6話。聖女セルヴィアから溺愛される

【セルヴィア視点】


 宴の後、私はカイン兄様に連れられて、ふたりで屋敷のバルコニーにやってきました。

 満天の星空が、私たちを祝福するかのように瞬いています。


「うわっ。きれいですね。カイン兄様!」

「……昔ここで、セルヴィアは俺が幸せにしてやるって。プロポーズしたことがあったよな」

「覚えていてくださったんですね。う、うれしいです」


 もう8年ほど前の話でした。


 あの時は、バルコニーで遊んだら危ないと、ふたりで執事のランスロットに怒られたのでしたっけ。


 あの日の記憶は、輝かしい思い出として、いつまでも私の胸に残っています。

 それからも、カイン兄様はいつも私を守ると言ってくださいました。


「あの日の思い出があったから、聖女として召し出された王宮で、どんなに辛い目に合っても耐えられました。私が愛するのは、この世でカイン兄様ただひとりです」 

「うぉっ、ちょ。セルヴィアから、面と向かってそう言われると、うれしすぎて死にそうになるな」


 カイン兄様は照れたように顔を真っ赤にしました。


「……と、ところで。セルヴィアが、本物の【世界樹の聖女】であることは誰にも伝えていない。俺も宴の直前で気付いて、大慌てになったんだ」

「直前に? それでは、やはりカイン兄様は私が聖女だから婚約者として迎え入れてくれたのではなく。変わらずに私のことを愛してくださっていたのですね」


 そのことを知って、私の心はどこまでも温かくなりました。

 カイン兄様こそ、やはり私の理想の男性です。天の星々よりもカイン兄様の方が輝いています。


「ま、まあ。そうだな。セルヴィアのことは、一目惚れというか、ずっと好きだった。俺がこの手で、幸せにしてやりたかった」


 カイン兄様は、照れ隠しのためか遠くに視線を投げながら言いました。 


「改めて、口にするとすごい気恥ずかしいな。今さらだけど……」 

「ありがとうございます。カイン兄様のために【世界樹の聖女】の力で、シュバルツ伯爵領に大豊作をもたらしたいと思いますが、いかがでしょうか?」


 私は勢い込んで提案しました。

 何かカイン兄様のお役に立ちたかったからです。

 私を大歓迎してくれたエリス姉様やお父様に報いたいという気持ちもありました。


「ありがたいけど……万が一、それでセルヴィアが【世界樹の聖女】だとバレたら、レオン王子に連れ戻させる恐れがある。今まだ、それはしない方が良いな」

「わかりました。今は、まだとは?」

「シュバルツ伯爵領は、これからミスリル鉱山の発見で空前の発展を遂げると思う。それから、俺自身も努力して誰よりも強くなる。もう誰にもセルヴィアを奪われないようにするために」

「……っ」


 こ、このさり気なく繰り返される愛の言葉は反則ですよ。

 私の頬がカッと燃えるように熱くなりました。


 カイン兄様は、元々、格好良かったですが、この1年間で格好良くなり過ぎです。


「聖女の力を公然と使うのは、それからだな」

「あっ、ありがとうございます」

「それで聞いておきたいだけど、何を言ってレオン王子を怒らせてしまったんだ?」

「……そ、それは。愛人になれと強要されて押し倒されそうになったので、思わずカイン兄様の名前を叫んでしました……」

「ぶっ!? そ、それはうれしいんだけど。そうか、それでか……」


 カイン兄様は考え込みました。


「レオン王子は、セルヴィアの気持ちが未だに俺にあると知って。俺にセルヴィアを虐待させることで、セルヴィアに復讐しようとしたんだな」

「ごめんなさい。カイン兄様にご迷惑をおかけすることになってしまって……穴があったら入りたいです」

「いや、大丈夫だ。ごめん、言い方が悪かった。正直に話してもらった方が、対策が立てやすいから助かるよ。とすると多分、今後もレオン王子から嫌がらせをされる恐れがあるな。セルヴィアには偽聖女という弱みがあるし……」

「うっ……」

「いやいや、大丈夫だって。落ち込まないでくれ。俺に考えがあるから!」


 私が激しく落ち込んでいると、カイン兄様は肩を叩いて励ましてくれました。


「まだ、公表されていないことだけど。これから1年後に、レオン王子主催の武術大会が開催されるんだ。優勝者には、レオン王子から望みの恩賞が与えられる。俺はソレに出て優勝を目指す」

「えっ?」


 今まで王宮にいた私でさえ知らない情報でした。

 カイン兄様は、王都から遠く離れた辺境にいながら、中央の情報を知る手立てを持っているのでしょうか?


 やっぱり、カイン兄様はすごい人です。


「まあ、その大会には、勇者アベルってやばい奴も出場するんだけど……大丈夫だ。今から最速で強くなれば、優勝は間違いない」


 カイン兄様は自信を持って胸を叩きました。


「それでレオン王子に、『俺たちの結婚式にぜひ仲人として参加して、祝福の言葉を述べてください。偽聖女と王家を謀ったセルヴィアの罪は、なにとぞお許しくださいますよう』と願い出る。優勝者には望みの恩賞を与えるとレオン王子は約束しているんだ。まさか、公衆の面前で嫌とは言えないだろう?」

「なっ、なるほど」


 それなら、今回のレオン王子の命令も無効化できます。


 レオン王子が嫌がらせをしてくるとしたら、私の偽聖女の罪を突いてくるでしょう。


 しかし、王家として私たちの結婚を祝福する、罪を許すと大衆の面前で宣言してしまえば、もう何もしてこれないハズです。


「でもカイン兄様は、武術や魔法など使えたのです? あまり危険なことはして欲しくないのですが……」


 カイン兄様が、剣技に闇属性力が付与される強力なユニークスキル【黒月の剣】を生まれ持っているのは知っていますが。


『俺はユニークスキル持ちの天才だから、努力なんてしなくて良いんだ!』


 と、おっしゃられて、武術や魔法を学ぶことなどしていなかったと思います。


「大丈夫だ。俺は1年で最強になってみせる。俺がセルヴィアとの約束を破ったことがあったか?」

「そ、それは……今まで一度もありません」

「だろ? それに、これなら例えセルヴィアが本物の聖女だとバレても、もう絶対にレオン王子に奪われることはない」

「あっ……」


 そんなことを真顔で言われたら嬉しすぎて、顔が火照ってしまいます。


 こんなにもカイン兄様に大事にされて……まるで夢を見ているかのようです。


「2度目のプロポーズですね。うれしいです。私はもう2度と、カイン兄様のそばを離れることはありません」


 でもカイン兄様と繋いだ手の温もりが、これが夢ではなく、現実であると教えてくれていました。

 もう決してこの手を離したくないと、私は切に願いました。

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