36話。ざまぁ回。レオン王子、カインの策略によって絶望に沈む

【レオン王子視点】


「一体どういうことだ? なぜフェルナンドが【不死殺しの英雄】などと、もてはやされておるのだ!?」


 余が愛人の邸宅で愛を語らうことにいそしんでいると、急遽、宰相より無粋な呼び出しがかかった。


 なんと王都を脅かしていた1万5千のアンデッド軍団が、フェルナンド子爵軍によって、倒されてしまったというのだ。


 フェルナンドの不様な死を心待ちにしていた余にとって、予想外としか言いようのない事態だった。

 王宮ですぐさま盛大な戦勝パーティが開かれることとなり、余は困惑しながらも参加せざるを得なくなった。


「アヒャヒャヒャ! レオン王子、まことにめでたいですな! 我らオーチバル、フェルナンド連合軍によって、アンデッドどもは全滅! 全滅いたしましたぞぉおおおおッ!」


 余がパーティ会場に入ると、すっかり主役面したバカ──オーチバル伯爵家のゴードンが話しかけてきた。


「き、貴様! 密約を忘れたか!? 余はフェルナンドには力を貸してはならぬと……!」


 余の怒りは一気に頂点に達する。

 ここがめでたい席でなければ、無礼討ちにしていたところだ。


「密約? なんのことですかなぁ? ああっ、セルヴィアに振られた腹いせをしたいというお話でしたか? ブヒャヒャヒャ!」

「余を愚弄する気か!? 許せん! 近衛騎士団、この者をつまみ出せ!」


 ゴードンは調子に乗って、口にしてはならないことを口にした。


 こんなバカが100騎あまりを連れて単身、フェルナンドの援軍に駆けつけ、アンデッド討伐に大きく貢献したとは信じがたい。


「レオン王子、時代は変わったんです。もうあなたなど、怖くはありません! アヒャヒャヒャヒャ! あっ、この酒、うま〜い!」

「なんだと? ど、どういう意味だ!?」

「これはレオン王子殿下ではございませんか! お久しぶりでございます。近衛騎士団を呼ぶとは穏やかではありませんな?」


 余がゴードンを問い詰めようとすると、フェルナンド子爵エドワードが、にこやかな笑みを浮かべてやってきた。


「宰相殿より、今宵は無礼講とのお触れが出ております。酒も入っております故、多少のことについては、どうかご容赦くださいませ」

「フェルナンド子爵か!? こ、この度のアンデッド討伐、誠に見事であった。貴公を討伐軍の指揮官に任命した余の目に狂いは無かったな!」


 余は大げさにエドワードを賞賛してやる。

 無礼講だと? 余の面目を潰しおって、無礼にも程があるだろう!


 だが、戦勝パーティの主役にこう言われては、他の貴族たちの手前、矛を収めざるを得なかった。


「はっ! 身に余る光栄に存じます。しかし、実は、妙な噂を耳にいたしましてな」

「妙な噂だと……?」

「こちらのゴードン殿から聞いたのですが、実は、王子殿下が私にアンデッド討伐を命じたのは、我が娘、セルヴィアに袖にされた意趣返しであったと……」

「な、なにぃ!? 貴公、無礼であるぞ! セルヴィアは聖女などと、王家を謀ったが故に婚約破棄してやったのだ! なぜ余が、そのようなことをせねばならん!?」


 余は思わず激高した。

 こやつ、余にケンカを売っておるのか?


「はっ。まことに、その通りでございます。しかし、この噂は貴族の間で、かなり広まっているようでございますぞ」

「な、なに……?」


 エドワードが声をひそめて告げた。

 これについては、心当たりがあるというか、余が自らフェルナンド子爵に力を貸してはならんと、貴族たちに触れ回ったのだ。


 余がセルヴィアに執着していたことを知る者がいれば、これがセルヴィアへの仕返しであると勘付くやも知れぬ。

 まさに、ゴードンがそうしてきたようにな。


「恐れながら。この噂が広がっているのは、王子殿下が教会によって一度は聖女と認定されたセルヴィアを、未だに偽聖女と呼んでいらっしゃることも関係していると思われます。悪いことに、教会側からは、教会の権威の失墜を狙ったプロパガンダと受け取られているようで、ございますぞ」

「【不死殺しの英雄】エドワード殿の娘を、今後もそのような蔑称で呼び続ければ、いよいよこの噂は、信憑性を帯びてしまうでしょうな、アヒャヒャヒャ!」

「くっ……!」


 ゴードンがワインを飲み干しながら、余を小馬鹿にしたように笑う。

 次期国王である余にこうまで強く出るとは、コヤツら、何か強力な後ろ盾でも得たのか?


 ……いずれにしろ、今や英雄として賞賛されるコヤツらを無礼だからと断罪することは難しい。


 悔しいがコヤツらの言う通り、今後、セルヴィアへの攻撃は控えた方が良いだろう。

 このままでは、余は貴族どもの物笑いの種となる。教会との関係の悪化もマズイ。


 だが、エドワード、それにゴードン。

 余をコケにしてくれたことだけは、絶対に許さんぞ。


「き、気分が悪い! 余は部屋に戻る!」

「お待ち下さい! 王太子であるお兄様がいなくなられては、戦勝パーティが台無しではありませんか!?」


 15歳の妹リディアが、不遜にも引き留めようとしてきた。


「ならお前が、代わりに愛想を振りまいておれ! 帝国との政略結婚の道具風情が、余に意見するとはおこがましい!」

「お兄様!?」


 妹は病床の父上が、アトラス帝国との友好関係のために、第一皇子との縁談を進めていた。

 だが、余はアトラス帝国など恐れてはおらぬ。


 世界を救うとされる【世界樹の聖女】を手に入れられれば、アトラス帝国を打倒することなど、たやすいのだ。


 聖女の力が真に覚醒すれば、かの国に大凶作をもたらして、飢餓に沈めることができるのだからな。そして、余は世界の覇者となるのだ。


「おのれ、早急に【世界樹の聖女】を探し出さねば! まだ聖女は見つからぬのか!?」


 苛立たしく踵を返した余に、護衛の近衛騎士たちが付き従う。


「はっ! 恐れながら!」

「口惜しい! それと、今すぐ雇った暗殺者どもを動かせ! 早急にエドワードとゴードンの息の根を止めるのだ!」


 今回の計画で、エドワードを確実に亡き者にするため、事前に暗殺者を放っておいた。

 酒に酔った帰り道を襲撃すれば、あのふたりを確実に始末できるだろう。


 余に逆らったらどうなるか、思い知らせてやるのだ。


「いや、待て……暗殺者どもには、フェルナンド子爵軍の陣を見張らせていたな。奴らがいかにして勝利したのか? 詳細を聞き出してからの方が良いな」


 たった1100の兵力で、1万5千のアンデッドの大軍を滅ぼすなど、まず不可能だ。

 もしかすると、誰か強力な助っ人がいたのやも知れぬ。だとすれば、あのふたりのあまりに強気な態度も頷けた。


「それには、及びません。レオン王子殿下」


 余の思考は、突如、道をふさいだ黒尽くめの男たちによって遮られた。


「余の道を阻むとは、無礼な! いや、貴様らは……」


 その者どもの顔には、見覚えがあった。

 余がフェルナンド子爵を始末すべく雇った暗殺者どもだ。


「ふん! ちょうど良かった。貴様ら、仕事であるぞ」

「……殿下、お下がりを!」


 近衛騎士が余を引き倒すのと、暗殺者たちがナイフを投げるのとは同時だった。

 余の頬をナイフがかすめて、鋭い痛みが走る。


「なっ!?」

「貴様ら、血迷ったか!?」


 激怒した近衛騎士が、剣を抜いて暗殺者のひとりを叩き斬った。


「かかれ! レオン王子を始末するのだ!」

「王子を殺さねば、我らは破滅だぞ!」


 暗殺者どもが、一斉におどりかかってきた。


「殿下をお守りしろ!」


 近衛騎士団と暗殺者が、死闘を開始するが、余はそれどころではなかった。頬に受けた傷が、ジクジクと耐え難い痛みを発していたのだ。


「こ、これはまさか? 毒ぅうううッ!?」


 手鏡を取り出して顔を確認すると、余の顔が醜く腫れ上がっていた。


「あっ、ああああああっ!? 余の余の美しい顔が!?」


 数々の貴族令嬢と浮名を流した自慢の美貌が、見るも無惨に崩れていた。

 しかも、痛みはドンドン強くなり、余は床を転げ回る。


「痛い、痛い! 貴様ら、余を、余を助けろぉおおおッ!?」

「で、殿下ぁあああッ!?」


 毒が頭に巡ったためか、次の瞬間、余の意識はぷっつりと途絶えた。


☆☆☆


「これが、これが余の顔だとぉおおおおッ!? 治療だ! なんとしても治療せよ!」


 余はなんとか一命を取り留めたが……

 治療の甲斐なく、余の顔面は赤く醜く腫れ上がったままとなった。


「殿下! あのナイフには回復魔法を阻害する強力な呪いが仕込まれておりました。これを完全に治療できるほどの回復魔法の使い手は、恐れながら宮廷内にはおらず……っ! それこそ、光魔法の使い手たる勇者でもなければ!」

「なんだと!? 無能どもが!?」


 余は報告してきた近衛騎士をぶん殴った。

 まさか、フェルナンドを始末するために用意した暗殺用武器が、余を地獄に突き落とすことになるとは……


 勇者はレベルが低いうちは、ふつうの人間とさほど変わらず、数々の冒険を経てレベルが上がると、この世界で唯一の光魔法の使い手となる。


 勇者とは人間を滅ぼす魔王に対抗する存在であり、魔王の出現と時を同じくして現れる。

 魔物災害の増加は、魔王復活の兆しと噂されていたが、肝心の勇者は現れてもいなかった。

 

 余は醜くなった顔を両手で覆って、絶望の淵に沈んだ。


「一体、余が何をしたというのだぁあああああッ!?」

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