23話。兵団にミスリルの剣を配備し出陣する

「オーチバル伯爵家の次期当主ゴードン、お召しにより参上いたしました! うぉっ!? 一体、何をされているのですか、カイン様!?」


 ゴードンが早馬に乗ってやって来た。

 ここはシュバルツ伯爵家の屋敷に併設された練兵場だ。


 ゴードンは俺が集めた職人が、鎧にオーチバル伯爵家の家紋を彫っているのを見て、目を白黒させている。


「お前ら、急げぇえええッ! 俺たちの英雄である若様に、今こそご恩返しするんだ!」

「へい! お頭ぁあああッ!」

「カイン様のために、今日中に全部、終わらせてみせますぜぇ!」


 ありがたいことに職人たちは、俺のために喜んで働いてくれていた。急ピッチで作業が進んでいる。


「見ての通り、俺の配下──シュバルツ兵団をオーチバル伯爵家の兵に見せるための偽装工作をしているんだが?」


 俺はゴードンに向き直って説明した。


「はぁ……? いや、何でですか?」

「もちろん、セルヴィアの父君、フェルナンド子爵を助けに行くために決まっているじゃないか? シュバルツ伯爵家は、レオン王子の命令で動けないからな。オーチバル伯爵家の兵だと偽って、俺の兵団を動かすんだ」

「はぁああああああッ!? そ、そんなことをしたら、オーチバル伯爵家は、レオン王子に逆らったことになって、最悪、取り潰しにぃいいい!?」


 ゴードンは絞め殺される鶏のような奇声を発した。


「それは大丈夫だ。『オーチバル伯爵家の長男ゴードンは、アルビオン王国に仇なす魔物討伐に名乗りを上げた!』と大義名分を掲げれば、お家取り潰しなんて無体なマネをすることは、さすがにできないだろう? 王国のために正しいことをしているんだし、お前は当主じゃないからな」


 なにより貴族家を取り潰す決定権を握っている国王は、今、病床にある。

 それ故に、王太子であるレオン王子が好き放題できている訳だが、国王を差し置いて、そこまでのマネはできないだろう。


「い、いや、しかし……!」

「もちろん、レオン王子はゴードンを敵認定して、暗殺者くらいは差し向けてくるだろうけどな」

「暗殺者って、そんな嫌だぁあああああッ!?」

「大丈夫だ。俺の兵団から護衛を何人か出すから安心してくれ」


 俺はゴードンの肩を軽く叩いた。俺としてもゴードンを殺されては困る。

 ゴードンにはこれからも役に立ってもらいたいからな。


「全然、安心できなぃいいいい! 俺様は次期国王であるレオン王子の敵になってしまぅうううううッ!?」


 ゴードンは頭を抱えて、のた打ち回る。

 と言っても、ゴードンは俺の奴隷なので、俺の命令を拒否することはできない。


「心配するな。そうなっても、俺がちゃんと守ってやるから。それに、ゴードンは英雄的な行動に出るんだ。エリス姉上も、ゴードンを見直すかも知れないぞ」

「エ、エリスが……」


 ゴードンはエリス姉上に惚れているので、それを持ち出して、機嫌を取ってみる。

 俺に絶対服従とはいえ、ゴードンにはそれなりにやる気になってもらわないと困るからな。


「俺とセルヴィアも、ゴードンの配下に変装して、フェルナンド子爵の援軍に向かう。形式上、ゴードンには俺たちの指揮官になってもらう。そうすれば偽装工作は完璧だろう? 成功すれば、ゴードン。お前は一躍、英雄になれるぞ!」

「さすがカイン兄様の立てた作戦に、抜かりはありませんね。よろしくお願いします、ゴードン」


 セルヴィアが硬い表情で頭を下げた。

 彼女にとっては父親の命がかかっているため、気が気じゃない様子だった。


「ぐっ……え、英雄か。悪くない響きだな。それならエリスも俺様を見直して。ゴードン様、好き! なんてことに。くふふっ、なら前向きに考えないこともないが……ぶつぶつ」


 ゴードンがおめでたい思考の持ち主でよかった。

 天地がひっくり返ってもエリス姉上が、ゴードンに好意を持つことはあり得ないけどな。


「あっ、いや、しかし! 王都近郊に現れたアンデッド軍団は、1万近くにものぼる数に膨れ上がっているとか!?」


 だが、ゴードンはすぐに顔面蒼白になった。


「シュバルツ兵団はたったの100人あまり。しかも、ちょっと前まで、ヒャッハー! とか叫んで民を襲っていた雑魚っぽい連中ですよ!? ホントに太刀打ちできるんですかぁああッ!? フェルナンド子爵の兵力なんて、せいぜい1000人くらいでしょう!? 嫌だぁああああ! お、俺様は、まだ死にたくなぃいいいいッ!」

「むっ……」


 ゴードンの指摘に、セルヴィアが顔をしかめる。

 兵力差がいかんともしがたいことは、セルヴィアも理解しているようだった。


「大丈夫だ。それは……」

「カイン坊ちゃま! ミスリルの剣100本がご用意できましたぞ!」


 ランスロットが御者を務める荷馬車が、練兵場に入ってきた。

 その積み荷は父上が、鍛冶師に命じて秘密裏に製作させていたミスリルの剣だ。


「なにぃいいい!? ミスリルの剣が100本だと!?」


 ゴードンが飛び上がって驚く。


「これがシュバルツ伯爵家の切り札だ。強力なミスリルの剣を兵団全員が装備すれば、たいていの魔物は恐れるに足らない。数の不利を補える」

「すごいです。すでにこれ程の数が完成していたのですね」


 セルヴィアが瞳を輝かせる。


「はっ! セルヴィアお嬢様。まだ剣しか用意できておりませぬが、いずれミスリルの鎧、兜も製作して、カイン坊ちゃまの兵団に配備する予定でございます。ああっ、楽しみでございますな!」


 ランスロットが恍惚とした表情をしていた。


「こ、こんな強力な武器を装備した兵団なんて……それこそ、アトラス帝国の皇帝親衛隊くらいなものじゃないか!?」


 ゴードンが圧倒されたように仰け反った。

 王国最強の兵団は近衛騎士団だが、武器の面ではすでに俺たちが上回っていると言える。


 希少なミスリルの剣を、大人数に配備するには莫大な資金が必要になる。王家といえど、そうそうできることじゃない。


「一体、どうやってこれ程の数のミスリルの剣を!? し、しかも、いずれ兵の全身をミスリル装備で固めるって……い、いや、これはシュバルツ伯爵家を敵に回さなくて良かったぁあああッ!」

「その上、ミスリルの剣の性能を存分に引き出すことができるように、シュバルツ兵団は全員がスキル【剣術レベル2】を習得しているんだ」

「はっ! ご安心くだされゴードン殿。このランスロットめが、2ヶ月間、ビシビシ鍛えました故に、シュバルツ兵団の実力は折り紙付きでございます!」

「なにぃ!? ランスロットが!?」

「クククッ、脱走せず、何でも言うこと聞く奴隷とは実に素晴らしいですな。死ぬギリギリまで追い込むことができましたぞ。まさに理想の兵! 理想の軍であります!」


 ランスロットが凄絶な笑みを浮かべた。

 正直、ちょっとおっかない。


「こ、これがカイン兄様が思い描いていた理想の兵団の形なのですね」


 セルヴィアが感嘆の吐息を吐いた。


「まだ、その雛形だけどな」


 俺は頬を掻く。

 

「カインよ。準備は進んでおるようだな!」


 父上が練兵場にやってきた。そして、一振りの剣を俺に差し出す。


「この剣は、お前のための特注品だ。お前の身を守ってくれるだろう。持って行くが良い」

「これは……ありがとうございます、父上!」


 まさか、こんな餞別をもらえるとは思わなかった。

 俺は鞘から剣を抜き出して見つめる。


 磨き抜かれた刀身は、鏡のように俺の顔を映し出した。

 思わず見惚れてしまうような美しさだ。

 

「気に入ってくれたか? これは、ただのミスリルの剣ではない。攻撃力が10%上昇する【攻撃力+10】の加護が付与(エンチャント)されておるのだ」

「ホントですか!?」

 

 これは俺のスキル【剣術レベル4】といった攻撃力上昇スキルと効果が重複するため、非常に有用だった。


 この【攻撃力+10】の付与には高価な素材を大量に必要とする。

 父上はかなり奮発してくれたみたいだ。ありがたいな。


「元々、このワシの護衛のため、ランスロット専用に作らせていた剣なのだが……両家の、いやこの国の命運はお前の双肩にかかっておる。お前が持つにふさわしいだろう」

「おおっ、これは見事な剣でございますな! これほどの業物には、滅多にお目にかかれませんぞ!」


 武器に目が無いランスロットが絶賛する。

 頼もしい相棒だ。コイツの性能は、ゲーム後半でも十分通用する域に達しているぞ。


「カインよ。セルヴィアと共に必ず生きて帰れ。ワシとエリスは、お前の帰りを待っておる」


 父上は別れを惜しむかのように、俺の手を固く握りしめた。俺はその手を握り返す。


「父上、ありがとうございます」

「カイィィィィン! リルとアッシュが、大量の【強化回復薬】(エクスポーション)を用意してくれたわ! これで、絶対に生きて帰るのよぉおおおッ!」


 さらに荷馬車が練兵場に突入してくる。そこに乗っていたエリス姉上が飛び降りてきて、俺に抱き着いた。


「うぁッ!? は、はいエリス姉上、もちろんです!」

「カイン様ッ! 四肢の欠損も一瞬で回復できるくらい最高の【強化回復薬】ですぅ!」

「リル、グッジョブです。さすがは、私の【薬師】の先生ですね!」


 薬師少女リルも荷馬車から降りてきて、サムズアップした。

 セルヴィアもサムズアップを返す。


 セルヴィアの【薬師】スキルは、リルの指導のおかげで、【薬師レベル2】にランクアップしていた。


 俺もリルに師事して【薬師レベル1】を習得している。

 これは、なかなかの便利スキルなのだ。


「そ、それと、かなり調整が難しかったですが、ご要望されていた毒薬の開発にも成功しましたぁ! 私と弟と合作です!」

「ついにできたのか!? ありがたい! これで俺の【格上殺しビルド】が完成する!」

「カイン兄様、かなり調整が難しい毒薬というと、あの薬の改良版ですか!?」

「あ、あの薬じゃない!」


 セルヴィアが声を弾ませて、ヤバい話題を振ってきたので慌てて否定する。

 婚約者の父親に会いに行くのに、【服を絶妙に溶かす薬・改良版】なんて変態アイテムを持っていける訳がないでしょうが!


 ともあれ、これで切り札も用意できた。

 待ち構えているのが何者であれ、撃破できるハズだ。

 俺は意気揚々と告げる。

 

「よし、準備ができしだい、さっそく王都近郊に向かって出陣だ!」

「はっ! このランスロットめもお供いたします。露払いはお任せあれ!」


 ランスロットが腰を折る。

 この辺境から王都までは、どんなに馬で急いでも10日あまりかかった。


 なるべく早く到着して、アンデッドの討伐を開始しなければ、敵が今以上に増えてしまうだろう。


 それにもう、セルヴィアの父親であるフェルナンド子爵は兵を率いて出発したとの知らせが入った。

 早めに合流して、フェルナンド子爵を援護しなければならない。


「おおっ! ランスロットも参戦するのか!? 大量の【強化回復薬】だと!? アヒャヒャヒャヒャ! すごい! これなら勝てる。死ななくて済むぞぉおおおッ!」


 安心したゴードンが馬鹿笑いをしていた。

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