32話。世界征服を目指していると勘違いされる

「この私を奴隷にするですって? 調子に乗らないでちょうだい、剣士風情が。この私を誰だと思っているの?」


 不機嫌そうに鼻を鳴らしたアンジェラの手から、無数の黒い小鳥が飛び立った。


魂魄こんぱくを喰らいなさい【獄炎鳥ごくえんちょう】!」


 それらは、複雑な軌道を描きながら目にも止まらぬ速さで俺に迫る。


「命中すれば、魂を破壊する即死魔法よ。すべてかわせるかしら?」

「なっ、即死魔法ですと!?」

「カイン兄様!」


 ランスロットが度肝を抜かれ、セルヴィアが不安げな悲鳴を上げる。


 これは避けようとしても追尾してくるタイプの高等魔法。アンジェラの奥の手だ。


 だが、【剣術レベル5】の境地に達した俺にとって脅威とは言えない。


【矢弾き】×【剣術レベル5】×【黒月の剣】


 スキル【矢弾き】は、飛び道具を弾く成功率を50%アップする。

 さらに【剣術レベル5】の命中率アップ効果も加算され、飛び道具への剣の命中率は基本値100%となっていた。


 【黒月の剣】の闇属性力は、魔法をも破壊する効果を持つ。

 

「はぁあああああ──ッ!」


 俺は凄まじい勢いで剣を振るい、【獄炎鳥ごくえんちょう】をひとつ残らず叩き斬る。


「……なっ、なんなのあなた? 今度は即死魔法を斬った?」


 アンジェラは戦慄していた。


 魔法を斬ることも非常識だが、仕損じれば即死の状況でやるのも非常識だろう。

 俺も成功率が100%でなければ、こんな危険なマネはしない。


「驚きましたか? カイン兄様には魔法など通用しないのです」


 セルヴィアが腰に手を当ててドヤ顔していた。

 しかし、その額には冷や汗が浮き出ており、内心、かなり心配をかけてしまったようだ。


「くぅうう……ッ!」


 アンジェラは悔しそうに歯軋りした。

 自慢のアンデッドも即死魔法も効かないとなれば、まさに屈辱の極みだろう。


「アンジェラ、大人しく投降してくれないか?」


 アンジェラは、ゲーム本編では敗北を繰り返し、父親に見限られて処刑されてしまう。

 そんな未来は見たくないんだよな。


「俺を主とした奴隷契約を結んで、シュバルツ兵団の一員となってくれるなら、決して悪いようにはしない。お母さんにも、会わせてやる。皇帝に尽くしても破滅しか待っていないぞ?」

「ハハハハッ! 大国の皇女を兵団に加えようなんて、カイン様はすげぇや!」


 死霊騎士団デスナイツと斬り合う俺の兵たちが、さも痛快だとばかりに笑った。


「むっ、女の子を奴隷にするというのは、ちょっとどうかと思いますよ、カイン兄様?」


 うっ、セルヴィアの視線が痛い。


「いや、だって、アンジェラを奴隷にできたら、すさまじい戦力となるだろう? セルヴィアを守るためにも役立つし、なによりボス討伐マラソンができるようになるんだ!」

「私のためですか? でしたら、うれしいのですが……」


 セルヴィアはジト目で俺を見つめる。


「ご心配には及びませんぞ、セルヴィアお嬢様! カイン坊ちゃまに下衆な思惑がないことは、お嬢様が一番ご存知のハズ!」


 ランスロットがデュラハンと激しく斬り結びながら叫んだ。


「……そうですね。一昨日は、私の肌を見ただけで、鼻血を出して倒れてしまいましたし」


 セルヴィアは変な納得の仕方をしていた。


「ふざけないでちょうだい! 私の魔法力は、お母様から受け継いだ特別なモノよ。たかが剣士風情に、この私が敗れるハズがないわ!」


 アンジェラは激怒した。

 

「いかに極めようとも剣には限界があることを教えてあげる。私の【獄炎鳥】の嵐に、どこまで耐えられるかしら?」


 アンジェラは両手で再び【獄炎鳥】を放ってきた。しかも、空を埋め尽くすほどの大群だ。

 魔力をすべて絞り尽くすつもりか。


「みんな巻き添えを喰らうぞ、下がれ!」

「ひゃああああ!? なんて非常識な魔力だぁ!?」


 ゴードンが転がるように逃げ出す。

 俺は飛来する【獄炎鳥】を叩き斬りながら、アンジェラに向かって突進した。

 

 さすが、デュラハンたちを従えているだけあって、アンジェラは剣士の弱点を心得ているな。


 いくら迎撃率100%でも、剣を振る速度に限界がある以上、物量で押し切られたら負ける。

 速攻でアンジェラを捕捉して倒すしかない。


「クスッ。その程度のスピードで、この私を捕らえれるとでも?」


 だが、敵もさるもの。

 アンジェラの敏捷性は俺より高く、近づこうにも、後退されて距離を開けられてしまう。


 アンジェラは【浮遊レビテーション】の魔法を使って重力から自由になっており、まるで翼でも生えているかのような動きだった。


 しかも、アンジェラが召喚した大量の骸骨戦士スケルトンウォリアーによって、俺との間に壁を作られてしまう。


「カイン・シュバルツ、なかなか楽しめたわ。お礼に、あなたを殺して私を守るアンデッドナイトにしてあげる。素敵でしょ?」


 アンジェラは余裕を取り戻して、軽口を叩いた。

 彼女はエルフの族長と皇帝の血を引く、超天才のサラブレッド。自分より強い敵を相手にしたことなど、今まで無かったのだろう。

 それ故の油断と驕りがあった。


「悪いが、俺はセルヴィアのナイトなんでな。暗黒スキル【デス・ブリンガー】!」


 俺はデュラハン・ジェネラルから習得した新スキルを発動した。

 生命力(HP)が半分になる代償と引き換えに剣の攻撃力が5分間、100%上昇する。


 同時にスキル【ジャイアントキリング】の発動条件も満たした。


=================


【ジャイアントキリング】

 レベルが上の敵と戦う際、HPが半分以下になると攻撃力と敏捷性が100%上昇します。


=================


【デス・ブリンガー】×【ジャイアントキリング】


 これによって俺の攻撃力は合算で4倍、敏捷性は2倍にまで上昇する。


「【音速剣】!」


 俺は猛然と踏み込んで、衝撃波をまとった剣の一撃を放った。


 アンジェラを守る骸骨戦士と、空を埋め尽くす【獄炎鳥】が、一気に消し飛ぶ。


 攻撃力を徹底的に高めた上での衝撃波による広範囲攻撃。闇属性力も乗るために、魔法をも破壊できる。今の俺が放てる最強の一撃だ。

 

「なぁッ!?」


 アンジェラは驚愕の表情を浮かべた。とっさにガードするも、専用武器のデスサイズが弾き飛ばされる。


 その隙に、俺は一瞬でアンジェラに肉薄した。彼女の首筋に手刀を叩き込む。

 アンジェラは糸の切れたあやつり人形のように倒れた。

 

 次の瞬間───


「うぉおおおおおッ! カイン様が勝利されたぞぉおおおッ!」


 歓声が大地を震わせた。

 アンジェラが気絶したことにより、死霊騎士団も夜闇に溶けるように消え去った。彼らはアンジェラの召喚に応じて、冥界から馳せ参じていたのだ。


「カイン坊ちゃま! このランスロット、感動、感動いたしましたぞぉおおおッ! 私が伝授した奥義で勝利されるとは! 剣を極めれば魔法をも凌駕する! それを身をもって証明されましたなッ!」


 ランスロットが大泣きしながら拍手していた。

 アンジェラの『剣士ごときが』発言は、ランスロットの心を密かに削っていたようだ。


「カイン兄様!」


 セルヴィアが感極まって俺に抱き着いてきた。彼女は、嬉し涙を浮かべている。


「良かったです。今度こそ、もうダメかと思いました! アンジェラ皇女の最後の攻撃、兄様が今度こそ殺されてしまうかと……ッ!」

「大丈夫だ。セルヴィアをおいて、絶対に死ぬものか」


 俺はセルヴィアの頭を撫でて安心させてやる。


 朝日が上がって、空が白みはじめた。死霊たちが跋扈する闇の時間は、終わりを告げたのだ。


☆☆☆


【ゴードン視点】


「アヒャヒャヒャ! さすがはカイン様、それが真の目的だったのですね?」


 俺様はゴードン。オーチバル伯爵家の次期当主にして、偉大なるカイン・シュバルツ様の右腕だ。


 俺様は気絶したアンジェラ皇女を天幕に運びながら、愉悦に浸っていた。

 やはり貴人のエスコートは、俺様クラスでないと任せられないということだな。ヒャッハー! 気分がいいぜぇ。


「カイン様は、おっしゃられた。『俺の目的は、【世界樹の聖女】セルヴィアを擁して、アルビオン王国に反旗を翻すことです』と! それが本心! そう、カイン様は王を目指されていたのだぁ!」


 ミスリル鉱山を有しているだけでも、やがて王国随一の大貴族になれるだろう。

 それに加えて【世界樹の聖女】セルヴィアを婚約者とし、ご自身も圧倒的な武勇を誇っておられる。


「さらにはアトラス帝国の皇女まで奴隷にするおつもりとは……ッ! もしこれが成功すれば……これは大きい、これは大きいぞ!」


 カイン様の野望は、アルビオン王国の王位に留まらないのかも知れない。


 きっと、アトラス帝国まで征服する策を立てていると考えて間違いないな。


「おっ、おおお! コイツは、俺様がビックになれる大チャンス! ヒャッハー! さっそく今から動かなくちゃな……!」


 現在のカイン様の陣営の中で、カイン様の真意を理解しているのは俺様だけだろう。

 ここで大きく貢献すれば、カイン様が覇者となる世界において、絶大な権力が握れるぞ。


 そうすれば、エリスも俺様に惚れ直して、結婚してくれるに違いない。


 そう思うと、大興奮してきた。


 もうレオン王子になんか尻尾を振る必要はない。カイン様の家臣になれたことは、俺様の人生、最大の幸運だった!


 俺様はカイン様の野望の実現のため、密かに暗躍することに決めたのだった。

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