31話。死の皇女アンジェラから、あなたが欲しいと言われる

「カイン兄様、まずは、この場を切り抜けましょう」


 セルヴィアが手をかざすと、兵たちの足元にも次々に巨大な蓮の葉が出現した。


「よっしゃあッ! これで戦える!」

「セルヴィアお嬢、助かります!」


 これで毒沼に浸かることなく、確かな足場で戦うことできるようになった。

 シュバルツ兵団は喜びに沸き返り、猛反撃に出る。


 骸骨戦士(スケルトンウォリアー)は、次々に撃破されていった。


「セルヴィア、無茶し過ぎだぞ」

「……もう、兄様がそれをおっしゃいますか?」


 セルヴィアは明らかに限界が来ているようで、顔色が悪かった。


「だけど、助かった。これでみんな生きて帰れる」

「はい!」


 ふう、これで一安心と思った時だった。


 戦場に馬蹄の音が轟いた。

 何事かと振り返ると、炎上する死の街から騎馬隊が駆けてきている。


「……あれは、まさか【死霊騎士団(デスナイツ)】!?」


 炎の照り返しを受けるのは、穢れた瘴気をまき散らすアンデッド騎士団だった。


 動く白骨死体の馬【ボーンホース】に乗った【死霊騎士(アンデッドナイト)】、約500騎が押し寄せてきていた。


 奴らは騎士がアンデッド化したBランクモンスターであり、推定レベルは30以上。シュバルツ兵団より、10レベル以上も格上だった。


 しかも先頭で率いているのは、デュラハンだ。


「バカな……な、なんだ、あの騎士団は!?」

「あっ、あぁあああ……も、もうダメだ」

「あんな戦力を隠していたのかよ!?」

「もう虎の子の【回復薬】は使い切ってしまったぞ!?」

「し、死ぬ前に一度で良いから、エリスとキスしたかったぁああああッ!」


 その圧倒的な脅威の前に、さしものランスロットも愕然とした。疲労困憊のシュバルツ兵団に絶望が広がる。


 それで、俺は敵の正体を確信した。


 死霊騎士団を率いる凄腕の【死霊使い】(ネクロマンサー)と言えば、ゲーム後半で対決するあのボスキャラしかないだろう。


 俺は大声を張り上げた。


「……アンジェラ・アトラス皇女殿下! 王国に破壊と騒乱をもたらすのが目的なら、この俺と手を組んだ方が得策ではありませんか!?」 


 敵将を引っ張り出して倒さなければ、もはやこの窮地を切り抜けることは不可能だ。

 【死霊使い】に操られたアンデッドは、【死霊使い】を倒せば活動を停止する。


「アンジェラ・アトラス皇女?」


 セルヴィアが、何のことか分からずキョトンとする。

 それは他のみんなも同じだったが、俺は構わずに敵将に呼びかけた。

 

「俺の目的は、【世界樹の聖女】セルヴィアを擁して、アルビオン王国に反旗を翻すことです! 交渉のテーブルについていただきたい!」


 嘘八百のハッタリだが……さて、これで姿を隠したアンジェラを釣ることができるだろうか?

 俺は固唾を呑んで、結果を待った。


「……驚いたわ。ソレは本気で言っているの?」


 死霊騎士団が、俺たちを蹂躙する直前で停止した。


 おおっ。

 思わず、感動で声を上げそうになってしまった。

 

 目の前の空間がブレて、黒いドレスを着た14歳ほどのあまりに美麗で可憐な少女が現れた。

 死霊騎士団の主、【死の皇女】の異名を持つアンジェラ・アトラスだ。


 実はゲームで、セルヴィアの次に好きなキャラがアンジェラだった。


 とはいえ、今は殺し合いをする相手だ。気を引き締める。


「初めまして、カイン・シュバルツ殿。お噂とは、だいぶ違うお方のようね。私はアトラス帝国の第三皇女アンジェラと申しますわ」


 アンジェラは、スカートの裾を摘んで優雅に一礼した。

 舞踏会にでもやって来たかのような場違いな態度だった。


 シュバルツ兵団のみんなは、唖然としている。


「はじめて御意を得ます、アンジェラ皇女殿下。お会いできて光栄です。アルビオン王国の貴族カイン・シュバルツでございます。今宵の殿下の趣向を凝らしたもてなしには、感じ入りました」


「ふふっ、お楽しみいただけたようで、なによりですわ。ここが舞踏会場なら、思わずダンスを申し込みたくなるような素敵な殿方ね……でも、うえんなのは、嫌いなの。この私を主とした奴隷契約を結ぶというなら、特別に命を助けてあげても良いけど、いかがかしら?」


 いきなり直球で来たな。


「……アトラス帝国の皇女殿下ですと? そのようなお方が、なぜここに?」


 ランスロットの疑問はもっともだった。


「彼女は、庶子だからな。皇族としての地位は名ばかりで、その優れた【死霊使い】としての才能を使って暗躍することを、皇帝から求められているんだ」


 時間稼ぎのために、俺はアンジェラの身の上をしゃべった。

 時間さえ稼げれば、まだ逆転の目はある。

 アンジェラは不機嫌そうに眉根を寄せた。


「……【世界樹の聖女】の存在を秘匿し、手柄を上げるために使っているあなたに野心があることは理解したわ。なるほど、事情通でもあるようね」


 アンジェラの手に、死神が持つような身の丈を超える大鎌──【デスサイズ】が出現する。


 ううーん。美少女がこういう大型武器を手にすると、映えるよな。

 魔法の存在するゲーム世界ならではの光景で、ちょっと感動してしまう。


「まずはひざまずいて、どこで、どうやって私の情報を知ったのか答えなさい。あなたの主となるこの私の命令よ」


 アンジェラは冷たい目で告げた。


 彼女は帝国の破壊工作員として、アルビオン王国に素性を隠して潜り込んでいる。

 その情報が漏れたとなれば、死活問題だろう。

 

「そうですね……裏切り者が、アンジェラ皇女殿下のお近くにいるのかも知れませんね。一度、身辺をきれいになさってみては、いかがでしょうか?」

「……この私を愚弄する気?」


 アンジェラは怒りをあらわにした。

 裏切り者の存在を匂わされたら、心中穏やかではいられないだろう。


 アンジェラは、父親である皇帝に自分の存在価値を認められたくてたまらないキャラだからな。配下に裏切られていたなどとなれば、皇帝より無能の誹りは免れないだろう。

 よし、俺のペースにハマってきたな。


「おいでなさいリーパー!」


 アンジェラの目前の空間が歪み、大鎌を構えた骸骨が出現した。その身体は幽霊のごとく透けている。


「カイン坊ちゃま、アレは剣士の天敵ですぞ!」


 ランスロットが泡を喰って警告してきた。


「ふふふっ、その通り。あなたは剣技に相当、自信があるようだけど、浅はかだったわね。いざとなれば、強引にこの場を切り抜けられるとでも考えているのでしょうけど。剣士であるあなたに、この子は倒せないわ」


 リーパーは物理攻撃の通用しない幽体(アストラル)系のSランクモンスターだ。推定レベルは50。


 ゲームでも苦労させられた相手だ。勇者の使う光魔法以外では、魔法でもろくにダメージを与えられない。


「最後通告よ。ひざまずいて、この私に忠誠を誓いなさい。私の軍団を葬った手腕は見事だったわ。特別に、生きたまま私の騎士となる栄誉を与えてあげる。それとも、アンデッドになりたいかしら?」

「カイン兄様……!」


 セルヴィアが息を飲んで俺を見つめる。


「その前に、ひとつよろしいでしょうか、アンジェラ皇女殿下。あなたの母君は、生きていらっしゃいます。俺はその居場所を知っていますよ」

「な、なんですって……?」


 アンジェラは驚きに口をパクパクさせた。

 ここまで、俺は本来知り得ないアンジェラの情報をペラペラしゃべってきたのだ。デタラメだと一笑に付することはできないだろう。


 これで、アンジェラの気を逸らすことができる。


「平和を愛するエルフの族長である母君が、今の殿下のお姿を見られたら、嘆き悲しむでしょうね」

「あ、あなたどこまで……」


 その時、側面から死霊騎士団に矢が降り注いだ。

 アンジェラは驚いて【デスサイズ】で、身体をガードする。


「カイン殿! フェルナンド子爵エドワード、推参いたしましたぞ!」


 忍び寄って奇襲をしかけたのは、フェルナンド子爵軍の歩兵約500人だった。

 暗闇から一斉に弓矢を放っている。俺はその気配に先ほどから気付いていた。


「フェルナンド子爵軍ですって!? ふんッ、そんな弓矢などで、私の死霊騎士団が倒せるとでも……えっ!?」


 アンジェラが目を剥いた。

 矢を喰らった死霊騎士たちが、苦悶の声を上げている。


 フェルナンド子爵が放っているのは、毒矢ならぬ回復矢だった。矢尻にタップリと【回復薬(ポーション)】の薬液を塗った、アンデッド対策用の矢だ。


「効いているぞ! さすがは、カイン様の考案された武器だ!」


 フェルナンド子爵軍が歓声を上げる。

 俺はエドワード殿には、できれば前線に立って欲しくなかったのだが……


 エドワード殿は万が一、俺たちが劣勢に追い込まれたら、必ず救援に駆けつけると約束してくれていた。

 それ故、俺はアンジェラと交渉するフリをして、時間稼ぎに徹していたのだ。


「今度は、我らがカイン殿を助ける番だ! フェルナンドの誇りを見せてやろうぞ!」

「はっ!」

「お父様、ありがとうございます!」


 セルヴィアが歓呼の声を上げた。


「みんな、まだ戦いは終わっていないぞ、奮い起て!」

 

 檄を飛ばすと、シュバルツ兵団が士気を取り戻した。


「ははっ! あのデュラハンの相手は、このランスロットめにお任せあれ!」

「生き残れる!? 俺様、もしかして生き残れる!? ヒャッハー! こうなりゃ、残りの魔力を振り絞るぜぇえええッ!」

「これが最後の力です。【アルビドゥス・ファイヤー】!」

「うぉおおおおっ、シュバルツ兵団、突撃だ!」


 俺の兵たちが、死霊騎士団に最後の攻撃を仕掛けた。


 奴らも、火攻めでダメージを受けているハズ。しかもフェルナンド子爵軍との挟撃だ。これなら、勝ち目はある。


「姫、お下がりを……ッ!」


 デュラハンが、アンジェラを庇って前に出ようとする。


「ガウェイン。この私が、剣士ごときに遅れを取るとでも? あなたは、ランスロットの相手をしなさい。伝説の騎士とまで謳われた男、相手にとって不足はないでしょう?」

「はは……っ!」


 どうやらアンジェラを挑発したかいがあったようだ。

 アンジェラは、自らの手で俺を殺すことにこだわってくれた。


 彼女の異名にもなっているユニークスキル【死の皇女】は、殺した相手を自動的にアンデッド化して従えることができるというものだ。


「あなたが俄然、欲しくなったわカイン・シュバルツ、【冥火連弾(ヘルファイア)】!」


 アンジェラの周囲に、黒い火球がいくつも浮かんで、一斉に俺に押し寄せてきた。それは生命を蝕む呪いの炎だ。

 俺は地面を蹴って、【冥火連弾(ヘルファイア)】を全弾回避する。


「お行きなさい、リーパー!」


 さらに大鎌を振りかざした死神リーパーが襲いかかってきた。

 だが、今の俺には【アンデッドバスター】のスキルがある。


「ギャアアア!?」

「なっ!?」


 リーパーは俺の剣に縦に裂かれて、絶叫と共に消滅した。

 【アンデッドバスター】のスキルは、アンデッドの持つすべての耐性とスキルを無効化できる。つまり、【物理攻撃無効化】というリーパーの耐性も無効化できるのだ。


「ま、まさか、剣でリーパーを斬り裂いた……?」


 アンジェラは信じられないといった面持ちで、俺を見つめた。


「悪いがアンジェラ。負けて奴隷となるのは、お前の方だ! 俺もお前が欲しい!」


『リーパーを倒しました! レベルが48に上がりました!』

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