明るい季節に

ショッピング①

「ねえねえねえ!これ超似合うと思わない?」


「それレディースの服じゃないですか?男の僕が着るのはちょっと……」


「まあ大丈夫、ちょっと形が違うだけでサイズが大きければ問題なし!」


「気持ちの問題です」



パーティーメンバー……自分、月矢さん

現在地……ショッピングモール二階、ファストファッション店

時刻……午前十一時


事の発端は今日の朝に遡る。





「おっはよーございまーす!」


「あと五分待ってください……」


「それで起きれた人は存在しませーん」


「XYZzzzz……」


「どーゆー原理!?」



ブランケットを引っ剥がされ、背もたれを元に戻され、ソファから転げ落ちる形で起きることになった。居候の身なので、生活リズムを合わせることに異論も不満もない。しかし、それでも早い気がする。



「月矢さんはまだ仕事休みですよね?夏休み期間ですし」


「そうだけど……一回染み付いたもんは落とせないんだよね。習慣になったから、目覚ましがなくても起きれるようになっちゃって」


「休日くらいはゆっくりしていきません?」


「そうも言ってられません!今日は買い物に行くんです!」


「……買い物?」


「君の服、シャンプーとボディーソープ、そして必要な調理器具。色々買わなきゃいけないでしょ?」


「え?服とか買ってくれるんですか?」


「うん。必要でしょ?」



確かに必要だけれど、ここまで良くしてもらっていいのだろうか。安い服なら自分で買えるけれど……。ここまでお世話になるのは気が引ける。



「そこまでしてくれるんですか?」


「うん。だって、しばらく居るなら必要だし、いつも銭湯に行くのは大変だし、君の手料理食べてみたいし」


「最後のは私情が入ってません?」


「バレた?まあでも、その他は事実でしょ?だって、お金尽きたら体は汚れたままだし、いちいち家から出る必要だってなくなるし……」



実際、家で出来ることを外でするのは面倒ではある。ここは気持ちだけじゃなくて、ちゃんと物も受け取っておこう。



「じゃあ、用意したら行きましょうか。宛はあるんですよね?」


「もちろん!」





そして現在、月矢さんの着せ替え人形になっているというわけである。女性との買い物なんてしてこなかった人生だけれど、ここまで大変だとは……。いや、まあ、これはそういったベクトルとは違った疲れかもしれないが。


多分、人によってはこの状況を羨ましく思うだろう。現に同世代の男性(主に一人で買い物をしている方)がこちらを見る視線が痛い。


でも、よく考えて欲しい。数時間ぶっ通しで店に入っては着替えての繰り返し。しかもレディース物まで着させられる始末。声を大にして言いたい。あなた達はこれを耐えられるか!?いやまあ、好みの物買ってもらえたからいいけど!



「僕のばっかり見てますけど、自分のは要らないんですか?」


「だって私は足りてるもん。今日のメインは私じゃありませーん」


「でも楽しんでますよね?」


「買い物は楽しいよ。話は変わるけど、リカちゃん人形で遊んだことはある?」


「今ので分かりました、僕のこと完全に遊び道具にしてますよね」


「おもちゃコーナーも見てこようか」


「何買うんですか?ホラゲーとか?」


「え、急にどしたん、怖いの嫌いだよ?」


「意外ですねぇ……」


「ちょっとニヤニヤするのやめない?嫌な予感しかしないんだけど……」



それはそれとして、チェスとトランプ、レースゲームは買った。ホラーはまた今度。機会があればホラー映画を見せてみたい。きっと良い反応が見れるはず。





「ご飯どうしよっか」


「ああ、もうそんな時間ですか。え、二時間以上ぶっ通しで買い物してたんですか!?」



気づけば午後一時を過ぎていた。昼食を食べ終わった人も出てくる頃だ。



「あっという間だったね。まだ服しか買ってないけど」


「あとは調理器具、ゴミ袋、お風呂で使うやつ、ですかね」


「まだまだ時間が必要だぁ〜」


「いい加減休みましょうか。どこで食べます?」


「それさっき私が聞いたんだけど?まあ、私はあそこのカフェかな?」


「結構量が多いところですよね。食べきれるかな……」


「育ち盛りは食べなきゃいけません!なんとかなるなる!」



入店してすぐに出てきた水を飲んだ。水分補給もしてなかったためか、体が潤ってゆく気がしてきた。何もない胃が冷たい水で満たされるような心地よい感覚だ。体の内部から冷えてゆく。



「何食べる?私は決めかねてるんだけどさぁ」


「先に決めちゃっていいですよ?僕は季節物じゃなければメニュー知ってるから」


「そう?じゃあまだメニュー表借りてるね」



メニュー表とにらめっこしている彼女は子供のように見えた。昔の妹を思い出させる表情豊かな様子が、余計に幼さを感じさせる。


大人だと思っていたし、それは今も変わらないけれど、やっぱり教師や親とは違って親しみやすさがある。友達と話しているような感覚がする。



「よし、決めた。そっちは決まった?」


「月矢さんはどれにしたんですか?」


「私?私はこのココアと、ピザトースト」


「う〜ん、じゃあ僕はカフェオレとたまごサンドで」


「……ふーん。そーゆーことしてくれるんだ」



やっぱりこの人に隠し事は通じないと今分かった。今回ばかりは分かりやすかったかもしれないけれど。



「私が選ばなかったもう片方、選んでくれたんでしょ?」


「たまたまじゃないですか?」


「またまた〜。じゃあ、一口交換しようか」


「いいですよ、ナイフもらっておきましょうか」


「いる?…………いるか」


「自己解決ありがとうございます」





「ねえ、これこんなに大きかった?」


「僕言いましたよね?量が多いって」



到着した品を見た彼女の第一声がこれだった。食べきれないほどではないけれど、それでも量は多かった。逆写真詐欺とはよく言ったものだ。



「一品しか頼んでないから食べ切れると思うけど……他の店に比べると凄いよね。最近来てないから忘れかけてたけど、完全に初見殺しだよね」


「調子に乗ってかき氷とか注文しないで正解でしたね……。絶対この写真よりデカいじゃないですか」


「ほら、やっぱり!私が何頼むか見てたんじゃん!」


「真正面に居る人を見るなって方が無理ですって!まず昼食をかき氷で済ませようと一瞬でも考えたことに驚きましたよ!」



色々と目移りしていたのは知っていたけれど、かき氷を見始めた時には「正気か?」と聞きたくなった。美味しいけれど腹に入ればただの水、膨れるはずがないのに。


彼女は優柔不断というよりも目移りが激しい。僕は少ない選択肢から選ぶのが苦手だが、彼女はそもそも選択肢を絞れないのかもしれない。



「じゃあ、とりあえず一口分切り分ける?ナイフもらったし」


「僕のは既に切られてるから、このままどーぞ」


「ありがと。じゃあこれ置いとくね」


「「いただきます」」



もらったピザトーストはチーズが溶けていて熱かったけれど、それが気にならないほど美味しく感じた。パンが厚く、ソースも濃すぎない、何より作りたてなのが美味しい理由なのだろう。


やっぱり出されたものはすぐに食べないともったいない気がする。一番美味しい状態で出されるのに、写真に数分も使うのは作った人に申し訳ない。



「どうだった?」


「美味しかったですよ。僕のはどうでした?」


「すごい美味しい。私こっちのが好きかも」


「じゃあ交換しますか?」


「いいの?無理して合わせてくれなくてもいいんだよ?」


「問題ないです。強いこだわりがあるとかじゃないんで」


「じゃあもらっちゃおうかな。じゃあこれ、私の分ね」


「飲み物はいりませんか?」


「大丈夫、私は甘いのが飲みたくてココアにしたんだもん」


「コーヒーの苦いのは無理なんですか?お酒飲めるのに」


「無理じゃないから!気分じゃないだけだから!これは完全に誤解だからね!そもそも飲んでるところ一回見てなかった?」


「その間僕に掃除させてたのは誰でしたっけ?」


「今日ゴミ袋買うからお願いね」


「はいはい」



軽い雑談と昼食でかなり体の疲れが取れてきた。まだこの後も残っているのは分かっているけれど、流石にこれ以上はないはず。ないはず……。





「お鍋の蓋ってすごい頑丈なの?」


「頑丈ですけど、なんでですか?」


「だってビームとか剣とか防げるんでしょ?これで出来そうな気がしないんだけど」


「現実の常識はRPG世界で通用しませんよ?」


「でも異世界転生系の物語だと普通に日本語が使われて「それ以上はいけません!」



場所は調理用品売り場。なんの役にも立たない会話をしながらも良いものを見繕っていた。今はいくつも種類があって困る。自分で料理することはあっても器具は買ったことがなかった。



「とりあえず……よく使うフライパンと鍋、あとボウル、これがあれば良いんですよね?」


「うん。まな板とか、他のはちゃんとしたのがあった気がするから」


「じゃあこれとかどうですか?安いし使いやすそう」


「私に聞かれてもなぁ……。料理するのは私じゃないから好みのやつにすれば?」


「う〜ん、僕もこだわりがないからなぁ……。あ、じゃあ僕が使ったことがあるやつでいいですか?」


「それがいいならOKだよ」


「じゃあそれで……あ、でも他にも買うものありますよね?これ全部持つの大変だから最後に買いに来ませんか?」


「え?そんなに大変?」


「僕に全部持たせてる人が何言ってるんですか」



僕が持ってるのは自分のバッグと買ってもらった服、彼女が持っているのは自分のバッグのみ。贅沢は言わないから手伝って欲しい。



「少し持ってくれませんか?」


「彼女とデートする時にも同じこと言うつもり?」


「言わないけど今はそうじゃないですよね?」


「それはそうだ。じゃあ後で買うゴミ袋と洗剤は持つよ」


「楽しようとしてません?」


「別に〜?だって昨今は強い女性がトレンドなんでしょ?ちゃんと見せつけなきゃ」


「最近は不評ですよ、その動き」


「私が言うのもなんだけどさ、女って面倒だよね。弱いアピールしておいて強く見られたいとかさ。どこまで自己中なの?馬鹿なの?死ぬの?」


「女性の敵はやっぱり女性なんですね……」



どうにも女性は男性の敵を作らないイメージがある。仲間内で権力争いをしているイメージ。こうして考えてみると女性が世渡り上手な理由が理解できる。


修学旅行の班分けと席替えが分かりやすいイベントだった。泣き出す子もいれば怒り出す子もいた。それで午前中の授業が潰れてくれたのは良い思い出だ。蚊帳の外の男児どもは楽しくババ抜きをしていた。男は気楽でいい。



「じゃあ先にシャンプーとか買いに行こうか。別に私の使ってもいいんだよ?」


「女性の家でお風呂を借りることに抵抗があったんですよ、使うものの問題じゃありません。でも月矢さんが抵抗が無さそうだから使わせてもらうことにしたんです」


「あ、そうなの?恥ずかしがり屋だな〜」


「あそこでコーヒーの試飲やってるらしいけど行きますか?」


「あ、話逸らしたね?顔も赤いよ?」


「はいはい、早く買い物終わらせましょ」



時刻は午後三時。天井のガラス越しに見る空はまだ青い。今日も長い一日になりそうだ。

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