40話。勇者アベル、カインにライバル心を燃やす

【勇者アベル視点】


「きゃあぁあああ。すごいわ、すごいわ、アベル! 大きくてキレイな建物がいっぱい! ここが王都なのね!?」

「ああっ……そうだね」


 馬車から身を乗り出してはしゃぐソフィーを、僕は醒めた気持ちで見ていた。


 僕は勇者アベル、15歳。何の取り柄もないタダの村人として生まれたのだけど──

 先日、突如として天使様が降臨されて、僕のことを魔王を倒す勇者だとおっしゃられた。


 その瞬間、僕のレベルは99まで急上昇した。

 100以上の多種多様なスキルと、勇者にしか使えない伝説の光魔法をすべて習得し、一気に人類最強にまで上り詰めてしまった。


 その感動といったら、筆舌に尽くしがたかった。


『勇者アベル、100周目の世界にようこそ。ステータスをすべて引き継いだ状態でのスタートとなります』


 天使様が何やら話していたけど、喜びのあまり聞き逃してしまった。


 だって、幼い頃からずっと憧れてきた物語の主人公に──魔王を倒す勇者に、僕はなることができたのだから。


 そう、なんと言ってもこの強さ!


 村を襲った山賊どもを素手で殴り殺すことさえ、簡単にできた。光魔法を放てば、魔物どもはゴミクズのように消滅した。

 村のみんなが僕を持ち上げ、勇者だと褒め称えた。


 ハハハハハッ!


 その瞬間、僕は理解した。

 そうか、この世界は、僕のためにあったんだ。


「まさか、私たちが王子様に認められて、貴族になれるなんて信じられないわ! 後で、お父さんやお母さんを呼んで、みんなでここで幸せに暮らそうね!」


 幼馴染のソフィーは満面の笑顔で、実にバカげたことを言ってきた。


 はぁ? レオン王子に認められて、貴族となるのはこの僕だぞ?

 なんで、ソフィーのお父さんやお母さんを呼んで、一緒に暮らさなければならないんだ?


 ソフィーは僕の恋人気取りで、僕と結婚するのが、当たり前だと思い込んでいるらしかった。

 冗談じゃない。


 王都にやって来て、良くわかった。

 ソフィーは美少女だと思っていたけど、彼女程度の美貌の娘など、この華の都には吐いて捨てるほどいるのだ。


 特に貴族令嬢はイイ。

 気品があって華やかで、イモ臭い田舎娘などとは雲泥の差だった。


 僕は勇者、しかも貴族となるのだから、ソフィーのようなクソ田舎娘が釣り合う訳がないだろう?

 だから、今日限りでサヨナラすることにした。


「……ソフィー、まさかとは思うけど。子供の頃、戯れにした結婚の約束を真に受けているのかい? だとしたら、笑えないよ」

「ふぇっ……?」 

「残念だけど。君は勇者である僕のパーティメンバーにはふさわしくない、追放だ!」

「ちょ、ちょっと何を言っているのよアベル……!? じょ、冗談だよね?」


 ソフィーはまるで何を言われたのか、わからないといった様子だった。

 ヤレヤレ、わざわざ説明しなければ理解できないなんて、頭の悪い女だな。


「君程度の魔法使いでは、僕の足を引っ張るだけだと言っているんだ。実際、何の役にも立っていないだろう?」

「た、確かにそうかも知れないけど……! わ、私はアベルのためにいっぱい努力して! お料理や洗濯、荷物持ちだって!」


 目に涙をいっぱい貯めて、ソフィーは慌てて縋り付いてきた。


 ソフィーは村一番の美少女で、両親を早くに亡くした僕の世話を何かと焼いてくれた。

 朝、起こしに来てくれたり、ご飯を作ってくれたりした。


『もう、アベルは私がいないと、何もできないんだからぁ!?』


 が、ソフィーの口癖だった。

 それは、とてもうれしかったのだけど……正直、今となっては、ウザったいだけだ。


 馬車から外を見ると、ちょっと前に王都をアンデッド軍団から救ったというフェルナンド子爵エドワードの銅像が建築中だった。


「ちっ、何が【不死殺しの英雄】だ……ッ!」


 僕は思わず舌打ちした。


「えっ?」

「足手まといのソフィーとなんてパーティを組まずに、僕がソロで活動していたら、1万5000のアンデッド軍団を倒したのは、この僕だったハズなんだ!」


 そうすれば、国中に名声が轟いて大出世し、今ごろ理想のハーレム生活が送れていただろうに……


「……ソフィー、僕はね。天使様から魔王を倒す勇者に選ばれたんだよ。その意味がわかるよね?」

「えっ? でもアベルはアベルだよね!? 私の幼馴染で、ずっと一緒に生活してきた!」


 僕の全身に耐え難い怒りがみなぎった。


 ソフィーは僕のことを、勇者として覚醒する前の何の取り柄もなかった男のままだと認識しているのか?


 そんな無力な自分とは決別して、これからは栄光の勝ち組人生を歩んで行くんだよ。

 もう昔の僕じゃないんだ。


「わ、私……もっとがんばるから! もっとすごい魔法を使えるようになって見せるから! 必ずアベルの役に立つから!」


 はぁ〜、そういうことじゃないんだけどな。

 まったく。肝心なことが、わかっていない。


 物語の勇者は、見目麗しく特別な才能に溢れた美少女たちから愛されてハーレムを形成しているモノじゃないか?


 つまり、才色兼備でなければ、勇者であるこの僕とは釣り合わないんだよ。


 ソフィーは長老から魔法の手解きを受けていたこともあり、それなりに魔法が使えた。


 そのため僕は、取り敢えずソフィーとパーティを組み、村の周辺の魔物を駆除した。


 その活躍の噂が広まり、レオン王子の目に止まった以上、もうソフィーは必要ない。


『貴様の光魔法で、余にかけられた回復阻害の呪いを解け。さすれば、男爵に取り立ててやろう!』


 それが、レオン王子からの手紙の内容だった。

 僕はレオン王子が寄越した迎えの馬車に乗って、こうやって王都までやって来のだ。


「だって、私とアベルは大の仲良しで、将来は結婚しようって、誓い合った仲で! だ、だから、アベルが勇者になっても、ずっとずっと一緒に……!」

「あぁ~、うぜぇ」


 僕はソフィーを、馬車の座席から蹴り飛ばした。


「えっ!?」


 信じられないといった表情のままソフィーはぶっ飛んで行き、フェルナンド子爵の銅像に激突して、派手にぶっ壊した。


「なんでお前程度の女と結婚しなくちゃならねぇんだよ、売女(ばいた)が。身の程を知れ」


 国費で建設中の英雄像を壊せば、ソフィーは罪人として捕まるだろう。

 見ればソフィーは頭から血を流して、グッタリしていた。

 ふふふっ、これは、死んだかな?


 いずれせよ、これでもうソフィーに女房気取りで付きまとわれる心配はない。


 ああっ、せいせいした。

 僕は清々しい気分で伸びをする。


「勇者アベル殿!? い、今のは!?」

「気にしないでください。勇者である僕の将来性目当てのバカな女をお払い箱にしてやっただけです」


 馬車の御者からの質問に、僕は鼻を鳴らして答えた。


「さ、左様でごさいましたか……!」

「レオン王子に取り立てていただいたら、僕にふさわしい清楚可憐で、かつ特別な美少女をパーティメンバーに紹介していただきたいですね。ああっ、できれば貴族令嬢とか、王女とか、そう伝説の【世界樹の聖女】とかだと最高です!」


 僕は幸せな未来に胸を踊らせる。


「【不死殺しの英雄】か。ふん! いずれ僕が、実際に捻り潰して、僕の方が優れていることを証明してやる!」


 砕け散った英雄像を眺めて、僕は吐き捨てた。

 この時、僕は自分の栄光の人生を信じて疑わなかった。

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