第15話 エピローグ

 完成した映画は翌年の3月、学校の春休みシーズンに封切りされた。謎の仮面アイドル、鏑木レミナの素顔が拝めるということと、魔王軍団との戦闘シーンの半端ない迫力が話題となり、予想以上の客入りとなった。

 早々に製作費を回収することができたため、ロングラン上映が決定し、そして関係者の間では続編の噂も流れ始めていた。


 そんなある日、南プロデューサーの部屋に四人が集まっていた。

 映画が大ヒットしているというのに、四人とも浮かない顔をしている。

「ここで四人が揃うのもあの時以来やな」

 南が口を開き、そしてそのままコーヒーを口にした。

 監督が、ちらりと御手洗に目を向けてから南の後を継いだ。

「レミナの幽霊が現れた時は腰を抜かしましたよ。まあそのお陰で映画は完成し、こうしてヒットしている訳ですからね。レミナさまさまです」

「そうやな」

 そう言うと南はソファーの背にもたれ、天井を仰いだ。

 しばらく時間が停まったかのような沈黙が流れた。その雰囲気に耐えかねたかのように田所が発言した。

「続編の話はどうなるのでしょうか」

「社長が心配することは何もないやろう。決まればこちらから幽霊アイドルの出演料をそっちに払うだけやからな。ギャラの支払い遅れの心配もないし」

 南は皮肉をたっぷりと込めて田所に返した。田所はたちどころに噴き出した額の汗を拭き拭き、苦渋に満ちた顔で言った。

「それが、そうもいかないわけでして……」

 田所が語るには、またぞろレミナの伯母が動き出したという。

 ――堀田涼子か。

 南は苦々しく彼女の顔を思い出した。この映画でレミナの素顔を明かしたのだ。こちらがどう言い張っても、姪っ子であることはばれてしまっている。何かと権利を主張してくることは、想像に難くない。ただ映画完成後の、藤巻家への挨拶の際には、そんな動きはうかがえなかった。あの姉妹のことだ、何かあればレミナの母親である妹が抑えてくれるはずだ。

「母親が何とかしてくれるだろう」

「それを期待していたんですが……。こう言っては何ですが、続編は撮らないということには……」

「あほんだら! それを決めるんはこっちや」

 三人が肩をすくめたところに内線電話が鳴った。

 南が席を立ち、デスクに回り込んだ。そして鼻から一つ大きく息を噴き出してから、おもむろに電話に出た。

『南さんにお客様です。アポなしなんですが、私の名前を出せば通していただけるとおっしゃって』

 嫌な予感がした。

「誰だ」

『藤巻玲子とおっしゃってます。他にお一人』

 予感が的中した。

 ――藤巻玲子やと。姉妹揃ってやってきたというのか。

「通してくれ」

 この展開は全く予想していなかった。

 最悪の事態だ。南は自分の椅子に力なく崩れ落ちた。

 暫くすると藤巻姉妹が案内されてきた。

 どちらも質素な和装でありながら、家がらの良さがにじみ出ている。

 監督と御手洗は二人に挨拶をして名刺を渡すと、ソファー脇のスツールに、そして田所も南の隣に移動して藤巻姉妹のために席を空けた。

「レミナの初主演映画、大ヒットしているようでお慶び申し上げます」と姉が謝辞を述べた。

 南が礼を返そうとしたのを姉が止め、先を続けた。

「それで続編の撮影ですが、私どもも参加させていただきたく、妹共々お願いに参りました」

 ――どこからそんな話が漏れたんだ。しかも母親が同席しているとは、いったいどうことなんだ。

 南は声を失った。あのおまけ映像は、上映版ではカットしてあったし、続編のことは公表されていないどころか、社内でもまだ何も検討されていない。

 四人が固まっているなか、突然部屋に冷気が降りてきた。

 ――レミナか。成仏していたのではなかったのか。

 四人がそんな思いに捕らわれているのもつかの間、レミナが現れ姉妹の背後に立つと、事も無げにこう言った。


「続編のこと、ママと伯母さんに相談したのよ。そしたら大賛成してくれて。これなら全く問題ないでしょう」


 四人はため息とともに頭を抱えた。

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ヒロインは幽霊 いちはじめ @sub707inblue

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