広がる森を目の前にして、アンジェラが難しそうな顔をする。

 ここのエルフは人間との交流を拒絶しており、森に幻惑の結界を敷いて、侵入者を防いでいた。


「【死霊騎士団(デスナイツ)】を探索に放とうかと思ったけど、無意味ね。視覚、聴覚だけでなく、魔法的な感覚まで狂わされてしまうタイプの結界よ。これは私の手には負えないわ」

「カイン兄様、どうやって結界を突破するのですか?」


 セルヴィアも異様な気配を感じ取ったのか、眉をひそめている。


「セルヴィア、植物を操作して一本道を作ってくれないか? それで迷わずに進めるようになるから」

「……なるほど。わかりました。では、退け!」


 セルヴィアが手をかざすと、草木が左右に動いて、森に馬車も通れるくらいの大きな道ができた。


 ゲームでも、セルヴィアをレベル35以上に鍛えてくれば、【世界樹の聖女】の力で【迷いの森】を突破できる仕様になっていた。

 セルヴィアの現在のレベルは36だ。


「へぇ〜、さすがね。森の中では、私もセルヴィアに勝てるイメージが湧かないわ」

「聖女の力は無尽蔵に使える訳じゃないから、やり方次第だと思うぞ。セルヴィアも森は安全だと、油断しないでくれ」

「はい、もちろんです。奥まで道を通したので、かかなり疲れました」


 セルヴィアは、げっそりした様子だった。


「ありがとう、セルヴィア。あとは、俺たちに任せてくれ」

「なるほど。こういう結界破りの方法もあるのね。確かに自分で作った一本道なら迷わない。勉強になるわ」


 アンジェラが、しきりに感心していた。


「カイン、あなた剣士なのに魔法にも詳しいのね」

「私の魔法の指導もカイン兄様にしていただきました。火の魔法だけを極めた方が強くなれるなんて、驚きです」

「ふつうはそれだと、状況対応力が落ちるから悪手なんだけど。セルヴィアの場合は、【世界樹の聖女】の能力を活かせるから、火の魔法特化型ビルドが最良だったんだ」

「ふーん。それじゃ私の場合は、どの方向の能力を伸ばすのが、最良なのかしら?」


 アンジェラが、いたずらっぽく笑いかけてきた。

 ふーむ。ゲームではアンジェラは仲間にならなかったから考えたことが無かったけど……


「姿を隠すタイプの魔法、スキルを伸ばしていくのがアンジェラの場合は最良だな。相手に幻を見せる幻惑魔法なんかも良い。自分の姿を隠して、アンデッドや即死魔法で、相手を一方的にタコ殴りにするか、正解だと思う。間違ってもこの前のように、敵と一騎打ちなんてしちゃダメだな」


 それを考えれば、この森のエルフ──アンジェラのお母さんに、アンジェラを指導してもらうのが良い気がする。

 なにしろ、幻惑魔法のスペシャリストだしな。


「……なるほど。この前は、相手が悪かった気もするけどね。私は剣士相手に負けたことなんか、一度も無かったのよ」

「カイン兄様、木の精霊たちが……ッ!」


 その時、セルヴィアが鋭い警告を発した。

 同時に、道の左右から無数の弓矢が、嵐のごとく俺たちに向かって発射される。


 エルフの矢には強力な毒が塗られており、かすっても致命的だ。

 疲れ切ったセルヴィアを守るためには、ひとつ残らず迎撃するしかない。


「【デス・ブリンガー】2連続!」


=================


【デス・ブリンガー】

 生命力(HP)の半分を代償に支払うことで、剣の攻撃力を5分間、100%上昇させます。


=================


 【デス・ブリンガー】を2回連続で使用すると、生命力(HP)が強制的に残り1になる代わりに、攻撃力が一時的に4倍にまで上昇する。

 同時に、俺は【音速剣】を左右に立て続けに放った。


「はぁッ!」


 威力を極限まで高めた広範囲衝撃波が、弓矢を迎撃する。

 弓矢は空中で、すべて粉々に砕け散った。


「な、なんて非常識な技なの!? 前にも見たけど、剣技の域を超えているわ!」


 アンジェラが感嘆の声を上げた。

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