勇者の当て馬でしかない悪役貴族に転生した俺~勇者では推しヒロインを不幸にしかできないので、俺が彼女を幸せにするためにゲーム知識と過剰な努力でシナリオをぶっ壊します~
5話。セルヴィアを家族の一員として迎え入れる
5話。セルヴィアを家族の一員として迎え入れる
「り、立派だわカイン! 私、感動しちゃったわ!」
「おわっ!?」
父上の部屋から退出すると、エリス姉上が俺を抱きしめてきた。
「レオン王子の命令より愛を取るなんて、まるでおとぎ話のヒーローのようだわ! カッコいい!」
エリス姉上は、金髪碧眼の目の覚めるような美少女で、16歳という年齢に不釣り合いなほど育った胸がヤバい。
いや、それよりも、今の父上との会話を聞かれていたのか?
「エリス姉上、盗み聞きとは感心しませんよ?」
俺はそれとなく探りを入れてみた。
俺が欲得のためにセルヴィアを婚約者として迎え入れたと姉上に誤解され、それが万が一にもセルヴィアに伝わったらヤバいからな……
「だ、だって、セルヴィアは大泣きしていたみたいだったし、何かあったんじゃないかと思って!? あの泣き方は、酷い目に合わされたんじゃなくて、嬉し泣きでしょう?」
エリス姉上はイタズラっ子のように微笑む。
「セルヴィアをいじめるなんて、絶対に嫌! って何度言っても、聞き入れなかった癖に。本人に再会して、愛が再び燃えあがっちゃった?」
こ、この姉は……
俺は安心すると同時に、ゲンナリした気分になる。
弟の恋愛事情に首を突っ込んできて、おもしろがっているな。
こっちは真剣勝負だってのに。
「ま、まあ、そうですね……!」
とはいえ、俺がセルヴィアと幸せになるためには、エリス姉上の協力も必要不可欠だ。
父上には利を説いたが、元々、王子からの命令に不快感をあらわにしていたエリス姉上には、俺の本心を知ってもらった方が良い。
「そういう訳ですから、エリス姉上もセルヴィアには優しくしあげてください。王宮で偽聖女扱いされて、深く傷ついているハズですから」
「おおぅ!? そんな気遣いができるなんて、カインってば、超イケメン! はい、はい! もちろんよ。恋のキューピッドとして、セルヴィアとうまくいくよう取り持ってあげるから、安心してちょうだい!」
エリス姉上は満面の笑みを浮かべて、大はしゃぎしている。
ふぅ、これで姉上への対応はOKだろう。
セルヴィアのことは、家族全員で大歓迎してあげなくちゃならないからな。
「へへへっ! カインってば、なんだかんだ言ってセルヴィアからの最後の手紙を大事に取っておいたものね。本当に、あの娘のことが大大大好きだったのよねぇ!?」
「はいっ、そうですよ……っ!」
エリス姉上のテンションの高さに、俺は苦笑いするしかない。
だが、さすがは実の姉というべきか、その指摘は的を得ていた。
前世の記憶と人格を取り戻す前の俺は、セルヴィアに対して、愛憎入り混じった強い感情を抱いていた。
セルヴィアが再び俺の婚約者となると知った時、わざわざあの別れの手紙を取り出して読み返し、泣き崩れたくらいだからな。
……あ、あれ。ちょっと待てよ。
俺はその時、かすかな違和感を覚えた。
「……エリス姉上、つかぬことを聞きますが、かすみ草の花には、何か特別な意味がありますか?」
そう。確かあの時、封筒から、かすみ草の花びらがこぼれ落ちた……
しかも、その花びらは1年以上経っているのに、枯れても萎れてもいなかったのだ。
「えっ、かすみ草? ああっ、あの花にはね【永遠の愛】という花言葉があるのよ。素敵よね!」
……ああっ、クソ。そういうことか。
俺は唐突に理解した。
俺は、カインはとんでもない馬鹿だ。ゴミ以下だな。
「えっ、ちょ!? どこに行くのカイン!?」
俺は脇目も振らずに、自室に向かって走った。
それから机の引き出しを開けて、セルヴィアからの手紙を確認する。
封筒の中には、まだひとつだけ、かすみ草の花びらが入っていた。
瑞々しさを保った美しい花びらが。
こ、これは。やっぱり、そうか……
こんな芸当ができるのは、植物を支配する【世界樹の聖女】の力だけだ。
「ちょっと、どうしたのよ!?」
困惑したエリス姉上が声をかけてくる。
だが、俺は自分の考えをまとめるのに没頭していた。
ゲームシナリオではセルヴィアが【世界樹の聖女】の力に目覚めるのは3年後、勇者アベルと出会ってからだ。
だが、もしすでにセルヴィアが聖女の力に覚醒していたとしたら?
セルヴィアは自らを偽聖女と、レオン王子を騙しきったことになる。
その動機は……多分、俺への愛だ。
その証拠が、この枯れぬことなく鮮度を保ったかすみ草の花びらだ。
セルヴィアは自らが【世界樹の聖女】であることを俺にだけ明かすと同時に、【あなたへの愛は永遠に生き続けます】というメッセージを残したのだ。
……ああっ、クソ、本当にどうしようもない馬鹿だな、カインは。
こんなにも一途な想いを寄せてくれていたセルヴィアを、レオン王子の手先になってイジメ抜こうとしていたのか。
「……エリス姉上、うかつにも歓迎会でセルヴィアに贈るプレゼントを用意していないことに気づきました。今から一緒にかすみ草の花を摘むのを手伝ってもらえますか? 花束にしてセルヴィアに贈ろうと思います」
「きゃーっ、素敵ぃいいい! 婚約者に贈るにはピッタリのプレゼントね。わかったわ。ラッピングは、お姉ちゃんに任せてちょうだい!」
エリス姉上は胸を叩いて請け負った。
だが、もう歓迎会まで時間がない。
俺たちは庭園の花壇で、急いでかすみ草を摘んだ。
後で庭師に怒られるかも知れないが、仕方がない。
エリス姉上がそれをブーケの形に整えてくれる。
服が多少、汚れてしまったが、もはや着替える余裕が無かった。
セルヴィアの待つ、歓迎会が開かれる大広間に向かう。
「カイン、何をやっていたのだ? ギリギリだったぞ。大事な婚約者を待たせるでない」
中に入ると同時に、父上が俺をたしなめた。
どうやら、セルヴィアと二人で和やかに歓談していたようだ。
正装のドレスに着替えたセルヴィアは、まるで月の女神のように美しかった。
一瞬、時が止まったように見惚れてしまう。
「申し訳ありません父上。セルヴィアに贈る花束を用意していましたので」
「あっ……カイン兄様。それは、かすみ草の花!?」
セルヴィアの目が大きく見開かれる。
「ごめん。俺は鈍感だから、1年前にセルヴィアからもらった手紙の意味を、エリス姉上の協力もあって、今しがたようやく理解したんだ。その返事が、この花束だ。受け取ってくれるか?」
女の子に愛の告白をするなど、前世も含めて初めての経験だった。
胸が痛いほど緊張したが、セルヴィアの想いに応えたい一心で、花束を差し出した。
「【永遠の愛】……はい、もちろんです。カイン兄様」
大粒の涙が、セルヴィアの頬を伝わり落ちた。
かすみ草のブーケを握り締めるセルヴィアは、小さな肩を小刻みに震わせていた。
「……私、今、幸せです……っ!」
セルヴィアは感情が高ぶり過ぎて、短い返事をするのが、やっとのようだった。
後は嗚咽になって、言葉にならなかった。
だが、これは始まりに過ぎない。
ゲームでは決して幸せになれなかったセルヴィアを幸せにしてあげられるかどうかは、これからだ。
俺が生きるか死ぬかよりも、そちらの方が、よほど重要だ。
なぜなら、こんなにも女の子から一途に愛されたことなど、前世を含めて一度も無かったのだから。
なにより、セルヴィアはゲームの最推しヒロインだ。
彼女を決して不幸にしたくなかった。
「じゃあ、一緒に食事にしようか、セルヴィア!」
「は、はい……!」
セルヴィアの小さな手を取って、着席を促す。
彼女を偽りなく歓迎するための豪勢な食事が、テーブルで湯気を立てていた。
「セルヴィア、久しぶりね。エリスよ! これからは、正式に家族の一員として、よろしくね!」
「うむ、さきほども伝えたが、ワシのことは今後、本当の父と思うが良い。何があっても、シュバルツ伯爵家とフェルナンド子爵家は、変わらぬ盟友だ。ともに手を携えて行こうではないか!」
父上が調子の良いことを言っていた。
「はい、よろしくお願いします。叔父様……いえ、お父様、エリス姉様!」
セルヴィアは屈託の無い笑みで応じる。
ああっ、これだ。俺はセルヴィアのこの笑顔が見たかったんだ。
それは前世の俺が決して見ることの叶わなかった幸福感に満ち溢れた笑顔だった。
こうして俺たちは、家族としての第一歩を踏み出したのだった。
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