4話。王子の策略をぶっ壊す

「レオン王子の命令を拒否して、セルヴィアを家族として歓迎するだと? カイン、お前は何を言っているのだ?」


 父上は目を瞬いて、呆気に取られた。

 無理もない。

 可愛さ余って憎さ百倍で、昨日までの俺はセルヴィアをいじめる気満々でいたからな。


「せっかく次期国王たるレオン王子に取り入るチャンスであるのだぞ。偽聖女の小娘に義理立てする価値など無かろう?」


 父上はまるで理解できないといった表情で、俺の要求を突っぱねた。


「あの娘は、レオン王子の命令通りに虐待していればいずれ自殺する。それからお前には、もっとふさわしい婚約者を探してきてやろう」

「いいえ、父上。教会の神託を受けたセルヴィアには、まだ【世界樹の聖女】である可能性が残されています。長い歴史を見れば、10代後半になって、ようやく聖女の力に覚醒した例もわずかですが、こざいます。ここであの娘を切り捨てるのは時期尚早ではないでしょうか?」


 俺は人の悪そうな笑みを浮かべた。

 父上は、利にさとい貴族だ。情では決して心を動かされない。

 

 セルヴィアを家族として迎え入れることが、シュバルツ伯爵家に破格の利益をもたらすと説得せねばならなかった。

 そのために、俺は伯爵家の利益しか考えていないというフリを徹底することにした。


「ふむ……?」


 父上は多少、興味があるような素振りを見せた。

 アトラス帝国との国境の守備を任されている辺境伯である父上は、王家に絶対的な忠誠を誓っている訳ではない。


 アトラス帝国の皇族、貴族とも交流を持ち、いざ自分の立場が危うくなれば、帝国に寝返ることも算段に入れているような男だった。

 そのツボを押さえた提案をする。


「3年ほど様子を見て、それでもセルヴィアが【世界樹の聖女】の力に目覚めなければ、その時こそレオン王子の命令通り、いじめにいじめ抜いて自殺に追い込めば良いではないですか? ここは王家の目が届きにくい辺境の地、レオン王子には偽の報告を送っておけば、いかようにも誤魔化せましょう!」


 まさに悪巧みをする悪役貴族のノリだった。


 3年と期限を区切ったのは、ゲーム本編がスタートする3年後の世界には、父上は存在しておらず、カインが領主となっていたからだ。

 おそらく、何かがあって父上は命を落とすのだろう。


 それは俺にとって悲しいことであるが……今はこのゲーム知識を、セルヴィアを守るために利用させてもらう。

 

「【世界樹の聖女】には世界の命運を左右するほどの力があります。もしうまくいけば、その力を王家ではなく、我がシュバルツ伯爵家が独占できるのです。悪く無い賭けだとは思いませんか? そのために、せいぜい、あの小娘をたぶらかしてやりましょう。アハハハハハッ!」


 ゲームのカインをマネて、悪役貴族らしく大笑いして見せた。


「なるほど……一理ある。お前も知恵が回るようになったなカイン。さすがは、ワシの息子だ」


 父上はニヤリと口の端を吊り上げた。


「お褒めに預かり光栄です」

「だが、レオン王子はセルヴィアに対して、たいそうご立腹のようだ。もし、我らがレオン王子の命令を無視していることがバレたら、下手をすればこの家は取り潰されるやも知れぬ。リスクを考えれば、あまり分の良い賭けだとは思えんな……」


 くっ、やはり、そう来たか。

 セルヴィアが聖女として覚醒するなど王家が否定している以上、噴飯物の強弁だろう。

 ならば、こちらも切り札を使おう。


「父上、父上はいつまで、アルビオン王家の風下に立っているおつもりですか? 今、まさにシュバルツ伯爵家には栄光の風が吹いて来ているというのに……!」

「なに!? どういうことだ?」

「実は、俺の手の者が、領内でミスリル鉱山を発見しました。これがあれば、強力な軍隊と莫大な金が手に入ります。今、まさにシュバルツ伯爵家は勇躍する時!」


 領内のミスリル鉱山は、ゲーム後半にならないと解禁されない隠しエリアだった。

 超強力なミスリル装備が序盤から使えたらゲームバランスが崩壊するからな。


 だが、物理的に存在しているなら、おそらく発見できると思う。


「それは本当か!? ミスリル鉱山だと!?」

「もちろん本当です」


 瞠目する父上に対して、俺は胸を張って答えた。


「父上。ミスリル鉱山の存在を王家に報告しますか? 下手をすれば採掘権を奪われたり、重税を課せられたりするのではありませんか?」

「むっ……」

「それよりも、ミスリルを秘密裏に採掘し、それで強力な軍隊を組織してしまった方が良いのではありませんか? そうなれば、王家もシュバルツ伯爵家を無下にはできないでしょう。いざとなれば、ミスリルを交渉材料に、アトラス帝国にもっと良い待遇で迎え入れてもらうこともできるハズです」

「……確かにその通りだ。なるほど、今は運が向いてきている時期ということか」


 父上は考え込んだ。

 合理的な考えをする父上だが、人生には波があって、チャンスが来たら迷わず乗れとも常日頃から言っていた。


「ミスリル鉱山は、隣の領地フェルナンドとの境目にあります。つまり、ミスリル鉱山の存在を隠すには、セルヴィアの実家フェルナンド子爵家の協力が必要不可欠なのです。ここはセルヴィアと信頼関係を築いた方が得策かと……!」

「そ、そうか! そういうことであるなら話は別だ。カインよ。セルヴィアに対して、機嫌を損ねぬよう、ていねいに接したか?」


 見事な掌返しだった。ちょっと呆気に取られてしまう。

 だが、ここで油断はできない。さらなる駄目押しをせねば……


「もちろんです。それどころか、俺を完全に信用させるべく、手を打ちました」


 俺はポケットから、破いたレオン王子からの手紙を取り出した。


「そ、それはまさか……!?」


 父上の驚愕は大変なものだった。


「はい、レオン王子からの密書です。これをセルヴィアに見せた上で破り捨て、レオン王子の命令には従わない。セルヴィアは何があっても俺が守り抜くと、宣言しました。セルヴィアは俺に惚れていましたからね、涙を流して喜んでいましたよ」


 俺は鼻で笑って、心にも無いことを言ってのけた。

 これで、父上は退路を断たれた。もはや、俺の提案に乗る以外の道は無いハズだ。


 なぜなら、セルヴィアがこのことをレオン王子に報告したら、シュバルツ伯爵家は間違いなく断罪されるからな。


「いや、しかし、それは……! い、いや、そうか。フェルナンド子爵家との友好関係を考えれば、最良の手ではあるな……」

「その通りです。信用を得るため、あえてこちらの弱みとなる秘密を握らせたのです」


 娘が偽聖女だったということで、フェルナンド子爵家は、他の貴族から白い目で見られて、孤立している。


 そこにきて、シュバルツ伯爵家が王子の命令よりも、自分たちとの関係を重視してくれたとなれば、絶対に裏切ることのない味方となってくれるに違いない。


 元々、俺とセルヴィアの幼い頃からの婚約はフェルナンド子爵家との友好関係強化のためだった訳だし。自然な流れだろう。

 

「父上、この際、ハッキリ申し上げましょう……っ!」


 俺はここで言葉を切って、父上の目を真っ直ぐ見つめた。


「このような密書を送ってくるということは、レオン王子は我がシュバルツ伯爵家を侮っているということです。ミスリル鉱山と【世界樹の聖女】の両方を手に入れ、王家をも上回る権勢を誇る大貴族を目指そうではありませんか!?」


 俺は胸を張って吠えた。

 独立独歩の精神の強い父上には、この上なく効くハズだ。

 

「……そ、そうか、わかった。貴族たる者、常に冷静に世の中の動向を見極め、時に危ない橋を渡っても果敢に利益を取っていかねば、没落は免れないからな」


 父上は破顔して見せた。


「お前が次期当主として、ここまで成長してくれて、ワシは嬉しく思う」

「では、父上、今夜の宴では、セルヴィアを我がシュバルツ伯爵家の一員として、暖かく迎え入れてあげましょう。何事も最初が肝心ですからね」

「無論だ」


 その言葉を引き出せて、俺はほっと胸を撫で下ろした。


 これでセルヴィアが、この家で虐待されることはなくなった。


 セルヴィアがゲーム本編のような影のある笑みを見せることは、もう決して無いだろう。これで彼女は、本当の笑顔を取り戻してくれるハズだ。

 その顔を早く見たいと、俺は思った。

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