18話。ゲス貴族からエリス姉上の窮地を救う

【姉エリス視点】


 その時、突然の爆音と共に馬車が横転した。

 馬が悲痛にいななきに、すさまじい衝撃と激痛が襲う。


「きゃぁあああ!? な、なにッ!?」


 乗客を保護する防御魔法がかかっていなかったら、大怪我をしていたわ。

 何が起こったか確認すべく、私は慌てて馬車から這い出す。


「ヒャッハー! エリス、よくもこの俺様の求婚を断ってくれたなぁあああッ!? 俺様がせっかく好きになってやったてのによぉおおおおッ!?」


 すると怒り狂った少年貴族が、大勢を従えて仁王立ちしていた。


「あなたはゴードン!? まさか今のは、あなたの仕業なの!?」


 ゴードンは隣の領主オーチバル伯爵の長男よ。

 「ああっ、エリス。お前は美しいぃいいッ!』とか言って、私に求婚してきたのだけどタイプではなかったので、そっこうで断った。


 それがなぜか、100名近くはいるであろうガラの悪い男たちを従えて、私を威圧的に包囲している。

 

「アヒャヒャヒャ、その通りだぜ! 魔法の天才であるこの俺様がタイプじゃないだと!? ちょっとカワイイからって調子に乗りやがってよ! だから、山賊どもを雇って思い知らせに来てやったぜ! どうだ俺様の偉大さが少しは理解できたかぁああああッ!?」

「ゴードン、こんなことしてバカじゃないの!? 私のお父様が黙っていないわ。シュバルツ伯爵家と戦争になるわよ!?」

「ならねぇーよ。目撃者はすべて始末して、お前は奴隷商人に売り払ってやるんだからなぁあああッ!」


 コ、コイツ、本気なの?

 私は血走った目をしたゴードンに恐怖を感じた。


「エリスお嬢様、お逃げ、ぎゃぁあああ!?」


 護衛の兵や御者が、ゴードンの手下たちに袋叩きにされる。

 まさかシュバルツ伯爵領で、領主の娘である私を襲ってくる者がいるとは思わなかった。


「うひゃあああああッ! すげぇええ気持ちイイぜぇえええッ! 俺様を振りやがった女の生殺与奪の権を握るのはよぉおおおッ!」


 ゴードンは天を仰いで歓喜を爆発させている。


「ゴードン様! もう1人、上玉の娘がおりやすぜぇええ!」

「あひゃ! コイツで楽しませてもらっていいですか!?」

「はぁっ……? コイツは、もしかして王宮から追放された偽聖女のセルヴィアじゃねぇか? なんで上等なドレスなんぞ着ているんだ?」


 セルヴィアが馬車から這い出してくると、ゴードンたちの下卑た視線が彼女に集中した。


「やめなさい! この娘は弟の大事な婚約者なのよ!?」

「エリス姉様? いえ、私は大丈夫ですので……姉様の方こそ危険ですので、下がっていてください」


 私はセルヴィアを後ろに隠して庇う。

 セルヴィアは気丈にも、私に心配をかけまいとしているようだった。


「弟の婚約者だぁ? おいおい、王家の信頼厚き父上から聞いたぞ? レオン王子の命令で、お前らシュバルツ伯爵家はコイツを虐待するんじゃなかったのか? まさか……ひゃああああッ、こいつは傑作だぜぇ。王家の意向に逆らうつもりたぁあなぁあああッ!」


 ゴードンは馬鹿笑いした。


「こいつは運が向いてきたぜぇえええッ! これは王家の命令を無視したシュバルツ伯爵家を成敗する正義の戦だ! この大義名分あれば、シュバルツ伯爵家を潰して、俺様がその領地をいただくこともできるわなぁあああッ!」

「ちょッ!? そんなことをしたら、大勢の人が傷つくことになるのよ!?」

「知ったことじゃねぇな! アヒャヒャヒャ! 俺様は俺様さえ良ければ、それで良いんだぁあああッ!」


 なっ、なんてことなの?

 私は愕然とした。


 足元が崩れて奈落の底に落ちてくような絶望感……私たちは本当の家族になって、これから幸せになろうと決めた矢先だったのに。


 シュバルツ伯爵領の民たちも、ひどい目に合わせてしまうわ。


「およっ? エリスちゃんてば泣いちゃってるのか? ヒャッハー! んじゃ、さっそく復讐タイムの始まりだぁあ! その偽聖女はお前らの好きにして良いぞ。俺様はエリスで楽しむからなぁ!」

「うひゃ~ッ! ゴードン様、太っ腹ぁあああ!」

「感動すぅううううッ! 一生ついて行きます!」


 ゴードンの宣言に荒くれ者たちは、ゲラゲラ笑い出した。


「はぁ……言いたいことは、それだけですか? エリス姉様と、シュバルツ伯爵家に危害を加えようと言うなら、私は容赦はしません」


 セルヴィアは決然とした目をゴードンたちに向けた。


「ちょ!? 何を言っているのセルヴィア? まさか【プチファイヤー】しか使えないのに、戦うつもりなの?」


 セルヴィアが魔法の修行をしていることは知っているけど……とてもじゃないけど、ゴードンとその手下どもに対抗できる程の腕前とは思えないわ。


 も、もしかしてこの娘、カインの魔物討伐に助手として参加して、変に自信を付けちゃったとか?

 だぁあああああっ! マ、マズイわよ。

 

「ヒャッハー! 【プチファイヤー】だと? その程度の魔法しか使えないクソ雑魚の分際で、天才魔法使いであるこの俺様に楯突こうってのか?」


 ゴードンはますます爆笑しだした。


「アヒャヒャヒャヒャ! 頼もしい相棒だなエリス? 今ならまだ間に合うぜ? ゴードン様を愛していますと言って、ひざまずけぇえええ! そうすりゃあ、俺様の愛人として生かしてやらんでもないぞ。あっあーん?」

「だ、誰があなたなんかに!? 私の弟のカインは強いのよ。高ランクの魔物を次々に退治しているんだからね! 私たちに手を出したら、カインが黙っていないんだからね!?」

「カインだぁ? すげぇ魔獣を倒したなんて、噂が聞こえてきたが、どうせデマだろう? あんなクソ野郎にそんなマネができるハズがねぇ! 逆にお前の目の前で、ヤツを八つ裂きにしてやるぜぇええッ!」


 その時だった。


「カイン兄様をバカにする者は、私が許しません【アルビドゥス・ファイヤー】!」

「はっ!? ぎゃああああああッ!?」


 セルヴィアが【プチファイヤー】の魔法を放つと、あたり一面が燃え盛る火の海になった。


「へっ? な、何、この威力……?」 


 ゴードンたちは悲鳴を上げて転げ回っている。

 私は目を疑った。

 これほどの広範囲、高威力の火の魔法は、宮廷魔導士だって、そうそう使えないと思うわ。


「なんだ、この魔法は!? 詠唱もほとんど無しで……有りぇねぞ!」

「そ、その偽聖女の仕業か!? ぶっ殺せぇええッ!」


 だけど、セルヴィアの超火力攻撃は、ゴードンらの怒りを買ってしまったらしい。

 彼らは、セルヴィアに一斉に襲いかかって来ようとする。


「くっ、仕方ありません。では、手加減抜きで……」


 その時だった。

 荒くれ者の一人が、悲鳴を上げて吹っ飛んだ。

 えっ?


「セルヴィア! エリス姉上、無事かぁあああッ!?」 

「びぎゃあああ!?」

「な、なんだッ!?」


 ちょ!? 一人だけじゃないわ。

 爆発でも起きたかのように筋骨隆々とした男たちが、宙を舞っては地面に叩きつけられていく。


 男たちの集団に突っ込み、怒涛の勢いで彼らを跳ね飛ばしているのは……


「カイン!?」

「カイン兄様!」


 男たちを蹴散らして、私の前に立ったのは愛する弟のカインだった。


 えっ、ウ、ウソ。すごい勢いで強くなっているのは知っていたけど、まさかコレほどだったなんて……


「この野郎ッ! ぶっ殺してやる!」


 男たちがカインを取り囲んで、戦斧を振り下ろす。だけど、カインは剣の一振りで全員、弾き飛ばしてしまった。

 

 け、桁違いのパワーだわ。


「だ、誰だお前は!? この俺様をゴードン・オーチバルだと知ってのことかぁああッ!?」

「カイン・シュバルツだ。お前こそ、俺の顔を忘れたのかよ、ゴードン?」

「な、なにぃ……? お前があのクソ雑魚カインだと? 雰囲気が、まるで別人じゃねぇか!?」

「セルヴィアとエリス姉上に手を出したな……地獄に叩き落としてやる!」


 そう言って剣を構えたカインは、めちゃくちゃ格好良かった。

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