24話。フェルナンド子爵を間一髪、助ける

「な、なんだ貴様らは……!? どこの兵だ!?」

「我らはオーチバル伯爵家の兵だ! 王都近郊を荒らし回る不埒なるアンデッドどもを討伐するためオーチバル伯爵様は名乗りを上げてくださったのだ! そうですよね、ゴードン様!」


 ここは王都に向かう途中の関所だ。足止めを喰らった俺は、高らかに宣言した。

 オーチバル伯爵家の兵に偽装したシュバルツ兵団は、全員馬に乗って、全速力で王都を目指していた。


 俺は兜を被って顔を隠していた。これなら、まず正体はバレないだろう。


「そ、そそその通りだ! この俺様は伯爵令息ゴードン・オーチバルであるぞ!」


 ゴードンはヤケクソ気味に名乗りを上げた。


「その鷹のエンブレムは、まさしくオーチバル伯爵の家紋!?」

「そ、そんな話は聞いておりませんが!? 確かアンデッド討伐の勅命が下ったのは、フェルナンド子爵だとお聞きしましたが? オーチバル伯爵がなぜ……?」


 関所の守備兵たちは困惑していた。

 他領の軍が通過するなら、事前に話が通っているのが、当たり前だからだ。


 俺は大義を持ち出して、突破することにする。


「なぜ? なぜとは異なことを申される! 騎士道精神に溢れたゴードン様は、弱き民がアンデッドどもに蹂躙されるのを見るにみかねて、フェルナンド子爵への援軍に立たれたのだ! コレを阻むとは、国を民を見捨てることと同意義である! そうですよね、ゴードン様!?」

「そ、その通りであるぞぉおおおおッ! わかったら、さっさと門を開けて、俺様たちを通せ! 事は一刻を争うのだぞ!?」


 ゴードンはもはや半泣き状態だった。

 これでレオン王子から敵視されること確実だからな。


「おおっ! こ、これは失礼しましたぁ!」


 関所の鉄門が軋みを上げて開く。

 やはりな……俺は、密かにほくそ笑んだ。


 レオン王子は貴族らには、フェルナンド子爵を見殺しにせよと密命を下していたが、末端の兵にまで、その事情は伝わっていないようだった。


 私怨晴らしのために、家臣を殺そうとしているなんて、おおっぴらにはできない話だからな。


「感激しました! 王国政府は──レオン王子は何もしないというのに……ゴードン様こそ、まことの貴族、真の騎士でございます!」

「その気高きお志に、感銘を受けました!」


 俺たちが門を通過しようとすると、守備兵らが最敬礼を送ってきた。


「い、いや、俺様など! 真にその賞賛を受け取るべきは、俺様の友であるカイン・シュバルツ殿だぁ! 俺様など、あのお方の足元にも及ばない。俺様の噂など、するなぁああああッ!」


 ゴードンは絶叫した。


「おおっ、ゴードン様ほどのお方に、そこまで言われるとは! 噂には聞こえておりましたが、カイン様も素晴らしいお方なのですね!」

「お、おい……ッ!」


 俺はゴードンに馬を寄せて、『黙れ』のサインを送った。

 なぜ、ここで俺の名前を出すんだ。少しでも責任回避をしたいということか?


 関所を通過した後で、釘を刺しておく。

 

「ゴードン、うかつなことは言うな。お前の背後に、俺がいると思われるとマズイ。この遠征中は、二度と俺の名前を口にするな。いいな?」

「は、はぃいいいい! 申し訳ありません!」

「配下相手に頭を下げるな。俺は今は、お前の配下なんだぞ?」


 これじゃ、先が思いやられるな。

 道中、ちゃんと教育して、ボロを出さないようにしておかなくちゃいけない。


「さすがはカイン坊ちゃまです! 見事、ここの関所も通過できましたな! このランスロット、感服いたしましたぞぉおおおッ!」

「はい、カイン兄様は、話術にも長けておいでなのですね! すごいです!」


 ランスロットとセルヴィアが絶賛してくる。


「いや、単にレオン王子の弱みを突いただけなんだが……」

 

 危険極まりないアンデッド軍団を放置するなど、末端の兵士たちは苦々しく思っているハズだと考えていた。

 

 あの王子は、ゲーム本編では国王になっていたが、悪政を敷いてとにかく人望が無かったからな。


「おおっ、敵の弱点を突くことこそ、まさに兵法の極意!」

「さすがはカイン兄様です!」

「そ、そうかな……」

 

 兵法とか言われても、主に対戦ゲームで学んだやり方なので、むず痒い。

 対戦ゲームでは、相手の弱点を突くように立ち回ると勝てたんだ。

 

 2日後、俺たちは近道のため深い森へと入った。本来なら、魔物の巣窟である森を通過するのは危険なのだが、こちらには【世界樹の聖女】セルヴィアがいる。


 木の精霊と会話できるセルヴィアがいれば、魔物と遭遇せずに、森を抜けることができた。


 ここを突破すれば、目指す王都近郊だ。かなり良いペースで進んできているぞ。


 しかし、ゲームと違って、アルビオン王国は結構栄えているな。

 ゲームでは辺境から王都までの道中には、廃墟や廃村が目立ったんだが……


 国王となったレオン王子の悪政が、それだけひどかったということか?


 俺は馬を飛ばしながら、微妙な違和感を覚えていた。

 ……もしかすると、ゲーム本編開始前に俺の知らない何かが、あったとか?


「あっ……カイン兄様。木の精霊が教えてくれました。この森を抜けたあたりに、お父様が陣を敷いているそうです」


 セルヴィアが馬を寄せて、俺に教えてくれた。


「よし、わかった。急いでフェルナンド子爵と合流しよう! 案内してくれ」

「はい兄様、こちらです」


 セルヴィアを先頭にして、森の中を馬で疾走する。

 やがて、日没に差し掛かかり、もう少しで森を抜けるという頃だった。セルヴィアが切迫した声を上げた。


「カイン兄様! お父様の陣が、アンデッドの大軍に襲われているようです。敵の数は……お、およそ6000です!」

「6000だとぉおおおッ!?」


 ゴードンがビビりまくる。

 俺たちの兵数のおよそ60倍という、とんでもない数だ。フェルナンド子爵軍は約1000人。まともにやり合えば、勝ち目ない。


「って、セルヴィア、火属性魔法しか使えないと思ったら【遠見の魔法】も使えたのかぁ!?」


 ゴードンにはセルヴィアが【世界樹の聖女】だとは教えていなかったので、的外れな質問をしていた。

 俺は無視して、号令をかける。


「くっ……間に合うかギリギリだな。みんな急げ!」

「はっ!」


 やがて、剣を激しく打ち鳴らす剣戟音と、怒号と悲鳴が聞こえてきた。


「えっ!? 敵にSランクモンスター、デュラハンがいるようです!」

「Sランク!? ぎゃああああ、そんなの絶対無理! お家に帰るぅううううッ!」


 セルヴィアの悲痛な声に、ゴードンが半泣きになる。

 Sランクモンスターは確かに脅威だが、今の俺なら倒せない相手ではない。

 俺は激を飛ばした。

 

「うろたえるな! Sランクモンスターは、この俺が倒す! シュバルツ兵団、全軍突撃! 俺に続けぇええええッ!」

「はっ! 者共、今こそ我らの力を見せる時! 突撃陣【鋒矢】!」

「はっ!」


 俺とランスロットが馬の腹を蹴って、最大速度で爆走する。その後ろを、100名のシュバルツ兵団が続いた。


 やがて森が切れると、大津波のようなスケルトンの群れに蹂躙されるフェルナンド子爵軍が見えた。


 アンデッドの恐ろしさは、この数の暴力だ。アンデッドに殺された者はアンデッドになるため、数の差で押し潰されることになる。


 敵の先頭に、ドス黒い瘴気を放つアンデッドがいた。首無し騎士のデュラハンだ。

 最強格のアンデッド。Sランクモンスターであり、推定レベルは50と俺よりはるかに格上だ。


 ソイツと剣を交えているのは、もはや満身創痍のフェルナンド子爵だった。息も絶え絶えになりながら、なんとかデュラハンの猛攻をしのいでいる。


「お父様ぁあああああッ!」


 セルヴィアが絶叫を上げた。

 

 俺は薬師のリルに開発してもらった毒薬を懐から取り出して飲んだ。

 HP(生命力)を正確に半分に減らすように調整された毒薬だ。


「ぐぅっ……!?」


 耐え難い苦痛を覚えるが、この瞬間、俺の【ジャイアントキリング】のスキルが発動する。


=================


【ジャイアントキリング】

 レベルが上の敵と戦う際、HPが半分以下になると攻撃力と敏捷性が100%上昇します。


=================


「間に合えぇええええッ!」


 俺は馬の鞍を蹴って跳躍し、敵の群れを一気に飛び越える。

 【ジャイアントキリング】による敏捷性の強化と、鍛え上げた脚力が功を奏した。着地と同時に邪魔する者を、ことごとく蹴散らして爆走する。


 デュラハンが地面に倒れたフェルナンド子爵に、今まさにトドメを刺そうと剣を振り上げた。


「させるかぁあああああッ!」


 俺は間一髪、その間に割って入り、デュラハンの大剣を受け止めた。すさまじい衝撃に、腕の骨が軋む。


「その声、き、貴殿はまさか……カイン殿か!?」

「はい! フェルナンド子爵エドワード殿、カイン・シュバルツ、援軍に参上しました!」


 その一言に壊滅寸前だったフェルナンド子爵軍から大歓声が上がった。

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