時にはまったり

「……雨だねぇ」


「……雨ですねぇ」



ここ最近は快晴が続いていたから雨なんてしばらく見ていなかった。見てる分には良いけれど、外にいる人はお気の毒さまだ。別にどこに出かけるでもなかったけれど、どこか憂鬱な気分になる。


そんな中で別に何をするでもなく、ただただソファに並んで座り、窓を眺めて時間を浪費していた。現在時刻は午前十時。



「雨だねぇ」


「あめだすねぇ」


「方言の方?天気予報の方?」



風の音もかなりする。小刻みに音をたてる窓から下を見下ろすと、木々が揺れているのが分かる。今日は洗濯物を浴室で乾かすことにした。乾燥機能がある家でよかった。



「何も予定無いですよね?」


「予定が無いのは予定内だけど雨がふるのは予定外だなぁ」


「予定調和なんて存在しないんですよ」


「読者の予想を見てから書くタイプの漫画家のストーリー」

「デウス・エクス・マキナ」

「ピピピーピ・ピーピピ」


「前言撤回、存在します。あとピー音使っても分かりますからね」


「危険な高齢者男性は?」


「難しく言い換えただけじゃないですか」



漫画でしか出来ないのは分かるけれど、何にも考えずに無茶苦茶な会話をしてみたいとは思う。現実では通用しないどころか異常者として見られるからやらないけれど。



「それに比べて私達は知的で素敵な会話を繰り広げてるね」


「大半がダジャレじゃないですか?知性の欠片もないですよ?」


「せめて『言葉遊び』か『ライム』と言いなさい!」


「パンチラインの無いラップはつまらないですよ?」


「ただの会話にパンチを求めるかね……」


「充分に刺激的な生活をしていますけどね」



現在進行形で自分の人生は刺激的だ。今までの人生は他の人と同じ『普通』のはずだ。多少の違いはあれど、皆が同じはず……そう思いたい。


でも今は違う。大抵の人間は経験しないであろう事象がこの身に起きている。



「今以上は今後の人生でそう無いんじゃない?」


「僕つい最近クモに噛まれて怪力になったんですよね」


「劇的なんてもんじゃなくなるよ!」


「ワンチャン銀幕デビュー出来ませんかね?」


「無理無理……っておい、こら、その指やめなさい。確かにそうしないと糸出ないけれども」


「体が小さくなったりしないかな……」


「それ別の人だから、映画本編でも間違われてた人だから」


「ビームが撃てたらいいのに」


「それって芸人の歌と鋼鉄男のどっちを想定してるの?」


「洋画のタイトルを日本語訳しないでください、大抵ダサくなるじゃないですか」


「『蜘蛛男、家に変える』」


「ほらダサくなった、『はじめてのおつかい』とタメはれますよ」



この短時間で何度も表情を変えながら彼女はツッコミをしていた。


彼女はいったい何処からこの知識を仕入れているのだろうか……。分かりづらいネタも入れ込んでいるはずなのに……。



「もしかして、洋画とか漫画、好きだったりします?」


「ちょいちょい見るよ?」


「じゃあ今後もネタを入れ込んで良いってことですかね」


「期待に応えましょうとも」


「語録王を目指しましょうか」


応様おうさまってことね」


「そんなことまで分かるとか、本当になんでも知ってますね」


「何でもは知らないわよ。知ってることだけ」



どこかで聞いたことがあるセリフが聞こえたことに驚いた。映画以外にも多くのことに精通しているのかもしれない。



「吸血鬼の友達が居たりします?」


「化物以外の生物は皆友達だよ」


「わぁい、ノアもびっくりだ」


「泥舟で良ければ乗せてあげるよ」


沈没タイタニック確定じゃないですか」


「沈没をタイタニックって言うんじゃありません、せめてノルマントン号って言いなさい」


「イメージが悪化してません?」


「気のせい気のせい」





「いや、マジでこんなことしてていいのか、私達」



時刻は午後五時。空白の七時間でしたことは昼食や家事だった。罪悪感からか、彼女はソファから急に立ち上がって言った。頭を抱えながらソファの前を行ったり来たりしている。



「何も無いなら良くないです?何もしない日があってもいいじゃないですか、こうやって座ってましょうよ」


「いや、何かすることが、出来ることがあるはず!」


「ワーカーホリックじゃないですか?」


「週三勤務の人間に何を言うとるかね」


「じゃあ何します?」


「それが分かれば苦労しないの!う〜ん、時間を無駄にしてる気がする〜!なにか思いつかない?」


「無茶振りじゃないですか!……じゃあ、テレビでも見ます?」



面白い番組があるわけじゃないけれど、多少の暇つぶしにはなる気がする。自分も退屈ではあったし。



「……まあ他に思いつかないからいいか」



眼の前のテーブルにテレビとリモコンがある。それを取ろうとして手を前に伸ばしたが、どうにも届きそうにない。ソファからテーブルまで自分の身長の半分くらいの距離があるから当然だけれど、リモコンを取るためだけに立ち上がるのも面倒だ。


ソファから落ちないギリギリの位置から手を伸ばしても届かない。月矢さんもリモコンを取る前にソファに座ったから自分が取るしかない。



「面倒くさがりなんだからぁ。普通に立って取ればいいのに、ほれ」



自分が無駄な足掻きをしていると、彼女が呆れたように笑いながら取ってくれた。投げられたリモコンはちょうど自分の手のひらに着地した。彼女はまたソファに座って脚を組んだ。



「だって極力動きたくないですもん」


「そんなに疲れるようなことしたっけ?」


「五月病ですかね」


「半年以上先なんだけど?」


「時代を先取りする者ですから」


「出来たら風邪じゃなくて世間の流行を先取りしてほしいかな」


「流行に乗せられない男を自称してます」


「乗れないんじゃなくて?」


「乗りませんよ、すぐに引いてっちゃうじゃないですか」


「でも何回も戻ってくるんだよ?」


「一回来た波と戻ってきた波は別なんです、風と同じです」


「カッコいいこと言ってるけど、ぐーたら人間が言ってもなぁ」


「芸術と同じです、いつ誰が言ったか、書いたかで価値が変わるんです」


「内容も見てあげなよ……」


「人だけは内面で判断したいですね」


「だから、言ってる本人がぐーたら人間だからなぁ……」





テレビリモコンも手に入れたので電源をつけた。だが、平日のこの時間に放映されている番組はニュースがほとんどだった。



「頼みの綱が切れたんだけど?」


「藁にも縋る気持ちってこーゆーことなんですね」


「耐久値が綱より低い物出してどーすんのさ」


「もう本当にどうしようも無いですね、諦めて寝ましょう」


「……いや、まだあった」



そう言いながらテレビが乗っているテーブルの引き出しを漁り始めた。数秒後にはお目当てのものを見つけたらしく、したり顔で振り返った。



「トランプは好きかな?」


「お金が絡まなければ」


「絡んだことがあるの……?」



あらぬ誤解を招いてしまったらしい。月矢さんが一歩後退りしたのが見えた。流石に違法行為をしたことはない。



「『負けた奴が奢りな!』のノリ、あるじゃないですか」


「いかにも男子高校生がやりそうだ」


「それで、何するんです?」


「じゃあ二人でも出来るポーカーで」


「金が絡まないやつって言いましたよね!?」


「いいや、お金は賭けません!情報を賭けます!勝った人が、その度に負けた方に質問するの!」



思えば、まともな自己紹介をしたことが無かった気がする。互いのことを互いに知らなすぎだ。



「それなら、やりましょうか」


「じゃあシャッフルとトランプ配りお願いね」


「はい」





一回目

月矢さん……ワンペア  自分……フラッシュ



「初めから運良すぎじゃない?」


「こんなもんじゃないです?ちょいちょい出るじゃないですか」


「そうかな……それで、何聞くの?」


「……じゃあ、誕生日はいつですか」



無難なものしか思いつかなかった。『なんでも』と言われると余計に選びにくくなる。



「私の誕生日は七月十六日です」


「なるほど、覚えておきます」


「なに、プレゼントでもくれるの?」



テーブルの向かいに座る彼女は、目を輝かせながら乗り出してきた。



「まあ、考えておきます」


「楽しみにしてるよ」



あんな顔されたら『あげません!』なんて口が裂けても言えない。



二回目

月矢さん……フルハウス  自分……ブタ



「やっぱり二回連続で勝つのは難しいですね」


「じゃあ質問、私のこと、どう思う?」


「……どうって、なんですか?」



あまりに突然だった。聞き間違えかとも思ったが、はっきりと聞こえた。



「なんでも良いよ。こんな人、とか、こんなことしてそう、とか。偏見でも第一印象でも」


「……『優しい人』だと、思います。まだ分からないことはあるし、迷惑かけてるのに何も言ってこないから『不思議な人』だとも思ってます。でも、それよりも『僕の話をわざわざ聞いてくれた、優しくて接しやすい人』だと思ってます」



嘘は言っていない。彼女が話を聞いてくれた理由も、何を考えているのかも分からない。でも、悪い人じゃない、そう思わせる何かがあった。



「……とりあえず、悪いふうに思われてなくてよかったかな!」


「そう思う理由が僕には無いですよ。いろいろ助けてもらってるんですから」


「そう?じゃあ助けてなかったら嫌い?」


「……クラスメイトにいたとして、嫌悪感を抱くような人では無いですよ、月矢さんは」


「ちょっと分かりにくいけど、嫌われてなくてよかった」



三回目

月矢さん……ツーペア  自分……ストレート



「じゃあ、質問どうぞ」


「……月矢さんは何歳なんですか?」


「え〜……それ聞いちゃう?女性にそーゆーこと言うのは駄目なんだよ?」



彼女はニヤニヤしながらこちらを見てくる。多分、そういった暗黙の了解を知らない自分を面白がっているのだろう。


あまりそのようなタブーやマナーは分からないけれど、それが本当なら質問を変えたほうが良いかもしれない。



「じゃあ別の質問にしますか?」


「ううん、大丈夫。私は気にしない人だから」


「じゃあなんでそんなこと言ったんですか……」



不安になった時間を返して欲しい。地雷を踏んだかと思って血の気が引いたのに……。



「で、私は三十歳です」


「そうなんですか」


「……反応薄くない?」


「だって、他に思いつかなかったから聞いたので」


「何か言うことは?」


「何ていうのが正解なんですか?」


「……私も分からない、でも何か言うと思ったからさ」


「何だったんですか、この時間」



四回目

月矢さん……ストレート  自分……スリーカード



「これで五分ですね」


「夕飯準備があるから、この質問で最後かな?」


「え、もうそんな時間ですか?」


「だってテレビ見てる時間があったし、こんなもんだよ」


「なんか物足りないですね。夕飯が終わったら他のしましょう」


「じゃあ最後……ここでの生活はどう?」



言うまでもないけれど、これこそ、しっかり伝わる言葉で言おう。



「もちろん、今までで一番楽しい時間です」


「……良かった、うん、本当に良かった」



……やっぱり、正直に言うのは恥ずかしい。今までこんなことは言ったことが無かった。


じゃあ、今までの生活はどうだったのか。あれが普通、それなら今の生活を、どうしてここまで楽しめているのだろう。


今でも罪悪感はある。自分の失敗も、行動も、忘れたはずがない。それでも、今が一番楽しい時間なのは事実。じゃあ今までの生活に、それ以外で不満な点があったのでは?


いや、気づかなくて良い。気づいてたとしても、思い出さなくて良い。今が幸せなら、この時間が終わるまでは目を背けていよう。



「じゃあ、ご飯作りますね」


「今日は何?」


「じゃあカレーにしますか」


「は〜い」



雨は今も降っている。『ここから出ない方がいい』そうやって自分に言っているように感じた。今日の気温は夏にしては珍しく、二十五度と低い。この部屋は心地よい暖かさに満ちている。

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