41話。アンジェラ皇女から聖人のごとく勘違いされる
「カイン! ねぇ、カイン! これはシュバルツ伯爵家への帰路じゃないわよね? どこに向かっているの?」
俺の後ろを馬に乗って付いてくるアンジェラが、大声を上げた。
「カイン兄様、シュバルツ伯爵家に戻ると聞いていたのですが、違うのですか?」
俺にしがみつく形で、馬に揺られているセルヴィアも尋ねてくる。
ランスロットたちにはアトラス帝国の工作員を寝返らせたら、真っ直ぐ帰ると告げていたのだけど、予定を変更することにした。
途中で、王都にいる【
勇者アベルが王都に姿を見せたらしい。
しかも、建設中のフェルナンド子爵の銅像を連れの女の子──なんと幼馴染のソフィーを叩きつけて破壊したというから、完全に嫌な予感が的中した。
勇者アベルはおそらく、周回プレイのステータス引き継ぎでレベル99になっていると見て間違いない。
「……実は、アトラス帝国にあるエルフの隠し村に行こうと思うんだ」
「エルフの隠し村ですか? それはなぜですか?」
「そこに、アンジェラのお母さんがいるんだ」
「……え!?」
ゲーム後半のイベントで、結界に覆われたエルフの隠し村に行くと、アンジェラのお母さんが住んでいた。
このお母さんから『アンジェラを皇帝の手から解放して欲しい』という依頼を受けてからメインストーリーを進めると、お母さんからレアスキルを伝授してもらえるのだ。
アンジェラが皇帝から無能として処刑されると、お母さんから『あの娘の無念を晴らして欲しい』と、泣きながらレアスキルを教えてもらえる。
それが、この隠しイベントの概要だった。
いや、悲し過ぎるだろう!
俺はこのイベントでトラウマを植え付けられた。
多分、アンジェラとお母さんを会わせてあげても、このスキルはゲットできるんじゃないかと思う。
なので、ゲーム本編では叶えられなかった、ふたりの再会を叶えてあげることにした。
イベントの舞台である【迷いの森】は、強力なウッドゴーレムの軍団、約5000に守られており、できればランスロットやゴードンも連れて行きたいところだったのだけど……
このふたりには、それぞれシュバルツ兵団の強化と、特別訓練を命じてある。
俺を殺すかも知れない勇者アベルが最強状態で現れた以上、悠長なことはしていられない。
多少無理をしてでも、レベル上げと兵団の強化効率を上げる必要がある。
それに、まだ【闇鴉】に詳しく調べてもらっている最中だが、勇者アベルは人格が歪んでいる可能性があった。
勇者アベルは、まだ15歳。精神的に未熟な少年が、魔王よりも強いレベル99の最強ステータスを突然手に入れたら、どうなるか?
本人の気質にもよるが、神にも等しいその力に溺れ、有頂天になってしまう危険があった。
ソフィーは【闇鴉】に保護、治療してもらっているが、頭を強く打ったことから、まだ意識が戻っていないらしい。
意識が戻り次第、この世界の勇者アベルについて詳しく話を聞くために、シュバルツ伯爵家に招待するように【闇鴉】に指示した。
ソフィーは本来、勇者パーティの一人であり、序盤は弱いのだが、デバフ魔法の才能があって、これを伸ばすと大化けした。
できれば、勇者から追放されたソフィーを俺の戦力に加えたい。
勇者アベルはレオン王子に招かれ、貴族の地位を与えられるらしい。このふたりが手を組んだら、帝国が魔王と組むより、よほど危険なことになる予感がした。
「驚きました。情報源は、もしかしてアッシュたちですか? エルフが隠し村の場所を村人以外に教えるなんて、信じがたいことですが……」
「【誓約魔法】や、お父様が魔王を復活させるなんて話も知っているし。一体、あなたの情報源はなんなの?」
「それは……」
俺は言い訳を考えるも、妙案が浮かばない。
さすがに、もう誤魔化せなくなってきた。
それにセルヴィアとの絆は、これまでの冒険を通して、かなり深まったと思う。
変に思われても、それで関係が悪化するようなことは、無いだろう。
俺は思い切って真実を話してみることにした。
「実は、ここは俺が前世で遊んでいたゲームの世界なんだ。だから、これから起きる未来のことや、歴史に関わる主要な人物や組織のことは、だいたい知っているんだ」
「え……?」
ふたりは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「むっ、なによ、それ? 本当のことは言いたくないということ?」
「げーむ? すごろくのようなモノでしょうか?」
アンジェラは俺が冗談を言って誤魔化そうとしていると思ったようだ。
セルヴィアはゲームの概念が理解できていなかった。
「……うーん、まあ要するに、俺はこれからこの世界で起きることについて、生まれながらにしてある程度、知ってるということなんだ」
ただ、ゲーム本編開始前のことについてはわからないし、アンジェラを奴隷にしたり、皇帝の秘密を暴露するといったゲームシナリオに大きな影響を与えるようなことをしてしまった。
勇者アベルも最強状態だし、今後、何が起きるのか、予想がまったくつかなくなってしまっているが……
「なるほど。それはユニークスキルのような物でしょうか? 先例を聞いたことはありませんが、カイン兄様のおっしゃることなら信じます。ここは、げーむの世界なのですね」
セルヴィアは意味がわからないまでも、納得してくれたようだ。
やっぱりセルヴィアは良い娘だ。
「……未来を知ることのできるユニークスキルが存在するのだとすれば、ある程度は納得できるわね。あなたは、本来、知り得ないことを知り過ぎているもの。一方で、【闇鴉】のような情報収集を担う諜報員の存在も必要としてる。一体、どういうことかと、思っていたのよ」
「まあ、そんなところかな。その理解で、だいだい合っている。俺は別に、何でも知ってるという訳じゃないんだ」
セルヴィアとアンジェラに、あるていど理解してもらえて助かった。今後は話をしやすくなる。
「それにしても、さすがはカイン兄様です。今回はアンジェラ皇女のためを思っての旅ですね」
「……カ、カインには、本当に感謝しているわ」
アンジェラは照れ隠しのためか、顔を真っ赤にしてソッポを向いた。
「ちゃんと約束を守ってくれるなんて。一体、どうして私に、そんなに良くしてくれるの? まさか、私のことが、す、好きとか……?」
「決まっているじゃないですか。仲間の喜びこそ、カイン兄様にとっての喜びだからです!」
「はぁっ……?」
俺とアンジェラは困惑の声が、ハモった。
えっ、どういうこと……?
「……私はカインの奴隷であって、仲間という訳じゃ無いような気がするのだけど?」
「シュバルツ兵団をご覧にならなかったのですか、アンジェラ皇女? カイン兄様は奴隷契約を結んだ相手だからといって、無下に扱うようなことは決してありません。ひとりひとりを大切な仲間として扱い、全員で生き残ろうとするから、みんなが喜んで付いて来るんです」
「なんですって……?」
アンジェラは大きく瞳を見開く。
俺がシュバルツ兵団のみんなを大切にしているのは、途中で死なれたらレベル上げが無駄になるのが大きいからなんだが……
「そ、そんな。他人に、そんな無償の愛を注ぐような人間がこの世にいるんなて……ッ!」
「……うん、まぁ、そんな奴がいたら、嘘くさいと思うよな」
「それがいるのです。それこそが、カイン兄様です! だからこそ、魔王の復活も阻止されようとされているじゃないですか!?」
セルヴィアが胸を張って答える。
俺がボソッとアンジェラに同意した声は、聞こえなかったようだ。
セルヴィアの中では、俺の評価が天井知らずになっていた。
「私はカイン兄様から、無償の愛を注いでいただいて、カイン兄様が大、大、大好きになりました!」
「あ、おぅ……」
これは嬉しいけど、かなり恥ずかしかった。
「この旅こそが、カイン兄様の無償の愛を証明しています。違いますか、アンジェラ皇女?」
「うっ、うぅううううッ! そ、その通りよ!」
アンジェラはこれまでの人間観を揺さぶられて、かなり苦悩しているようだった。
「あ、あまり深く考えないでくれアンジェラ。別に俺は大したことはしていないし、そんな大した思想も持っていないから」
「こ、これがあなたにとっては、当たり前だというのね!?」
「はぁ……?」
「その通りです。苦しんでいる民や仲間がいたら、手を差し伸べる。それはカイン兄様にとって、当たり前のことなのです!」
セルヴィアが得意満面で告げる。
いや、違うぞセルヴィア。俺はちゃんと見返りを求めて行動しているぞ。
ま、まあ、いいか。
アンジェラは心を乱されているようだったけど、大した問題じゃないだろう。
俺たちは、そのまま馬を走らせて国境へ向かった。
目指すは、アトラス帝国の【迷いの森】だ。
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