19話。ゲス貴族ゴードンを返り討ちにする

『剣術スキルの熟練度を獲得しました。

 剣術スキルがレベル4に上昇しました!

 剣技の命中率と攻撃力が40%上昇します』


 俺の頭の中に、システムボイスが鳴り響いた。


 高ランクの魔物討伐を繰り返したことに加えて、初の対人集団戦を経験したことで、俺の剣術は一段階上の領域に到達できたのだ。


「アヒャヒャヒャ! お前があのカインとは驚いたが……甘い甘いぜぇええ! 【倍速強化(ヘイスト)】【対火属性魔法(レジストファイヤー)】!」


 ゴードンは嘲笑を浮かべながら、速度強化と火属性魔法の耐性を上げるバフ魔法を手下どもにかけた。


「これほどの人数に、一斉にバフをかけるとは……天才魔法使いを名乗るのも自惚れじゃなさそうだな」


 これには、いささか驚いた。

 ゴードンはゲーム本編に未登場だったが、かなりの魔法の使い手のようだな。


「ヒャッハー! 当然だ! おい、お前らエリスを人質に取れ! それで、カインとセルヴィアがいくら強くても終わる!」

「へいッ!」


 荒くれ者たちが口の端を吊り上げる。

 バフ魔法で強化されて、気持ちが大きくなっているらしい。


「させません。エリス姉様は私が守ります」

「セルヴィア! あ、ありがとう!」


 セルヴィアがエリス姉上の前に、毅然と立つ。


「アヒャヒャヒャヒャ! バカが! お前はどう考えても火属性魔法特化型だろう? なら【対火属性魔法(レジストファイヤー)】の魔法をかければお前なんぞ、ただの雑魚だぁああああッ!」

「いや、そんなことはないんだけどな……」


 いきり立つゴードンに、俺はツッコミを入れた。

 セルヴィアの【アルビドゥス・ファイヤー】は、厳密には魔法ではないため魔法防御系の魔法では防げないのだ。


 ただ、火力の高さと制御の難しさが災いして、人間相手にはおいそれと使えなかった。下手をすると、こいつらを殺してしまう。


 そのことはセルヴィアも理解しているため、難しい顔をしていた。


「手を出さなくて大丈夫だセルヴィア。今回は助っ人を連れてきている」

「えっ……?」

「カイン坊ちゃま! ランスロット、ただいま参上いたしましたぞ!」


 荒くれ者どもの頭上を跳び越して、燕尾服姿のランスロットが降り立った。


 ランスロットは、エリス姉上に襲いかかろうと雑魚どもを一瞬で叩きのめした。

 その手には、幅広の騎士剣が握られていた。本来は馬上で扱い、鎧ごと敵を叩き潰すための大剣だ。


「ランスロット! ふたりを護衛してくれ。俺はゴードンを叩き潰す!」

「はっ! お任せあれ! ふっ、それにしても……カイン坊ちゃまの脚力には、まったく驚かされますな。この私が置いていかれるとは!」


 俺はランスロットに大幅に先行して、ここにやって来た。

 毎日走り込みを続けた結果、俺の足は全速力の馬車にだって追いつける速さになっていた。

 

 剣術の才能もそうだが、この身体のポテンシャルの高さには、あ然とする。

 努力すればするほど、俺の身体は応えてくれる。


「毎日、カイン坊ちゃまが、なぜ20キロ近くも走り込まれるのか。ようやく合点がいきました……剣士にとって、速度とはすなわち命。剣術とは突き詰めれば、いかに相手より先に刃を届かせるかに終始します。そのためには、足腰を鍛えることこそ肝要……そのための修行だったわけですな?」

「いや、敵から逃げるのが目的だったんだが……」


 脚力の上昇という成果が出るのがおもしろくて。姉上とセルヴィアに応援されるのが気分が良くて、ついつい毎日、過剰に走ってしまっていた。


 気付けば俺は、毎日20キロ近くも走っていたのか……

 これではエリス姉上が、途中で俺の早朝マラソンに付いて来れなくなったのも、無理はない。


 セルヴィアだけは、毎日、ゼーゼー言いながら、未だに付き合ってくれていた。


「ご謙遜を! このランスロット、感服つかまつりました!」


 ランスロットは実直に腰を折る。


「なにぃ!? ちょ、ちょっと待て、ランスロットだと? ま、まさか元近衛騎士団、副団長の!?」

「あの王国最強の名を欲しいままにした伝説の騎士ランスロットですかい!?」


 ゴードンたちはランスロットの正体を知って、恐れおののいた。


「お、俺様は父上からランスロットだけは敵に回すなと言われてきた。奴がいないことを確認して、襲撃したっていうのに……ッ!」


 唇を噛んで、ゴードンは悔しそうにランスロットを睨みつける。


「ふっ、私など。真に強い男は、カイン坊ちゃまです。愛する者を守るためにどこまでも努力し、強くなる。まさしく理想なる騎士道の体現者ぁあああああッ!」

「なにっ!? ま、まさかランスロットにここまで言わせるとは……ッ!?」


 俺は別に騎士道になど興味はないのだが……ランスロットに言わせると俺は理想の騎士らしい。


「我が忠誠はカイン坊ちゃまに捧げております。カイン坊ちゃまより『お二人を守れ』と命じられたからには、騎士としてたとえ命尽き果てようとも、その使命をまっとうする所存。このランスロットの剣を恐れぬなら、かかってくるが良い!」


 剣を構えたランスロットから、鬼気迫るオーラが放たれた。ドン! と、その身が何倍も巨大になったような威圧感を受ける。


「ひゃぁああああッ! こんなの聞いてねぇぞ!」

「俺たちは楽に大金が稼げると聞いて、来ただけだ!」


 荒くれ者たちは怖気付き、数人が我先へと逃げ出した。


「おい、お前たちはシュバルツ伯爵領で、さんざん略奪行為を繰り返してきた山賊だろ? 逃がすと思っているのかッ!?」


 俺は逃げた男たちを追いかけて、剣で容赦なくぶっ叩いた。何度も素振りをして鍛えた【真向斬り】だ。

 使っているのは練習用の模造刀だから死ぬことはないが、奴らは一撃で昏倒する。


 こいつらは、セルヴィアとエリス姉上を暴行した上で奴隷にするなどと言っていた。だったら、容赦する必要など微塵もない。

 それに……


 ゲームではエリス姉上は存在していなかった。もしかするとゲームの世界では、エリス姉上はこいつらに拉致されたのかも知れない。


 その悲劇が、元々性根の曲がっていたカインをさらなる極悪人にするきっかけになったのかもな。


「ちくしょうぉおおおおッ! お前ら逃げるな! 俺様を守れ! ソイツを、カイン・シュバルツを倒した者には、金貨10枚のボーナスをやるぞ! 押し包んで殺れぇえええッ!」


 ゴードンが半狂乱になって叫ぶ。

 何人かが士気を取り戻して俺を取り囲もうとするが……動きが遅い。【倍速強化(ヘイスト)】のバフ魔法でスピードが上昇していたが、無駄な動作が多すぎる。


 俺は囲まれる前に、ソイツらを一撃で全員仕留めた。

 ドサッと一気に5人の男が地面に崩れる。


 ユニークスキル【黒月の剣】による闇属性力の追加ダメージは、発生させないようにしていた。


 もしこれを発動させれば、確実にこいつらの命を奪ってしまう。こいつらは、生かして罪の償いをさせねばならない。


「お見事! さすがはカイン坊ちゃまです」

「すごいわカイン! あなたって、こんなに強くなっていたのね! カッコイイ!」


 エリス姉上が声援を送ってくれる。

 そうエリス姉上は、いつだって俺を応援してくれていた。母上を早くに亡くした俺の母親代わりになってくれた。


 エリス姉上を傷つけるような奴は、誰だろうと許さない。


「ちくしょうぉおおおおおッ! 【ファイヤーボール】!」


 ゴードンが火の魔法を連続で放ってくる。

 避ければ、エリス姉上に直撃するコースだ。

 これなら俺が逃げられないと思ったのだろうが、甘いな。


「はぁああああああ──ッ!」


 俺は飛来してきた【ファイヤーボール】を剣ですべて叩き斬った。

 本来、魔法を斬ることはできないが、【黒月の剣】による闇属性力は、魔法をも蝕んで消滅させる。


「はぁああッ!? お、俺様の【ファイヤーボール】が無効化されだとッ!? なんだそれは!?」

「これがカイン兄様のユニークスキル【黒月の剣】の効果です。兄様に魔法攻撃は通用しません」


 得意満面で解説するセルヴィアに、ゴードンは目を剝いた。


「ん、んな話は聞いてねぇぞ!?」

「左様。スキル【矢弾き】と【黒月の剣】の組み合わせにより、飛び道具も魔法も通じない。カイン坊ちゃまに勝つには、接近戦で競り勝つしか無いということです。それはこの私でも、骨が折れますがな」


 ランスロットの一言は、ゴードンとその手下どもを恐慌状態に陥れた。


「な、なんで貴族のボンボンがこんなに強いんだぁ!?」

「有りぇねだろうぉおお!?」

「ま、待て降参、ぎゃぁああああッ!」


 ふざけたことを抜かした者もいたが、俺は問答無用で次々に打ち倒していく。

 ひとりも逃がすつもりは無い。脚力を活かし、背を向けた者から、優先して叩きのめした。


「ひゃぁああああッ! お、俺様を傷つけたりしたら、お前がレオン王子の命令を無視したことを王家に告げ口してやるぞぉおおお! そしたら、お前ら全員、破滅……ッ!」

「そんなことを許す思うか?」


 俺は喚き散らすゴードンの足を叩いて、骨を砕いた。これでコイツは逃げられない。


「ひぎゃぁああああッ! 痛い、痛いよママぁあ! 父上にもぶれたこと無いのに!?」


 気づけば俺の周りには、100名近い荒くれ者たちが倒れていた。こいつら歯応えが無さすぎるな。


「よし、ランスロット。商人から買い取った例のモノを」

「はっ!」


 ランスロットが鞄から、スクロールを取り出す。


「そ、それは【奴隷契約のスクロール】!? ま、まさかお前……俺様を奴隷にぃいいいッ!?」


 ゴードンの顔が、絶望に歪んだ。

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