35話。三家同盟の盟主となる

「な、なんていうことを言うんだ。セルヴィア!?」


 お義父さんもいる前で、赤面ものなので勘弁して欲しい。


「そればかりではありません。カイン兄様は私の身体を縛って、『お前は一生俺の物だセルヴィア!』と叫んで鞭打つフリをする、虐待ごっこをする程、私を愛してくださっているんです。兄様に身体の自由を奪われたくらいで、いい気にならないでください!」

「ぎゃあああ!? 公開処刑はやめてくれッ!」


 俺は大慌てで、セルヴィアの口を手で塞いだ。


「むが、むが……!」

「……な、なるほど、そんなマニアックな遊びをするほど、深い仲なのね。ちょっと驚いてしまったわ」


 アンジェラは目をパチクリさせていた。


「ですがセルヴィア様、私はカイン様より、ふたりっきりで食事に誘われていますの。ここは黙って退いてくださならない?」


 アンジェラが俺の右腕を掴んで、しなだれかかってくる。

 花のような良い香りが鼻腔をくすぐり、思わず心臓が大きく高鳴った。


「まっ、まさか兄様とデートを……!?」

「いや、別にふたりっきりと限定した訳じゃないから! アンジェラがお腹が空かしていたみたいだから、食事をとらないかと誘っただけで!」

「でしたら、私もご一緒します。カイン兄様、今夜、また身体の洗いっこをしましょう」


 セルヴィアもアンジェラに対抗するように、俺の左腕を掴んでしなだれ掛かってきた。


 しかも、セルヴィアも俺の腕に、胸をグイグイと押し付けてくる。


 そんなことは、今までされたことが無かった。ちょ、ちょっと大胆過ぎないか? というより、セルヴィアからのアプローチが徐々に過激になってきている気がする。


「身体の洗いっこは、か、かんべん!」

「そのようなことは、下女の役目よ。カイン様の婚約者にして聖女たるお方のなさることとは、思えませんわ」

「むっ……これは夫婦としての営みです。そうですよね、兄様?」


 両手に花の状態だが、セルヴィアとアンジェラはバチバチと視線で火花を散らしていて、針のむしろだ。


「……いや、こ、これは。セルヴィアとカイン殿が、いかに仲睦まじいか知ることができて、安心いたしましたぞ」


 エドワード殿が、朗らかに笑った。


「しかし、アンジェラ皇女殿下。ここは陣中にて、殿下のお口に合うような料理をご提供することも、おくつろぎいただけるようなお部屋をご用意することもできませぬ。よろしければ、私が王都のそれなりの格式のある店にご案内いたしますが、いかがでしょうか?」

「お父様、グッジョブです」


 セルヴィアが親指を立てた。

 なんと、今回もエドワード殿の援軍に助けられてしまった。


「ふふっ。お気遣い感謝いたしますわ、フェルナンド子爵様。ですが、ご心配には及びません。アトラス帝国の皇族たる者、いついかなる時も気品を持って優雅たれ、がお父様の教えですの」


 アンジェラは俺から離れて、指を鳴らす。


「おいでなさい、【死霊騎士団デスナイツ】!」

「「はっ」」


 アンジェラの周囲に、いくつもの人影が浮かんだ。それは彼女に対して、跪拝きはいする凛々しくも穢れたアンデッド騎士たちとなった。


「なにぃいいい!? デュラハンだとッ!?」


 兵たちから悲鳴が上がった。

 死霊騎士団は、豪奢な丸テーブルと椅子を伴って現れ、それをその場にテキパキと設置する。


「姫様、本日の紅茶はベルガンド地方産の茶葉を使用したアールグレイでございます」

「ありがとう、セバス。ううーん、このベルガモットの香りが、心地良いわ」


 アンジェラが椅子に腰掛けると、アンデッドの執事がティーポットから紅茶を注ぐ。まるでここだけ、王宮のティーパーティー会場のような格式の高い空間と化した。

 

「皆の者、今日よりカイン様が、我らの支配者よ。カイン様のことは、マイ・ロードと呼んで、敬いなさい」

「はっ、姫様!」

「これより、忠誠を誓いますマイ・ロード!」


 死霊騎士団が、剣を掲げた最敬礼を俺にしてきた。

 どういうリアクションを返せば良いのか、困って固まってしまう。


「て、敵地でも、こんな豪華な暮らしをしているのか、アンジェラ?」

「当然よ。死霊騎士団には、他にも私の衣装係や、メイク担当もいるわ。いついかなる時も、皇女にふさわしい気品と風格を保っていなければ、お父様の顔に泥を塗ってしまいますもの。お客様をおもてなしするための茶葉は常に用意し、例え戦場にあってもドレスや靴にひとつの汚れも無く、優雅さを保つ。それが、私の信念よ」


 俺たちは、ただただ呆気に取られて立ち尽くした。

 アンジェラはゲームでは敵キャラだったので、その私生活までは知らなかった。


「……という訳で、お気遣いはご無用よフェルナンド子爵様。この場は、アトラス帝国の皇女にふさわしい品格を備えるにいたったわ」

「は、はぁ……」


 まるで家臣に指図するかのように、アンジェラはエドワード殿に、手で下がって良いと促した。

 こんな偉そうな奴隷は、見たことが無い。


「さっ、カイン様、私の向かいに座ってくださいな。セルヴィア様は、ごめんなさい。席はふたつしかありませんの」

「えっ?」


 こ、こんな豪華なテーブルで、陣中食のカチカチのパンとか食べるのか?

 ドス黒い瘴気を放つ死霊騎士団に見守られていると、正直、かなり落ち着かない。


「ヒャッハー! やったぜぇええッ! 俺様も勝利の立役者として、宰相からめちゃくちゃ褒められたぜぇええッ!」


 そこに空気の読めない男──ゴードンが誇らしげにやって来た。

 ありがとうゴードン、助かったぞ。


「しかも、うひゃぁあああッ! カワイイ貴族令嬢たちからも、アンデッドの大軍に立ち向かうなんて、かっこいいですわ! 素敵ですわ! とモテまくり! とうとう俺様の時代が来たぜぇえええッ!」


 俺はアンジェラを無視して、ゴードンに語りかけた。


「ゴードン、明日、王宮でレオン王子も参加する戦勝パーティが開かれるんだろう? そこでセルヴィアは【不死殺しの英雄】の娘、もう偽聖女と言うべきではないという話を、思い切り広めてきてくれ」

「カイン兄様!」


 セルヴィアが感激した声を上げる。


「はっ! わかりました。俺様は勝利の立役者! ヒャハハハハッ! 思い切り自慢しまくってくるぜぇえええッ! いえーい!」

「我が娘、セルヴィアのために心を砕いてくださり、ありがとうございますカイン殿!」


 エドワード殿が俺にひざまずいて臣下の礼を取った。


「改めまして、フェルナンド子爵エドワード。カイン殿を盟主として、従うことをお誓いします。カイン殿が戦をする際は、たとえ敵が王国軍であろうと、アトラス帝国軍であろうと馳せ参じ、お力になる所存!」

「俺様もカイン様に一生ついて行きます! 俺様が生涯、主君として仰ぐのはカイン様だけだぜ! オーチバル伯爵家も好きに使ってください!」


 ゴードンもエドワード殿に倣って、ひざまずいた。


「ああっ! カイン兄様は、事実上、フェルナンド、オーチバルを従えた三家同盟の盟主となられた訳ですね。すばらしいです」


 セルヴィアが感激して手を叩く。

 この三家が手を組むとなれば、王国も帝国も無視できない勢力となるだろう。


「……父上を差し置いて、おかしな気もしますが。わかりました三家同盟の盟主、お引き受けします」


 俺はみんなを見渡して告げた。

 この時の俺は、まったく自覚が無かったが、ここにやがて歴史に名を刻む三家同盟が誕生したのだ。


「あら? カイン様? 私とのお食事は……?」


 ガン無視されたアンジェラは、紅茶を片手に固まっていた。

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